■ 少女は語る、少女の賭け

不思議な夢を見た――…
そこは暗く、周りには全く光が見えない。本当の闇だった。それでも自分の姿だけは見える。どこも怪我してない。これは夢なんだ、と気付く事は出来たけど自分の頬を抓る気すら起きなかった。
しかし全く見えない。試しに一歩一歩足を踏み出してみるけど、一向に前に進んでいるように思えなかった。
自分が今見ているのは実は夢なんかじゃなくて、死後の世界なのでは?とも思えてきた。こんな夢は初めてだ。
何となく、怖くなってきた。

「あなたは?」
『…!』

周りを見渡していれば、不意に聞こえてきたソプラノの声。それが聞こえた瞬間、自分の見ていた闇は湖の見える土手に変わっていた。これは本当に夢なのだろうか、悠那は変わった風景に唖然としながらも先程の声の主を探した。何度か顔を振れば、先程まで居なかった場所にこちらを見て静かに佇む少女が居た。小麦色の肌を持ち、紐で結われたポニーテールを垂らす、自分より小さい少女。
明らかに見た事のない少女に、悠那は戸惑った。

『わ、私は…』
「もしかして、私のお願いが叶ったのかな…」
『え?』

少女と自分との距離が離れすぎている所為か、その声は聞こえなかった。彼女は一体何を言ったのだろうか、と確認する間もなく彼女はこちらに歩み寄ってきた。

「昔々、とある島には今の世界とは違う特別な風習がありました」
『え、ちょっと…?』

歩み寄ってきたと思ったら次にはまるで小さい子に昔話をするかのように口を開いた彼女。訳が分からず彼女の手を握ろうと手を伸ばしたが、何故か自分の手は彼女に触れる事が出来なかった。拒まれたからではない。透けるかのように、触れられなかった。訳が分からない。暗闇の中に居たと思えば、次には湖。そして、歩み寄ってきた少女。自分に一体何が起こっているのか、全く分からなかった。夢だから触れないのは分かっていたが、少しだけ違和感を覚えた。

「その島は、昔はたくさんの野菜や果物の採れる豊かな島でした。しかし、何年かに一度、干ばつに見舞われて作物が採れなくなってしまう事があったのです。そういう時、村では神様の怒りだと信じられていました。
雨を降らせて貰う為に、その怒りを鎮める儀式がをするのが習わしでした。」
『儀式って…?』
「生け贄です」
『え…?』

若い娘が一人、神様に捧げられて海に流される。そうすれば村は救われると信じられてきました。その儀式は日照りが続く度に続いていました。
昔は当たり前の事で誰も疑問を抱きませんでした。

「ある年、また日照りが続いて干ばつになりました。村を救うために誰を生け贄にするか、小さなボールで決めていました」
『小さなボール?』
「今の表現で言えば…そう、サッカー」
『サッカー?』

人の命がかかっているというのに、サッカーで決めるなんてあんまりだ。
そんな事で命を決められる子も可哀想だし、サッカーだって悲しんでいる。サッカーは本来楽しくやるものだ。
すると、そんな悠那の心情を読み取ったかのように目の前の少女は小さく微笑んだ。

「そういう時代だったから仕方ないのです。村は二つのグループに分かれていて、サッカーをやって負けた方のグループに居る少女を、生け贄にする事にしていました。」

負けた方のグループに属する少女を生贄とする、それがルール。

「片方のグループで生け贄候補になった少女には、兄が居ました。彼はどうしても妹を守りたかった」

だから、対戦相手に自分に有利なプレイをさせる事を約束させました。こっそりお礼を渡して。

『(話しの内容はさっぱりだけど、まるで今のフィフスセクターみたいだ…)』

淡々と話される彼女の言う昔話。何故この話しを聞かされているのか、やはり未だに分からない。彼女は一体何が言いたいのだろうか。
だが、今の昔話はどこか他人事に思えないのだ。内容がサッカーの話しだからという事もあるかもしれないが、どうも聞き入ってしまう。

「彼は勝負をお金で買ったのです。しかし、それは村の人にばれてしまいました」

試合は無効にされてしまい、その妹は生け贄にされました。兄は妹を失わせたどころか、村を追放されてしまいました。勝てると確信出来る力と、戦う勇気さえあればあんな事にはならなかったでしょう。

そこで、少女の話しは終わったのか少女は静かにこちらを見やる。これは、本当に自分の夢なのだろうか、知らない少女に知らない昔話を聞かされて、自分の頭は冴えてしまいそうだ。

『…確かに、そのお兄さんは卑怯な事をしたし、その勇気があれば何か結末が変わっていたかもしれない』
「……」
『でも、それは村の風習みたいに仕方なかった事だったんだよ。
いくら勝負をお金で買ったからと言って、そのお兄さんが全て悪い訳じゃない。妹を思ってからこその行為ならもっと…』

勝負しなきゃいけない。それは何故?彼の妹の命がかかっているから。だけど、彼は怖じ気ついてしまった。だからこそ、彼は勝負をお金で買った。
誰がどう見ても、自業自得な事だと思われる。だけど、悠那はそうは思えなかった。人間、怖くない物なんてある筈がない。それが例え相手が人間だとしても。
彼にはプレッシャーが大き過ぎたのだ。自分だって、卑怯だと言われても自分の兄妹を助けたいと思う。その思いは、村の人間である前に、彼女の一人の兄として、一人の家族として当たり前な事だったのだから。

「優しいのね、あなた」
『ううん。結局私もそのお兄さんと同じ事してるだけだよ。だから私も追放かなっ』

はははっと、乾いた笑みを零せば少女もまた小さく微笑んだ。

『あなたの、お兄さんなんだね』
「…勘がいいのね、」
『そうかも』

話しを聞いていて何となく分かった。話す時の切なげな表情といい、兄の事を本当に大好きという事がまるで滲み出ていた。自分にも兄か姉が居たらこんな表情が出来るのだろうか。

「だけどね、私は兄を恨んでないよ」
『…?』
「だって、私を思っての事だもん。嬉しかった」

そう言って小さく微笑む少女。どうやら兄の思いは彼女にちゃんと伝わっていたのだろう。結末は哀しい話しだが、兄妹の絆は確かにある。

「あのね、お兄ちゃんを助けてほしいの」
『え…?』
「私は、ただただお兄ちゃんに強さとか、力とか求めないで楽しくサッカーをしてほしいの」

昔から解放されたというのに、まだ強さや力を求めて戦い続ける自分の兄。それはまた亡霊として、あの島に縛り付けているのだ。
きっと今もまた、自分を痛めつけているに違いない。

「お兄ちゃんは止めてって言って止める人じゃない。だから、あなたのやるサッカーで救ってほしいの…お願い…」

少女は悠那の手を包み込むように自分の手を添える。握られないというのに、少しだけ自分の手に違和感を覚えた。少しだけ伝わる彼女の体温。だけど、それは暖かいとも言えず、かと言って冷たいって騒ぐ程の温度じゃない。自分より少しだけ低い体温。そうか、これが幽霊の温度なんだって思えた。
こういうのには弱い筈の自分は何故か恐怖というのを感じられず、むしろ彼女の役に立ちたいとも思えた。微かに感じる彼女の体温を温めるかのように自分の手を今度は彼女手の上に包み込んだ。

『…私、胸張れる程強くないよ?』
「でも、誰よりもサッカーの楽しさを知ってるでしょ?」

これは驚いた。幽霊でも、こんな無邪気に笑えるのか。悪戯をするかのように笑って見せる彼女を見たユナは拍子抜けた表情を見せるが、直ぐに笑みを戻した。
そう、自分は雷門の中じゃ力はあまり無い方で、唯一胸張れる事がパスカットだ。いや、それすらもどうかは分からない。自分以外に強い人は居るのに、彼女は私の前に現れた。
その理由はきっと、彼女は強さで人を判断していなかったから。つまり、強さよりもサッカーの楽しさを知っている悠那を選んだのだ。それなら天馬も居るが、何故か彼女は自分を選んだ。

『やってみる、としか言いようがないかなあ…』
「大丈夫、あなたなら絶対に。だって、人と協力して戦えるもの」

どうして、自分の事をここまで知っているような口調で言えるのだろうか。しかも肯定的ときた。ここまで言われると、どこか照れてしまう。

『分かった…やってみる』
「ありがとう」

その言葉と共に、少女は再び微笑んだ。先程と違う、と言えば彼女の瞳から流れるこの涙だろうか。
そして、徐々に消えだす少女の体。

『!』
「信じてるよ、お姉さん」
『…うん』

任せて…
とうとう消えてしまった少女の体。消えた瞬間に自分の目の前にはキラキラと輝く光の粒が舞った。
正直な所、分からない事だらけだ。もしかしてこれは本当にあの少女の幽霊が自分に夢の中で訴えていたのか。そして、そうだとしたらその島とやらにもどうやったら行けばいいのか分からないし、そのお兄さんも居るかどうかも分からない。だけど、自分は任された身。
調べる事だって出来る筈だ。

そう決心した瞬間、誰かに呼ばれた気がした。



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