この世界にそれこそ今となっては星の数程いるポケモントレーナー達。そんな彼らが憧れを抱いてやまない玉座についたまだ齢11の少年は、酷く光のない瞳で、真っ直ぐ、その眼下にある挑戦者が開く筈の扉を見つめていた。

「レッド、四天王に挑戦する者が表れたら呼びに行くから、君は部屋にいてもいいんだよ?」
俺はほんの数週間前に2人の少年に破れた。2人は宿す色さえ違えど同じ強く力溢れる輝きをその瞳に宿しており、対峙したその瞬間から、何か言い知れぬ、畏怖などというものを感じさせた。その後その2人がチャンピオンの座を賭けて交わしたバトルは見る者を圧倒させ、数多くの者を冒険の旅へと駆り立てた。
しかし、その素晴らしいバトルを制し、チャンピオンへと上り詰めた赤い光を宿す少年は、今ではすっかりその輝きを潜めてしまっていた。いや、違う。潜めたというのは些か甘い表現だ、まるで、そう、まるで、煌々と燃え上がっていた命の灯火が、

「レッドくん、バトルをしないかい?俺と、」
俺は胸のざわつきと不安感を拭うように日々彼に話しかけた。けれど、バトルをしようか、外へ出ようか、本を読もうか、とただひたすら幼くして頂点についたその少年の心にある何かを払拭しようと、彼が興味を持ってくれそうな誘いを投げかけるも、彼が頷いたことは一度もなかった。それどころか、「……大丈夫、です」と、そんな俺の心の内を見切ったような返答を返されてしまうくらいであった。
新しいチャンピオンの誕生から早ひと月、リーグの他の人間達もやっとその少年の心の憂いに気がついたらしく、彼の部屋に、子供向けのポケモン雑誌やぬいぐるみから近々発表された論文や研究資料までありとあらゆる物が運ばれた。人の気遣いに何故か敏感な彼はどれだけ対象年齢から外れたものでも一通り目を通してみせた。

「何か、したいことはないかい?」
とうとうそんな大人達の気遣いに気遣いで返す小さな少年にいたたまれなくなった俺は、彼に聞いた。このひと月で随分、いやそれはとても小さなものだったが、周りの他の大人に比べて、俺に心を開いてくれていた彼は遠慮がちに、とても小さな声で
「……グリーンは、どうしていますか」
と聞いてきた。グリーンというのは忘れる筈もない。俺を倒したもう一人の少年、後にレッドとは幼馴染みであったと判明した彼のことであった。
「グリーン?彼ならもう一度旅に出たと聞いたよ」
予想だにしていなかった当たり前といえば当たり前のその質問に、俺は少し前に聞いた情報を彼に与えた。
「……旅…そう……」
俺の言葉を噛み砕くように復唱した彼はそう呟いてまた、眼下の扉を眺め始めてしまった。そしてそこで、俺はひとつの仮定を立てた。自分と同じように育ち、共に旅に出て、互いに強くなり、頂点の座を争った、謂わばライバルである彼が今また旅に出たと聞いたのだ。もしかしたらこの子は
「君も出てみるかい?旅に、」
俺の言葉を右耳で掬った彼はいつものように左から流さず、その言葉を受け止めたようで、ちらりと俺の顔色を窺った。
「君のような若者が、こんなところに閉じ込められて、やりたいことなどあるはずもなかったね」
やっと繋がった、何故今まで気づいてやれなかったのかと思う程簡単な解答を彼に提示すると、一拍置いて
「……いいの?」
と小さく尋ねた。そのとき、彼の真っ赤な瞳にきらりと光が弾けたのを見て、
「いいよ、」
俺がこの小さなチャンピオンを籠から逃がしてやらなければと決意した。

その後の俺は、初めて人の為に頭を下げて回った。いつだったか、俺が最強の四天王の座に就いた時、誰かが誉めるために「君程チャンピオンに向いた者はいないだろう!」と言った言葉が今更、俺が無意識に、無意味に張っていた塵のようなプライドの存在を裏付けていた事に気付いたが、もうそんなことはどうでもよかった。俺は今、一刻も早く彼を解放してやりたかったのだ。頭の固まりきった奴らを「素晴らしい才能ある少年の未来を潰す気か」となんともベタで、しかしそれ以外の言葉が見つからない程しっくりとくる文句で説き伏せて、やっと俺が替わりにチャンピオンの職に就くことを条件に籠の鍵を手に入れたのは、少年がひとつ誕生日を迎えた後だった。



籠の鍵












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