■ 僕らの楽園


あの辛くも楽しかったその試合は、無事に終わり、天馬達はこの島から出ようと自分達の荷物をまとていた。とは言っても無理矢理連れて来られた身なので彼等に荷物という程荷物はない。なので、天馬達は体を休めたり、おのおのと残りの時間を過ごしていた。
そんな中、ユニフォーム姿でぼーっとしていた少女が居た。

『(どうしようか…)』

試合が終わってあの少女と別れる際に自分の手の中にあったあの少女のリボン。何故自分の手に置いていったのかは分からないが、それを捨てる訳にもいかないし、持って帰れる筈もなくただそのリボンを見つめた。
これを天馬達に言える訳もなく、シュウは今居ない。
さて、どうしようかと悩んだ末に思い出した事があった。それはこの島にあった森で剣城と天馬、信助と見つけたあのお地蔵様。そして、シュウと初めて出会ったあの場所に行こうと。
捨てる訳ではない。せめて、あのお地蔵様達に彼女のリボンを預けよう、と考えていたのだ。
そうと決まれば早くしなければならない。いくら円堂達がシード候補生だった少年達をこの島から家に帰すとは言っても時間は限られている。手に持ったリボンをぎゅっと握りしめると、洞窟の中から飛び出した。

「あ、悠那ーどこ行くんだよ?」

洞窟を出れば、洞窟の外でわいわいと騒いでいる中、狩屋が声をかけてきた。それに気付いた悠那は、走るのを止めて狩屋の方を向いた。すると、狩屋と一緒に居た一年生達が一気にこちらを向いてきて、悠那は思わず苦笑する。おそらく一年達でサッカーをしていたのだろう。天馬の足元には試合に使ったボールとは違う黒白のボールがあった。

『うん、ちょっと用事思い出してさ』
「用事?この島に?」
『うん。ちょっと行ってくるね。守兄さんに言っといてよ』
「どこに行くんだよ…」

狩屋にそう言えば、どこに行くんだと聞かれる始末。別に教えてもいいが、周りは森だし自分が用があるのは森の中にあるそのお地蔵様のある場所。一度しか行っていない悠那にとってはどうやって行くかも分からないが、狩屋にバカにされたくなかった。

『えっとー…森?』
「ここ殆ど森じゃん」
『も、森の中…!に用がある…』
「一応ここも森の中」
『……』

しつこいぞ少年…段々顔が渋ってきてしまい、やり取りを見ていた天馬達もまた首を傾げている。
これではまるで自分が悪い事を隠しているみたいじゃないか、と罪悪感まで押し寄せてきてしまった。理由は話せなくもないが、きっとここに居る人達は信じて貰えないだろう。
シュウの妹さんの髪留めを今私が持っててそれをお地蔵様に預けるなんて、言える筈もない。

『あー…んー…』
「…この後、シュウ達に温泉誘われてんだけどさ、早く戻って来いよなー」
『え、温泉?』
「っそ。疲れた体を癒してくれる温泉だってさ。だから早く戻って来ないと一人だけ入れないからなー」
『あ、う、うん。分かった』

これは狩屋なりの気遣いなのだろうか、悠那は頭の後ろに手を回した狩屋を見て小さく笑ってみせて、小さうありがとうとお礼を言った。
そういえば、彼はこの島に来てから何度も自分に声をかけてくれていた気がする。それも自分が不安になった時が主だった。
お礼を言われて狩屋もさすがに照れたのか、若干頬を染まらせてこちらに背を向けた。

『じゃあ、行ってくるね』
「…おう」

狩屋の肩を軽く叩き、止めていた足を再び動かす。その足は最初は早歩きだったが、段々早くなっていき、気付けば悠那は森の中を走っていた。
一方、悠那を行かせた狩屋は頬を指で掻きながら天馬達の方へ戻っていく。そこで天馬と信助は悠那がどこに行ったのか気になっていたのか、直ぐに狩屋の方へと駆け寄ってきた。

「ユナどうしたの?」
「あー…なんか、用があるって森の中に」
「用?何の用があったんだろ」
「さあ?」

やはり彼女はマイペースが故に何を考えているのかたまに分からなくなる。幼馴染みである剣城や天馬、入学式の頃から友達である信助でさえもこの通り訳が分からないと表情で言っている。きっと、あの葵さえも分からないかもしれないな。
本当に、何を考えているのやら。狩屋もまた呆れるように溜め息を吐いた。

…………
………

『あっはは』

森の中に入って数分。走っていた足を止めて周りを見渡せば見た事のあるような無いような光景が広がっており、悠那は冷や汗をかきながらも笑ってみせた。それも乾いている笑いであり、悠那は肩を落とした。

『ここは一体どこでしょう〜…』

そう、迷ってしまったのだ。それも森の中という致命的な迷子である。自分がどこから走ってきたのかすらも忘れてしまい、血の気が引いていく。やはり笑われてもいいから狩屋を連れてくれば良かったかもしれない。いや、それでも迷いそうだから一年生達皆連れてくれば良かった。
シュウは今居ないから森の案内もされない。大人組だって今は少年達の解放で忙しいし、森に詳しい人が居ない今、自分は一体どうすればいいのか。
とりあえず、と試合の後でさすがに疲れで溜まっている体を休ませようと、一際大きい石に座り込む。そしてひたすら後悔した。

『はあ…直ぐに戻れそうにないなあ…』
「べえ」
『はいはい、べえべえ…え?』

べえ?何言ってんだ自分。と内心ツッコミをした後に、伏せていた顔を上げれば視界に入ってきた白い何か。随分とモフモフとした毛並で地面で体を支えている足には堅そうな蹄を持っているヤギ。
黄色い目に、横長の黒目。
ヤギだ、と理解出来た時にそういえばこの森にはヤギが居たと思い出した。
この子ヤギは、あの時試合に乱入してきたヤギだろうか、と予想してみればそのヤギは悠那の方を見るなりもう一度べえと鳴き、背中を向ける。
その姿が、何となく付いて来いと言われているみたいで、心細くなっていた悠那は何の躊躇もなくその子ヤギに付いて行った。

『キミは、あの時のヤギさんかな?』
「……」

なんて子ヤギの一歩後ろを歩きながらそう尋ねてみるものの、当然子ヤギは鳴きもしなかった。無反応ときた子ヤギに虚しさを覚えるものの、それほどまで自分は追い込まれているのだと気付かされた。
しかし、このまま子ヤギに付いて行ってもいいのだろうか、と不安が過ってしまい、歩く足も止めてしまう。このまま、誰にも見つけられずにこの島を彷徨うのだろうか、とついにネガティブ思考になってきた時、子ヤギも数歩歩いた所でこちらを振り向いてきた。

「べえ」
『あのヤギさん、私戻らないと…』

いけないんだ、と言おうとした時子ヤギの背後にいつか見たその場所が見えた。大きな空間に、石段やらがあり、大きな木の根元には自分が探していたあのお地蔵様の石造が数個あった。
辿り着けたんだ、と思った瞬間に重かった足が軽くなっていき、気付けば子ヤギよりも前に前に歩いていた。

『間違いない…あの場所だ…!』

良かったあ!とはしゃいで見せれば自分をここまで案内してくれた子ヤギが悠那に近付くなり、頭を擦り付けてくる。それが可愛らしくて悠那は頬を緩ませながら子ヤギの頭に手を乗せるなり撫で始める。
あの時の子ヤギと毛触りが似ており、同じ子ヤギなのではないかと思えてしまった。
だけど、それなら何故この子ヤギが案内をするみたいにここへ連れてきてくれたのだろうか。動物というのは時に人間の予想を上回る行動を取るから本当に不思議だ。

『っと、感動は後回しだ。このリボンを…』

お地蔵様に預けなきゃと、さっきまで思っていたのに、今になってはこの子ヤギに渡さなきゃという思考が過った。それが何故なのかは分からない。きっと、愛着が湧いてあげたい衝動に狩られたんだと思い込み、悠那は首を左右に振ると、大きな木の根元にあるお地蔵様の所へと駆け寄った。
手に持ったリボンをお地蔵様の傍に置こうと手を伸ばした瞬間、ザッという草を踏む足音が聞えた。子ヤギだろうと思われたその足音。だけど、自分の後ろらへんに来た時、その足音は止まった。
そして、ふっと笑う声が聞こえて悠那が振り向く前に後ろに居た“人物”が声をかけてきた。

「――何してるの、悠那」
『うわあああ!!』

条件反射でか、それとも彼が“そういう存在”だからなのかは分からないが大きい声で叫んでしまった。思いきりリボンを持って尻もちをついたまま、後退りをすれば声をかけてきた人物は再びふふっと笑ってみせた。
バクバクと心拍が上がっていった自分の心臓が、声をかけてきたのがシュウと分かった瞬間、落ち着きを取り戻した。

『し、シュウ…驚かさないでよ…』
「ごめんごめん、あまりにも真剣そうな顔してたから僕も真剣に驚かそうと」
『…楽しそうですねシュウさん』

え、そう?とまだ悠那が驚いた事に笑っているシュウを、悠那は恨めしそうに見るも、息を吐いた。本当に彼が昔の人だなんて思えない。誰よりも活き活きとしており、温もりだってあった。動物も不思議だが、シュウみたいな人も不思議だ。
ふと、シュウの笑い声が聞こえなくなった。どうしたのだろうか、とシュウを改めて見上げてみればシュウは悠那の手元を見るなり目を見開かせていた。

「そ、それ…どうして…」
『え、あ…これは…』

まあシュウになら信じて貰えるだろうと、悠那はこの事を話すついでにと、この島に来て見た夢の事も話した。
シュウもまた、信じられないと言わんばかりに悠那の話しを聞いていた。そして揺らぐ彼の瞳。今にも泣いてしまいそうな彼だったが、悠那は話すのを止めなかった。シュウの妹の言葉を思い出してそのままシュウに伝える。
彼の頬に、一筋の水の跡が辿った。

「そうか…だからそれを持っていたんだね…」
『うん。どうすれば良いのか分かんなくって…持ち帰る訳にもいかないし、でも置いてく訳にはいかないし…』
「それで辿り着いた場所がここなんだ」
『うん。ほら、このお地蔵様神様なんでしょ?あの子の髪留め預かってて貰おうっかなって思ってさ』
「神様は、言い過ぎだと思うけど…」
『え?』
「あ、ううん。何でもない」

んん?と首を傾げる悠那に、シュウは再び笑みを見せる。と、同時にシュウはこの子と天馬は噂通り鏡みたいな存在だった。似ているのに似ていない。だけど、今の言葉は天馬にも言われた言葉だ。意外な所でデジャヴを感じながら、彼女の手の平に乗っているリボンに触れた。

『シュウ?』
「…きっと、悠那に持っていてほしかったんじゃないかなって思ってさ」
『んなまっさか〜』
「信じられない?」
『…シュウってこう、結構自信家だよね』
「そうかな。よく言われる」
『言われてるんかい』

ビシッとツッコミを入れれば、シュウはふふっと笑って見せる。
だけど悠那は気付いていた。シュウが妹のリボンをどこか懐かしそうな、愛おしそうな表情で撫でていたのだ。本当に妹が大好きなんだな、と悠那の中で複雑な感情がぐるぐると渦巻いた。
貰ってほしいんじゃないかと言われた時はどこか嬉しがっていた自分が居たが、これはやはり兄であるシュウに渡した方がいいのではないかとさえ思えた。
やっぱりシュウに渡そうと、悠那が顔を上げた時、シュウが悠那の手の平からリボンを取り上げて彼女の髪を結いあげた。

「髪が短いから結えるとしたら三つ編みかな」
『え、っちょ…シュウ?』
「じっとしてて」
『あ、はい…』

シュウとの距離も一気に縮まってしまい、身動きが取れなくなってしまう悠那。シュウは大人しくなった悠那を見て微笑むと黙々と髪を結いでいく。慣れている手つきで結っていくシュウの手先はかなり器用なのだろう。視線を若干下げてみれば、地面に生えた草をちょびちょびと口に入れていくあの子ヤギが見えて、悠那は結われている間ずっとその子ヤギを見ていた。

「はい、出来たよ」
『あ、ありがとう。でも本当にいいの?』
「もちろんさ。妹もきっと喜んでる」

まるで妹のしたかった事が分かっていたみたいに語るシュウに、悠那は照れ臭そうに結われた髪に触れる。鏡が無いゆえに確認は出来ないが、男の子が結ったとは思えない程に編まれていた。
すると、さっきまで草を食べていた子ヤギがこちらに気付いたのか近付いてくるなり、子ヤギは悠那の三つ編みにすり寄ってきた。

『どう、似合う?』
「べえ」
「可愛いって言ってるよ」
『な、何言って…!』
「多分ね」
『おいおい…』

シュウ、キミって人をからかうのが好きなのかい…なんて内心で思いながら傍に来た子ヤギの頭を撫でた。
それにしてもさっきの感覚は何だったのだろうか。この子ヤギにリボンを預けようなんて考えて。

『でも、なんか…もったいなあ…私がこれ貰うって…』
「んー…じゃあ、キミがそれを預かってるってのは?」
『私が?』
「そう。預かっててよ。またこっちに来た時に一時的に返してくれればいいし」
『うーん…そうだね。そうしよ』

あははっとシュウと笑い合う。結果的にやっぱり悠那が貰うという形になってしまったが、それでもこの島に来る事を約束してしまった。話しを聞く所、シュウはこの島に留まるつもりらしい。何も知らない天馬達は何で残るのかと疑問に思っていたらしいけど、少なくとも悠那は分かっていた。だからこそまたこの島に来るのも抵抗がない。

「そろそろ戻ろうっか」
『そうだね。天馬達心配してるかな〜』

ちょっと言い訳考えとかないと…と、腕を組みながら天馬達に言う言い訳を考え始める悠那。その姿をシュウは可笑しそうに笑って彼女の手を引いて皆が居る灯台へと案内した。
残された子ヤギは二人に付いて行く事はしなく、お地蔵様の近くへ寄り添い静かに寝息を立てたのだった。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -