ぐ…っ、と先程の威勢はどこへやら、男に地面へ叩き付けられたガッシュは力なくうつ伏せに倒れている。そんなガッシュを見た清麿は怒りに震え、動けない体を無理矢理にでも動かしてガッシュを呼んだ。

「立て、ガッシュ!反撃だ!!やられっぱなしになるな!!

悔しいだろ!?その悔しさを拳に詰め込んで殴り返せ!」

清麿の声に、ガッシュはボロボロになりながらも、傷が小さなそのガッシュは体を腕を杖にして立ち上がろうとする。もちろん、清麿の言う通りに男へと殴り返そうとしているのだが、それはさせまいと、ハッと鼻で笑いながらもう一度ガッシュを地面に擦り付けようとガッシュの頭を足で踏みつけた。ガッシュは再び地面に顔面をぶつけてしまい、反撃すら出来ない。それでも殴り返そうと小さく細い腕を立てて、立ち上がろうとする。だが、そんなものは大人である男にとってはまるで無意味。

「こいつが悔しいだと…?ふざけるな。

道具がそんな生意気な事、考えるかよ!?」
「ぐ…

うぉぉおおお!!」

ガッシュを足で踏みつける男。その男の言葉に、ガッシュは悔しそうに表情を歪めていたが、ガッシュは再び腕に力を込めて雄叫びを上げだした。そして、「わぁあああっ!!」という声を上げた瞬間、ガッシュの頭を踏みつけていた男を下から思い切り退けた。

「これ以上…私を侮辱すると許さんぞっ!!」

男の言動は全てガッシュやあの青い魔物に向けての言葉。青い魔物こそ表情をピクリとも動かしてはいないが、ガッシュは目に涙を沢山溜めながら、男を下から睨み付けるかのように見上げる。溜まっていた涙はガッシュの大きな目から溢れ出している。怒りから流されたその涙を見た瞬間、茜は心臓が痛むのを感じた。
すると、男はガッシュのそんな様子に明らかに子供の力じゃないと理解していた。結構自分は力を入れてガッシュを踏みつけていた筈。それなのに、跳ね返された自分の足。動揺を隠しきれなかった。

「へ…何が許さな――…」
「うぁぁあああっ!!」

動揺するも、相手は所詮子供。それでも男は余裕の表情を浮かべて、再び嘲笑えば、最後まで言わせまいとガッシュは勢いよく男の腸へと突っ込んでいった。だが、勢い過ぎたのか男の体からは“メキゴキ”と骨が鳴いているのが分かった。あまりのガッシュの頭突きの威力に、男は体が「つ」の字より更に深くめり込んでいた。赤い本もまた手放され、今は青い本を持っておらず、男と魔物は反撃も出来ない。先程までこちらを見張っていた青い魔物もまた思わぬ行為に、目線を外した。今の魔物は普通の子供と一緒。それを見計らった茜は直ぐに走り出した。

それがお前の力だ。お前の力は強盗事件以来、強くなってんだ!!
「いよぉし!!」と声を上げる清麿の表情はスッキリしたような、嬉しそうな表情をしており、ガッシュは男を清麿から離れさせ、完全に地に伏せさせたのを見て、茜は男から手放された赤い本を拾い上げ、清麿へと近付いた。

『はい、高嶺くん』
「あ、ああ。ありがとう」

手渡された清麿は、茜にこの状況をどう説明したら良いのか分からなかったのか、目を泳がせている。そんな彼の様子を見た茜もまた、気まずそうにしながらも笑ってみせた。その意味が分かっていなかったのか、清麿は頭の上に疑問符を浮かばせながら動く方の腕で本を受け取った。すると、先程男に頭突きをかましたガッシュがこちらへと近寄ってくる。

「よくやった!よくやったぞ!ガッシュ!!」
「清麿…」
「ん?」

男を地に伏させた事に、清麿がガッシュに「よくやった」と褒めれば、ガッシュは涙を流しながらこちらを勇ましげに顔を上げた。

「一発、かましてやったぞ…」
「おお!スカッとしたぜ!!」

泣き顔にも関わらず、そう言ったガッシュの姿は、かなり勇ましく見え、子供という事を忘れさせた。そして、清麿もまたそんなガッシュに応えようと、スッキリしたような表情を顔に表して力強く頷いて見せた。すると、ガッシュに腹を思い切り頭突きされた男は、青い魔物に持たせていた青い本をバッと取り上げる。そして、魔物の後ろへ行くなり本を構え出す。

「もうそんなガキ要るか!!お前ら三人殺してくれる!!」
「ま、マズい!茜、俺の後ろに!ガッシュ、この氷を見つめるんだ!」

何かをするのか、相手の攻撃が来ると分かった清麿は茜を寝っ転がる自分の背後に来るよう言い、ガッシュを自分の氷を見つめるように言う。茜とガッシュは清麿に言われた通りに茜は清麿の後ろへ、ガッシュはその場で正座をし、氷を見つめる。それを見た清麿は本を開いた。

「(うまく氷だけを壊すよう、心のコントロールを…
氷が憎い…俺を縛ってるこの氷が憎い…!)」
「ハハッ!死ねえ!!」

銀行強盗の時に学んだ心のコントロール。清麿はガッシュの吐くあの破壊的な雷を自分と茜に当たらないよう上手く自分の感情をコントロールしている。だが、それに集中し過ぎたのか、男は自分達に向かって呪文を唱えようとしていた。
ダメだ、間に合わない…と思った瞬間、男の口から力強い“ギコル”が繰り出される。そして、再び青い魔物から吐かれる鋭い氷はそのまま真っ直ぐ自分達に襲いかかった。

ドゴォォオオンッ!!

地響きみたく響く爆発音。砂埃と氷の冷気がその場で上がり、男は緊迫の表情をしながら様子を見やる。彼等が動く気配は無い。攻撃はちゃんと彼等に当たっていた。それを理解した男は思わず安堵の息を吐いた。

「…フン、手間とらせやがって――…」
「“ザケル”!!」

安心したその矢先、清麿の呪文を唱える声が聞こえ、男がそちらに目をやれば、自分に襲いかかってくる雷。不意打ちだったものの、まだ動けた男は近くに居た自分の魔物を掴み、雷に向かって投げ出した。そして、そのまま本を開く。

「“ギコル”!!」

そのまま呪文を唱えれば、魔物の口からはあの氷。だが、唐突過ぎたのか魔物から吐かれた氷は先程と比べれば少し小さい。それでもガッシュの攻撃は防げたが、やはり完全には防げなくなっていたのか、魔物だけガッシュの電撃を少しだけ浴びてしまった。

「てめえ…いい加減にしやがれ…
今度は、その子供を盾にするだと…?」

氷の呪縛から逃れたものの、清麿とガッシュはダメージを受けてしまったらしく、清麿は片腕から流れる血を抑えながら男を睨み付ける。茜と言うと、攻撃が来る直前に、清麿が押した為、あまり攻撃を受けてはいない。その証拠に、清麿とガッシュの後ろには尻餅を付いて彼等を呆然と見上げる茜の姿が。

「おい、お前!そんな奴に何故使われてる!?
いいように利用されて、悔しくないのか!?

もう止めるんだ!そんな奴の言う事なんて聞く必要無いんだぞ!!」

清麿はきっと、あの子供はあの男に反抗出来ないから言う通りにやらされていると思っている。もちろん、それはガッシュもまた思っている事。頭を鷲掴みにされ、盾にされた挙げ句、傷だらけのその子供。見ているこちらが、我慢の限界だったのだ。
だけど、違うんだよ高嶺くん。茜は縋るように清麿へと目線を上げる。だが、茜のそんな思いも虚しく、子供は口角を上げた。

「ハハ…何を勘違いしてる?」
「何!?」

所詮はあの子供も魔物の子。強くなれるなら何だって言う事を聞く。あの男が自分を使い、悪い事をやればやる程、自分は力が強くなっていく。そして、あの男自身がどんどん悪に染まる事が…

「俺にとっては、この上ない喜びなんだぜ」

本の持ち主が悪い人程、魔物にとっては好都合の事。きっとあの子はそれを見込んであの男に近付いたに違いない。

「へ…そういう事だ。
やるぞ、レイコム!」
「ああ、細川…早く叩き潰してやろうぜ!」

細川というのが、あの男の名前らしい。そして、あの魔物の子の名前はレイコム。二人がこちらを見て浮かべる笑顔は、まるで獲物を捕らえた獣。そんな姿に相手が氷使いとか関係なしで思わず寒気がした。そんな彼等にもう喋るなと言わんばかりにガッシュが睨み付ける。

「うるさい!叩きのめされるのはお前の方だ!!」
「へ…力の差は歴然なのに、口だけいきがっても虚しいぜ

いや、隣のお兄さんはよく分かってるようだな…」

そう言って、レイコムという魔物はガッシュから清麿へと視線を逸らした。それを見たガッシュと茜もまた、清麿へと目を移す。目を移せば、次に写ったのは、清麿の悔しそうに歯を食いしばる渋い顔。勝ち目が無い事を理解した人の表情はこれほどに渋い表情をするのか、と失礼ながらも思ってしまう。勝機はまだあるらしいが、それでは無駄な足掻きとなってしまうだろう。だが、そんな清麿に対してガッシュは焦りを表情に出しながらも清麿を説得しようとしていた。

「き…清麿、弱気になるな!!気持ちで負けてはいかんぞ!!」
「ああ…大丈夫だ…」

こうなったら手は一つ。チャンスは一度。奴がまた“ギコル”を唱えた時…
ガッシュの声かけに、清麿は表情一つ変えずに目の前に居る二人の“敵”に睨み付けた。そんな中、清麿の脳内にはとある考えが過ぎっていた。

「行くぜ!!“ギコル”!!」
「(今だ!!)
“ザケル”!!」

細川が呪文を唱え、レイコムが口から鋭くデカい氷柱を吐き出す。それを見計らって清麿もまた、呪文を唱える。お互いにかなりデカい術のぶつかり合い。お互いの術がぶつかった瞬間、再び爆発し自分の姿を隠していく。それを見た清麿は「よし!」と声を上げた。何かいい案が浮かんだのだろうか、と思わずこちらも頬がゆるみ出す。だが、そんな甘い考えは今の清麿には通じなかった。

「逃げるぞ!!」
「何!?」
『た、たか…?!』

まさか、そう来るとは思ってはいなかった。清麿は左手に赤い本を、右手にガッシュの襟首を掴んでそのまま清麿の肩へと担ぎ出す。そして、空いた右手で茜の腕を掴み、そのまま全力疾走の勢いで走り始めた。思いも寄らぬ清麿の行動に、ガッシュも#name2#も開いた口が塞がらない。ただただ、茜は必死に彼の走るスピードに付いて行くのが必死で、下手をしたら舌を噛みそうだ。

「き…清麿!叩きのめすのでは!?」
「やかましい!!」

清麿は先程までの戦いを振り返り、頭が痛くなる程考え抜いたその答え。反撃する為に呪文を唱え続けた清麿。だが、それは呪文二つを使い分けている細川とレイコムには全く通じない。勢いが付いた場面もあったが、やはり勢いだけでは彼等を倒せる訳が無い。むしろあっちが勢いを増している気がする。復讐による怒りや憎しみがこれほど呪文に影響するとは思っていなかった。清麿もまた、それを理解しているからこその行動。助かるにはもう、これしか方法がない、と。
そんな清麿の背中を、腕を引っ張られながら茜は顔を俯かせた。

――その時だった…

「“フリズド”!」

茜の見ていた光景が、一気に地面へと移された。

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