――ヒヒーンッ

「!…あれは、」

和やかな雰囲気の中で、その馬の鳴き声が響いた時、何故だか一同に妙な緊張感が走った気がした。
視線を奥の方に向けてみれば、見えた物がまず、黄色と赤の旗。遠目だからこそ見えにくいが、その旗には「信」という文字が刻まれていた。
この時代に、目立つ旗に刻む文字と言えば、

「お、織田…」
「――信長だ!」

馬に跨り、姿勢良く、自分の部下であろう人達を自分の後ろに連れてこちらに進んでくる、織田信長。
その姿を見ただけで、こちらの姿勢も自然と棒が立つように背筋が伸びる。呆然とこちらに歩み寄ってくる軍団を見つめていれば、民家からは農民が出てきては、長蛇の列に向けて頭を下げて行く。
もちろん、畑で作業している人達もまた作業を一旦停止して持っていた食べ物を信長に向けて挙げていく。

「何だ…?」
「拓人様!」

彼等の行動に、訳が分からなかったのか首を傾げる神童だったが、先程まで立っていたお勝が土下座をしており、その声かけにより、この時代では偉人の前では頭を下げなくてはならない決まりがあるのだと理解し、神童達は急いでお勝と太助に並んで深く頭を下げた。
すると、織田信長と思われる人物が馬を止めると、部下の人が土下座をしている一人の女性が持っていたおはぎを受け取ると、その信長に差し出す。

「旨い」
「信長様が、召し上がって下さった…!」
「そこの貴様。面を上げよ。…このもち米は貴様が作った物か?」
「は、はい」
「これは良い物である。今後とも精進せよ」
「ありがとうございます!」

見ての通り、信長は誰もが崇める偉人――
おはぎを食べた信長もまた、農民たちを信頼し、そのおはぎを食べては笑みを浮かばせちゃんと食べた感想、そして、褒めていく。食べてもらっただけでもきっとありがたい事だろう。そこに更に褒められればそれこそ嬉々として、お礼だけじゃ物足りないだろう。

「あれが、織田信長…」
「しっ!」
「甘い物が好きなのかな?なんかイメージ違うね…ぷぷっ」
『ちょ、信助…!そんな笑ったりしたら――』
「何だ貴様達は!」

ヒィッ!?という声を何とか押し殺したのは中々の上出来だった気がする。
そして、それと同時に先程とは違った緊張感がどしんっと重く圧し掛かり下げていた頭すら上げずらくなってしまう。
信長が、こちらに近付いてきた。

「貴様達…この国の者ではないようだな」
「それは…その、あの…」
「まさか、今川の手の者ではあるまいな?」

これはやばい状況だ、と本能が察した。
確かに自分達はこの国に来たのは初めてである。そこまでは肯定せねばならないが、今川という名を聞いた瞬間、敵視されていると察した。
さて、ここで何と答えればいいのか、そう考えるまでもなく、誰よりも先に神童が動いた。

「そんな事はありません!私達は旅人です!」

一年の失敗を、まるで神童がカバーするかのように、信長の前まで出ては「旅人だ」と宣言をした。
旅人なら、天馬達の格好も、髪型も、それだけで何とか納得出来るだろう。
だが、それだけで信長を納得させるにはまだ、材料が足りなかった。
力強い眼光。思わず逸らしたくなるような、信長の目に神童は怯んでしまうも、負けじと見つめ返す。
それはほんの数秒の間。だけれども、神童にとっては、天馬達にとっては、かなりの時間が過ぎたような気がした。

「ふっ…我ながら愚問であった。自ら敵だと名乗る者などおらぬか。まあ、良い。今日の処は信じよう。その目は曇ってはおらぬようだしな」

やはり完全には信じ切ってはいなかった。だが、神童が信長の目を怯まず逸らさず自分の意思を示した事で、敵ではないとだけ示して見せた。
嘘は吐いていない。それだけで自分達には十分だった。

バシィッ

何とかその場を凌げようとされた時、どこからか鋭く乾いた音が鳴り響き、それと同時に馬の悲痛な叫び声が響いてきた。
そちらを見てみれば、馬がこちらに向かって走ってくるのが見えた。ただ走ってくるだけじゃない。馬自身も何故走っているのかも、分かっていない様子だった。
混乱する馬に、天馬達。
男達は女子どもを守る為に前へ出て、部下たちもまた信長を守ろうと前に出て来た。

「信長様!」
「――退けぇ!!」

気迫。「退け」の言葉が腹から響いた時、部下二人を押し退けては、自らが前へと出て、気迫というより、もはや力強いオーラであの暴れ馬を弾き返したのだ。
腰に付いている刃なんぞ使わず、部下にも頼らず、自分の「馬になんか負けない」という意思だけで馬を弾き飛ばして見せたのだ。

「すごい…!」
「確かに只者じゃない…」
「ああ…」

弾き飛ばされた馬は信長には敵わないと分かったのか、直ぐに背中を見せるなり、自分がやって来た方角へと走り去って行った。

「はっはっはっは!暴れ馬ごとき、この織田信長の前では造作もない」

これが、織田信長の偉大さなのだと、改めて思い知らされた天馬達だった。


ビュォオーン!!という音と共に自分達の傍から光線が放たれた。それはほんの一瞬で、神童の所と信長の方へ向かって行った。一体なんの光が神童と信長へと伸びたのか、一瞬分からなかったが、それは直ぐにワンダバがミキシマックスガンで、今ならオーラを取れるのではという自己判断が生んだものだった。
こんな公共の場で堂々と…と思うものの、結果は気になりその結末を見据えてみれば、マイナスの銃器の方は信長に当たるも、彼を何かが守ろうとバリアのような障壁により跳ね返されてしまった。

「なぬ!?」
「ん?」
「(ハッ!)―――ははーっ!!」

信長が異変に気づき、振り返る。そして、ワンダバの持つそれをジッと見つめては首を傾げる。確か信長は当時、まだ珍しかった鉄砲を用いた戦術を編み出している。
鉄砲を知らない訳ではない。そして、ワンダバの持っているミキシマックスガンは鉄砲の形をしている。更に銃口は信長に向けられている。
ワンダバは事の重大さを思い知り、直ぐに石のように固まってからミキシマックスガンを地面に落とし冷や汗を大量に流しながらもはや土に顔を擦り付ける勢いで綺麗に土下座をする。

「それはなんだ?鉄砲のように見えるが」
「は、花火鉄砲と言いまして!ぜひ信長様に見ていただこうかと…!!」
「花火鉄砲?祭り用か?」
「は、はい!そんな所で!!」
「そうであったか。次の祭りの降り、とくと見せて貰おう」
「へ、へーい!喜んで!!」

咄嗟の言い訳か、ミキシマックスガンを花火鉄砲と言い換えては、関心した信長のぽろっと出て来たフォローの言葉を拾い、祭り用の花火鉄砲と誤魔化す事が出来た。

「では、精進せよ花火職人よ」

乗ってきた馬に乗り、部下を連れてそのまま過ぎ去って行った。


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