■ そして吠える白銀の龍

「まあいい。そこの吼える野良犬は後にまた厳重な牢獄に入れる事にしなさい」

――あの軽い脳に叩き付けてやるんです。もう二度とフィフスに逆らえないように。もうその牙とやら折るのです。

その言葉を聞いた瞬間、今まで黙っていた悠那が痛む体を抑え込んでいる逸仁の前に立ち大男の目を自分へと遮った。

『逸仁さんはあんたの犬でもないし、フィフスの犬でもないっ!』
「おや、これはこれは。野良犬の次は子猫が牙を向けましたか」

牙というより爪と言った方が良いでしょう。いやはや、滑稽だ。
と高らかに笑いだす大男。
それを聞いた瞬間、悠那は奥歯を更に噛み締めた。コイツの口を黙らせたい。逸仁も貶され、仲間である悠那も貶され雷門の怒りのゲージはどんどん上がっていく。

「まあ、まずは自己紹介でもしましょうか。
私は牙山道三!この訓練場を預かる者だ!キミ達を招いたのは、現在のサッカー界への理解をより深めてもらう為であーる!」
「何が理解だ!鬼道監督達をどこにやった!」
「我々が欲するのはキミ達選手のみだ。この合宿でキミ達が目指すものは、フィフスセクターの専属選手!即ち“シード”!」

剣城は奥歯を軋む程に噛み締めていた。あの、全身が砕けるかと思う程の過酷な特訓という名の地獄を、逸仁が恐らく今まで受けていた拷問を、悠那達にもくわえようというのか、と。あれは“教育”という生易しいレベルではない。本物の“拷問”なのだ。それをまだ未来のある少年達から奪っているような物。

「ホーリーロードでのキミ達の力、見せて貰った。中々の物だ。しかーし!残念な事にキミ達はサッカー法第五条に背き続けている。よって!キミ達はこの合宿において我々フィフスセクターによる教育を施す事が決定されたのだ!もしも!断るというのであれば!」

牙山は派手な手振りをする内にいつの間にか大きな石を右手に掴んでいた。言葉を区切ると共に、石を鈍い音と共に握り潰してしまった。牙山の手から零れるのは砕けて小石程度の大きさになってしまった欠片やら石が砕けたと同時に出てきた砂。
見た目に負けず、圧力もかなりあるのだろう。その怪力に、信助が思わず「ひあっ」と声を怯えるように漏らす。
つまり、あの石のように雷門を潰すつもりだろう。それを見た逸仁は「鬼と言うより化け物だな」と小さく呟いた。

「十分に理解した事と思う。まずは我々の力を見せてやろう」

その牙山の言葉と共に地面がまた揺れ出した。今度は何かが来るのではなく、何かが地面の中から出てきた。のどかな草地と思われていたその斜面は、鋼鉄のゲートがあり左右に開いていくと、下に設置されていたサッカーフィールドが出現しだした。ゴールもベンチも備え付けられており、ラインも綺麗に引かれている。更にセンターサークルには、ゴッドエデンを背にして白いユニフォームを纏った11人の選手が横一列に並んでいた。
選手達の中央に立った穢れなき純白の長髪を流した少年の姿を見て、剣城は息を呑み逸仁は再び舌打ちをした。
少年の腕にはキャプテンマークがついており、チームを率いる身である事がある事が分かる。そして少年の方も、剣城と逸仁をいち早く見つけると、意味ありげに微笑みを称えた。髪どころか、肌も透き通るように白い。肩と太ももは鍛えられて筋肉質である事が見てとれた。涼しげな目元で微笑んでいるものの、赤い眼光はどこか暗く鋭い。

「見よ!彼等は究極の輝きを放つ者!アンリミテッドシャイニング!キミ達にはこれより彼等と試合をしてもらう!」

はたまた牙山が大きな動作でアンリテッドシャイニングと名付けられたチームを示すと、キャプテンマークの少年が数歩、前に進み出てきた。この口調からして、自分達には拒否権は無いのだろう。それを実感しながら悠那は静かにキャプテンマークを付けている少年へと目線をやった。

「キミ達が雷門イレブンか。会えて嬉しいよ。特にそこのキミ」
『……』
「ユナ…?」
『え、私?』
「キミ以外誰が居るんだい…?」

少年の目線は明らかに悠那の方に向かれている。だが悠那はそれに気づいていなかったらしく、彼を黙って見ていれば、天馬からの指摘。改めて彼の目線が自分に来ていたと分かった途端に悠那は目を見開かせた。
そんな彼女の姿を見て、少年は呆れた表情をするも直ぐに口角を上げる。

「俺がキャプテンの白竜だ」
「アイツ…」
「剣城、知ってるの?」

白竜と名乗った少年を剣城は表情を歪ませながら睨むように見やる。そんな彼に天馬が声をかけるが、剣城が答える前に視点を剣城に固定し薄く笑って見せる。そして、「剣城!」と一際高い声で呼びかけた。
突然の事で、天馬達の注目が剣城に集まりだす。剣城はジッと白竜を見返していた。

「ここから逃げ出した奴が、のこのこ戻ってきたとはな」
「俺は命令に従っただけだ!」

白竜の挑発するような物言いに、剣城は感情を若干押し殺しながら応じた。強張った剣城の表情に、白竜は歪んだ薄笑いを浮かばせる。すると、剣城の言葉を鵜呑みにせす、次に逸仁へと目線を移した。

「まだ逃げようとしていたんだな、笑わせるな。お前はもう二度とここから逃げられないんだよ。野蛮な野良犬が」
「フンッ、それは挑発か?それとも妬みか?自分より優れている俺を妬んでるんだったらそう言えや」
「誰がお前なんかを妬むものか。
まあいい。今のお前達と俺では、次元が違う。思い知るがいい」

お互いに挑発しあい、笑みを崩さない。だが、それは白竜に同調するように、アンリミテッドシャイニング達が冷笑しだす。それを見た瞬間、逸仁は「相変わらず生意気な奴等だぜ」と、表情を歪ませながら吐き捨てるように言う。どうやら白竜を知っているのは剣城だけではなかったらしい。
天馬達は一通りのやり取りを見た後、自分達のキャプテンである神童へと視線を移した。

「やるしかない。戦わなければ、この状況は何も変えられないだろう」

その神童の判断に天馬は力強く頷き、先輩達にも唇を真一文字にして、強い決意の表情を向けた。
そんな彼等の様子を見ていた牙山は強かな笑みで頷いた。

「では、これより試合を始める」

監督が居ない中、フォーメーションは神童が指揮により編成された。GKは三国。DFは霧野、悠那、信助、狩屋。MFは天馬、錦、車田、神童。FWは輝と剣城。ベンチには天城、一乃、青山となり逸仁も怪我が酷いという事でベンチ。
普段はDFの車田がMFとして前衛に立ち、錦と共に両翼を固めた。フィールドを囲む塀は幾何学的な意匠が施されて無機質すぎ、観客席も当たり前のようになかった。
互いにFWの剣城と白竜は、センターマーク上のボールを挟んで言葉を交わす事なく視線で静かに闘志をぶつけ合っている。剣城の隣に立った影山にも、その闘気のゆらめきは感じ取れた。

『……』

あの少年が剣城や逸仁が面識があって言葉を交わすのは自然な現象だが、何故自分にまでも言葉を交わしてきたのだろうか。自分はあの少年を知っている訳でもないのに、目を付けられてしまった。自分の情報は一体フィフスにどう伝わっているのだろうか。それだけが自分の頭の中にある。

『んー…』
「なーにしてんの?」
『あ、マサキ』

悠那が難しそうな表情をさせながら唸っていれば、そんな彼女を不思議に思っていた狩屋が話しかけてきた。そこで悠那は自分の思考を一旦中断し、狩屋の方へと振り向く。因みに今はまだ体を解すという段階でまだ試合は始まっていない。
それを見てか、狩屋は若干ニヤつきながら悠那を見ていた。

「緊張してんの?」
『んなまっさか〜、私を誰だと思ってるんだいマサキはあ。そんなのもちろん…

いつも緊張してますよ』
「がはっ!」

先程の彼女を見て緊張しているのかと思い込んでいた狩屋がそう聞けば、一度否定的にきたがまさかの肯定的に言われてしまった。そんな彼女のマイペースさに狩屋も思わず転げそうになる。

「いつもかよ!」
『緊張しない方が逆におかしいよこれ…』

ヤバいよ、心臓バクバク言ってるよ?!と、自分の心臓部分を抑えながら顔を青ざめさせて言う悠那。

「知るかよ!」
『ひっど〜』

そう文句を言ってやれば、狩屋はうるさい!と悠那の両頬を掴むなり強く引っ張り出す。痛さの所為か、悠那は涙目になりながら言葉にならない言葉で狩屋に離してともがく。

「おい狩屋!何してんだ!」
「げっ…」
『らんはるへんはい(※蘭丸先輩)』

普段の悠那だったらあんまり霧野に助けを求めないが、状況が状況だ。それに雷門のメンバーの中で狩屋を押さえやすいのは霧野だ。そんな彼に悠那が助けて…と目で訴えれば、霧野が狩屋の後ろ襟首を持つ。すると、狩屋は掴まれた途端、悠那の頬から手を離してまるで猫のように大人しくなった。

『うう…』

かなり強く掴みやがって、マサキ帰ったら覚えてろ…と悠那は両頬をさすりながらそう誓った。

「ちぇ、緊張解してやろうと思ったのによ」
『暴力反たーい』
「暴力してねえだろー!」
「うるさい」
『「……」』

今にもちょっとした喧嘩が始まりそうになった瞬間、霧野がそう注意する。いつもより若干声のトーンが低く、二人は直ぐに黙り込んだ。

「二人共、体解しとけよ」
『「はい…」』

叱られた猫みたいに、二人は自分のポジションへと急いで向かっていった。
少しして牙山が手を上げると、どこからともなくホイッスルが聞こえてきた。審判は立たないままに、試合開始の合図だ。先攻は雷門。剣城がボールにタッチして輝へと転がした。輝が後方に居た神童にバックパスすると、雷門攻撃陣は一斉に上がり始めた。

「行くぞ!!」
「「「「おお!!」」」」

ホイッスルが鳴った時、スタジアムを見渡せる小高い丘に立ち並んだ木々の影で、体を投げ出すようにして大木の幹に寄りかかっていた一人の少年が目を開けた。
雷門対アンリミテッドシャイニングの試合を観る、唯一の“観客”である。線が細くしなやかな四肢で、ラフな姿勢を取るその少年は、独特な前髪をしていた。左右二つの紺碧食に淡く輝く玉飾りで前髪をくくり、両サイドに垂らした先端は赤と白に染めていた。感情を見せない、どこか暗い瞳で、ジッとボールの行方を追っていた。

神童がドリブルで突き進むと、左から天馬が上がってきて先行する。攻められているにも関わらずアンリミテッドシャイニングの選手達は誰もが視線を向けているのは剣城、神童、天馬…そして、悠那が居た。まるで他のメンバーになど興味がないのかのようにしている。白竜に限っては剣城と悠那を見比べながら口角を上げていた。

『(なんか、寒気が…)』

風も海が近い所為か常に冷たく感じているが、そんな寒気ではない。それよりもずっと寒くて冷たくて気持ち悪い感覚。動かないとこの寒気は消えない気がしてならない。だが、悠那は今DFに居るので、ボールがこちらに来ないと中々動けない。だが、だからと言って気を緩める訳にもいかない。
棒立ちの白竜達の間を、神童から天馬がパスで受け止めて駆け抜ける。天馬が得意のドリブルで加速すると
、アンリミテッドのMFである新田が突っ込んできた。

「おりゃあーっ!」

天馬はその大声に、新田に注意を奪われた。
太く丸い眉毛で、睨みつけていても笑っているような目つき。チーム一の小兵でもある新田は、気合の声は大きく立派であってもその走りは隙だらけだ。ボールを奪おうと仕掛けてくる新田に、天馬は難なく必殺技を繰り出した。

「“そよかぜステップ”!」

はらんだ風と共にボールをキープして、天馬は新田を交わして走り抜けていった。一方、ベンチに座っていた一乃、青山、天城は相手選手の様子に注目していた。

「天城さん、アイツ等大した事ないと思いませんか?今のMFだって、簡単に動きを見きれましたよね?」
「これならホーリーロードで戦ってきたチームの方がもっと凄さを感じましたよね…究極の輝きとか何とか、宣伝文句は派手なわりに、よく分からないチームだな」
「だドも、攻められているのにDFに入らないなんておかしいド」

新田がボールを奪えなかったのに、更に天馬を防ごうとする者は誰も居ない。ベンチから見る一乃、青山、天城には、アンリミテッドシャイニングのプレイとも呼べない状態は、理解しがたいものがあった。
ボール奪取に失敗した新田だが、その顔は失態を悔やむものではなかった。歪んだ笑みを刻んで、楽しんでいるように見える。

「見きれたんじゃなく、見きらせたとなれば…お前等はどう思う?」
「「え?」」
「どういう意味だド?」
「さァ…理由は今に分かるさ。

嫌でもな」

同じくベンチに座っていた逸仁。手当は先程悠那と天馬にされて傷は白い包帯やら絆創膏で見えなくなり、まだマシな姿になっているが、やはり痛々しく見えてしまう。顔色も若干悪そうだ。それが怪我の所為かそれともこの試合を観てかは分からない。そんな逸仁が、そう三人に問いかけた。だが、逸仁の言葉の意味はあまり伝わっていなかったらしく、頭の上に疑問符を浮かばせている。
そんな事を話していれば、試合の方は天馬が一気にゴール前にボールを運んでいた。そして、走り込んできた剣城にパスを出す。ボールを受けた剣城の神経は、自分の後方で未だに棒立ち状態の白竜に向いていた。違う。何もしない男じゃない、と。かつての白竜はもっとぎらぎらして、闘争心の塊だった。
試合開始直前までぶつけていた闘気は、剣城の知る白竜だった。しかし試合開始のホイッスルが鳴ると同時に、その闘気はなりを潜めてしまっていた。白竜のみならず、他の選手達も同様だ。勝利への強い意志や、気配さえも感じない程。
それでも剣城は、ゴールを狙った。

「“デスドロップ”!」

自身、高く宙を舞うと、強烈な必殺シュートを放った。

「いけーっ!」

天馬が剣城のシュートに力を与えるかのように叫んだ、刹那。
後方から轟然と襲いかかってきた闘気に天馬は足がすくんだ。白竜の衝撃波が、龍の姿と化して一気に前方へ、瞬き一つもしない内に流れていったのだ。
アンリミテッドシャイニングサイドに上がっていた神童、輝、錦、車田も、衝撃波に飲まれた。彼らが見たのは、ゴール前に居る筈のない男が、衝撃波と共に転位してきた瞬間だった。悠那は見てしまった。あの男がFWポジションからゴール前へと走り込んできたのを。剣城も信じられないと言わんばかりに目を見開かせた。ボールを防ぐべく飛び込んできた白銀の龍は、紛れもなく白竜自身だった。

『あれ…?』

自分の目が悪くなった訳でもない。悠那は目を擦りながら白竜を見やる。さっきまでフィールドの真ん中に居た筈なのに、忽然と彼が消えた。そして、気付けばゴール前。
錯覚ではない。

「いつの間に!?」

白竜は剣城の目を冷たく見つめた後、デスドロップに対して自身の必殺シュートの構えを取った。
その手が、足が、動作の一つ一つが、周囲の空気を震わせ、彼の力となった。デスドロップは白竜が巻き起こす衝撃波に煽れた。

「あれを蹴り返そうというのか?!」
「“ホワイトハリケーン”!!」

雷門のメンバーが驚く中、白竜は衝撃波の中で自分の右足に闘気を蓄積し、ボールに叩き付けた。白い竜巻を白竜が放った。それはまるで、白銀の龍が伊吹を出すかのように噴き出され打ち返される。試合を見る牙山っは、かつてゴッドエデンで最強の座を賭けてシノギを削り合った白竜と剣城の力の差を、この瞬間はっきりと感じ取った。
剣城の必殺技の力と相俟って、白竜のホワイトハリケーンはフィールドに白銀の爆風を巻き起こした。天馬と神童もその巨大な力に弾き飛ばされてしまう。

「くるぞ!」

霧野、狩屋、悠那、信助がボールに向かって走り出すも、ホワイトハリケーンはなおも勢いを止まず、地面を抉る程の力を見せて四人を吹き飛ばした。

「うわあああっ!!」

悠那達の声も、白竜の放った必殺技の衝撃波に飲み込まれていき声も届かない。
三国もまた、必殺技を放つ余裕すらなく、ネットごと押し込まれてしまった。爆風はそこでようやく収まっていく。噴き上がった土煙も、海からの風に吹き消されていった。
ここでアンリミテッドシャイニング、先制点となった。

『は、ははは…』

これが究極の力…?
悠那はあまりの威力に、自然と乾いた笑いを漏らした。自分の体は先程まで居たポジションよりかなり後ろに居る。それはもう、かなりの距離だ。自分の体を起こしながら周りを見れば、皆もそうだったらしく地面に伏しているではないか。目線を少しずらせば自分は既にフィールドラインを過ぎていた。いやいや、自分。どんだけ飛んでいるんだ。ゴールの方へと目を移した。そこには痛そうに痙攣を起こしている三国と、若干焦げたボールが見えた。あれだけの威力を持っていたのにネットが破れないのはかなりすごいと内心関心するも、自分の中で恐怖を覚えた。

あれ、究極って何だっけ?この人達は究極になって何を望むのだろうか。何はともあれ、この力は虚しすぎる。
そんな事を思っていれば、悠那の顔に影が差した。霧野だろうか、狩屋だろうか。そんな事を考えながら自分の目線をゴールからそちらに移せば自分の予想していた人物ではなかった。
白髪の長髪、不覚にも一瞬だけそれが綺麗だと思ってしまった。白さの中に赤い目が自分を見据えており、はたまた自分は恐怖に似た感情が芽生えた。とても綺麗な色をしているのに、それが怖いと感じたのは今までの中でこれが初めてだろう。

「初めまして、谷宮悠那」
『…初めまして』

声を、かけられた。




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