「あの時は、すみませんでした」
『え?』

あの食事会の後、信長は藤吉郎を自分の元で試したいとの事で彼を引き入れた、という。
そんな事は今は関係なく、悠那は今、何故かお勝の所でお泊りをしていた。何故そんな事になったかというと、お勝自ら悠那を誘ったのだ。流石に悠那も断れず、神童達に許可を得て泊まりに来た訳だが、寝床で寝ようとした時、同じく寝ようとしていたお勝が突然そんな事を言いだしたのだ。
一瞬、何の事を言われているのか分からなず、疑問符を浮かばせてみれば、お勝は少し気まずそうに視線を逸らした。

「踊りの練習の、時です…私…無神経に皆さんの前で、悠那ちゃんにあんな事を…」
『あ…』

あの時か。と、納得が出来た。お勝は神童に好意を持ってしまい、悠那を恐らくライバル視していたのだろう。だからこその尋問。お勝も流石に罪悪感を感じていたのか、今一度謝罪の言葉を述べた。
気にしていない、と言ってしまえば嘘になってしまうかもしれない。だけど、それ以上に悠那も罪悪感を感じていた。何も言えず、何て応えようと、悩まれた時、そんな悠那を分かっていたのか、お勝は苦笑の笑みを浮かばせた。

「悠那ちゃんは、お好きな方はいらっしゃいますか?」
『え?!え、えぇっと、その…!』
「ふふ…いらっしゃるんですね」
『う、うぅ…』

不意打ち過ぎるセリフに、思わず動揺してしまい、横に寝かせていた体を起こしてしまう。顔に熱が集まり、言葉も出づらくなってしまい、直ぐにお勝にはバレてしまった。笑みを零すお勝にしてやられたと、大人しく布団の中に潜り直し、熱くなっている顔を少しだけ隠す。

「そのお方の事、とても好きなのですね」
『…最近になって、自分の気持ちに気付き始めた、というか…前まではサッカーバカだなっと、無邪気だなって思ってたんですけど、時々…変にかっこよくなる、というか…』

一言目からサッカーと言うサッカーバカ。だけど、時々見せる表情に振り回されてしまう自分がいた。落ち込んだり、サッカーに対する怒りだったり、嬉しそうに笑みを浮かばせたり、かと思ったらキャプテンらしく優しく見守るような笑顔だったり――

「素敵な人なんですね」
『…はい、』

お勝の、微笑ましいという視線を感じながら、静かに頷いて見せた。
そんな所謂ガールズトークをしながら、お勝と悠那は笑い合い、いつの間にか眠ってしまっていた。

―――――…………
―――………

時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、気付いたら朝日が昇っていた。信長のオーラを貰い、ベータ達を倒したという事で、この時代に居る理由も無くなってしまった
着物からジャージに着替え、キャラバンを背に、お見送りに来てくれた太助たちを見つめる。

「お別れだね」
「俺…天馬達とサッカー出来て良かった」
「俺もだよ」

目に涙を浮かばせながら、改めてサッカーと天馬達に出会えた事に、感謝を述べる太助。そんな彼の言葉に、天馬も嬉しそうに頷いて見せた。

「俺、旅に出る!」
「え?」
「この国には、俺の知らない世界がいっぱいある。俺、尾張の国しか知らないから、色々見て歩きたいと思ってるんだ」

目に浮かばせた涙を拭うなり、太助は決意の籠った目で旅に出ると宣言して見せた。
天馬のお蔭で、この世界にはもっともっとドキドキする事がいっぱいなのだと、分かった。色々見て、それで豆腐屋になりたいと思えたら、天下一の豆腐屋になれると思うんだ。
どうやら太助は本気で旅に出る事を考えているらしく、そして最終的にお母さんと姉の仕事を引き継ごうとしていた。
色々と考えてるんだね、と天馬が言えば太助は胸を張って当たり前だろ!と笑って見せた。


「もう、会えないんですね」

一本の桜の木の下で、お勝が神童にそう告げる。
二人は、皆から少し離れた所で話しをしていた。何故そんな所へ――理由を知っている天馬達は深く追求せず、神童もまた分かっていながら断る事はせず、素直に彼女と一緒に行動を共にした。

「俺は…この時代の人間じゃないからね」

辛い事を言ってしまったかもしれない。だけど、事実なのも確か。お勝は、神童のその言葉に痛む胸を抑えつけ、垂れ下がる桜の花に手を翳す。

「はい…想いが決して届かぬ事も、分かっていました」
「!…ごめん」

異様に、自分を慕ってくれていた。傍に居てくれた。好意を持ってくれているんだと、察する事は出来ていた。だからこそ、こうして言葉にされても、罪悪感しか持てず、神童はお勝から視線を逸らす。
好意を持たれる事は嬉しい事だ。それが、応えられない事でも、だ。けど、仕方がない事だってある。自分はこの時代の人間ではないし、サッカーが好き。そして、自分の頭の中を独占する少女がいるという事も。

罪悪感を感じている神童に、分かっていたと言わんばかりにお勝は笑みを浮かばせると持っていた風呂敷を神童へと渡した。見覚えのあるそれに、神童は目を見開かせる。
受け取って下さいと渡された風呂敷。神童は何も言わず、その風呂敷を受け取った。

「じゃあ、行きます」

「ッ――私もっ!」

お勝に背を向けて皆の所へと戻ろうとした時、お勝が不意に神童を呼び止めた。
私も――その先が言えず、お勝は今にも流れそうな涙をこらえる。きっと、その先の言葉が言えたらどれだけ楽だろう。例え、許されない事でも、それでも彼の側に居たかったのだ。
神童もまた、何を言いたいかを察してしまったからこそ、何も言えず、お勝に振り返る。

「…何でもありません」
「お勝さん。俺、きっと取り返して見せるよ。失ってはならない、大切な物を」
「…はいっ」

それ以外の言葉は要らない。
神童とお勝はお互いに笑みを浮かばせると、皆の元へと戻って行ったのだった。

―――――…………
―――………

キャラバンに乗り込み、発進する中、天馬達は外でこちらを見送ってくれている太助たちへと手を振っていた。肩を落とす者もいれば、ありがとうと手を振る者がいる。
それを見て、振り返していれば、キャラバンは時空を越えようと彼等の姿を最後に空へと溶けて行った。
その時、お勝は耐え切れず涙を流す事があったが、それは太助たちにしか分からない事だった。

一方キャラバンの中では別れを惜しみながらも、先程までいた時代のイメージと自分達の想像していたイメージの違いの差と、思わぬ偉人との出会いについて思い出を語っていた。

「それにしても、あの藤吉郎さんが信長様の後を継いで天下人になるなんて…」
「豊富秀吉か」
「人は見かけによるっつーか。よらないっつーか」
「でも、安心したよ。…俺、思ったんだ。戦国時代の人にも、サッカーの楽しさが伝わったんだもん。サッカーは消えたりしないって!」
「そうだね」

戦国時代に先程まで居た、というのに、天馬はやはりサッカーの話しに花を咲かせていた。それもそうだろう。あの時代で、太助たちという友達になれた。ベータ率いるプロトコル・オメガ2.0に勝つ事が出来た。雷門の皆の洗脳を、解く事が出来た。
元の時代に戻れれば、自分達はまた、雷門の皆とサッカーが出来るようになる。それを、楽しみにしていた。
そんな彼等の話しを聞きつつ、神童は先程お勝に貰った風呂敷の中身を開けようとしていた。

「!……お勝さん、」

そこに入っていたのは、お弁当箱いっぱいに入っていた大きな真っ白いお豆腐。彼女の家はお豆腐屋。彼女も好きな、お豆腐。沢山自分に差し入れてくれた、真っ白いお豆腐だった。

――真っ白なお豆腐を食べると、心も真っ白になって元気が出るんですよ

じわじわと、心の中が暖かくなるような、そんな気がしていた。それと同時に徐々に視界が霞んでいく。ポロポロと涙が溢れだして、自分でも止められない程だった。
思えば、彼女が自分はサッカーが好きだと、気付かせてくれた。彼女が傍に居てくれた。きっと、今までの自分は彼女を傷つけてばかりだっただろう。それでも、彼女は自分の側に居てくれた。それでも、彼女は応援をしてくれた。それでも、彼女は自分と一緒にいたいと、思ってくれていた――

ああ、これが想われるって事なんだ。

神童は密かに、涙を流してはその豆腐を口に含んだのだった。


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