いつか天与の術師殺し
- ナノ -

清廉でなくとも、清廉でいたいのだ




目を瞠るような美青年にナンパ紛いな声掛けをされたけれども、その相手がどう見ても未成年だった場合の対処法について、原稿用紙一枚で簡潔に述べよ。

答―――一枚も要らんっ!!!私は……拒絶するっ!!

と、意気込んでいられたのは最初だけだった。禪院甚爾と名乗った美青年は、軽薄そうな物言いとは裏腹に、大層押しが強かった。何やかんやと理由をつけて、私の家までついてくるという考えを曲げようとしない。ご飯奢ってほしいならその辺のサイゼリ●とかでいーじゃんと思ったけど、家庭の味に飢えているんだと煩い。

ぽん、と肩に手を乗せられた途端、あ、これ逃げられないなと悟った。目付きが猛獣のそれだ。厄介なのに捕まっちゃったなぁ。これならさっきの不良達の方が大分マシかも。はああぁ、と大きく溜め息を吐いて、仕方ないので家に上げることにした。晩御飯ご馳走して、とっとと帰って貰おう。

いや、危機感の欠如とか言わないでくれ。私だって見知らぬ男の子を家に連れて行くなんて危ないって分かってるけどさぁ…どう見ても家出少年って感じなんだもん。やたら顔も傷だらけで、身なりも薄汚れている。家庭の事情で家にいられなくなって、飛び出してきたってとこかな?それを思うと、無碍にするのも何だか気が引ける。ご飯くらいはいいかなあって思うのは、お人好しなんだろうか。

『どうぞ上がって。散らかってるけど、気にしないで』
「んじゃ、遠慮なく」

あー、昨日掃除したばっかで良かった。まあ辛うじてだけど、人を呼ぶのに支障はない程度だ。あ、ちょっと待った。私はリビングへとスタスタ向かおうとした禪院甚爾…甚爾くんでいっか。甚爾くんを呼び止めた。ちゃんと外から帰ったら手を洗おうね。

何を言われたのか分からないというように目をきょとんとさせた顔は、年相応でちょっとだけ可愛く見える。本当に高校生くらいなんだろうな。背も高いし…170はあるかな?筋肉質でガタイが良いから大人びて見えるけど。風邪なんて引いたことねェのに、とぶつぶつ文句を言いながらも、ちゃんと手を洗ってくれた。素直でよろしい。

『あんまり凝ったもの作れないけど良い?』
「食えりゃ何でもいーぜ?俺、腹は丈夫な方だし」

あ?いくらなんでこそこまでヤバイもの出さないわ。このガキャー、何のフォローにもなってないぞ。若干イラっとしながら、テレビでも見てて、とリモコンを渡す。そして私は、台所に向かい、壁に掛けていたエプロンを付けた。

んー、本当に簡単なものしか作れないなぁ。焼きそばでいっか。ウインナーとそばあるし。あーん、これ明日のお昼にしようと思ってたのにィ。文句を言っても始まらないので、トントンと料理を始める。暫くすると、リビングの方からテレビの音が流れて来た。

私が住んでいるのは学生には贅沢だけど、1LDKの広々とした一室だ。両親が出した条件がセキュリティのしっかりしたところ、だったので、必然的にお値段もそこそこで、部屋の造りも立派だ。一部屋はリビングで、もう一部屋は寝室として使っている。一人で住むにも広いのは確かだ。お蔭で暮らしは快適である。

下手の横好きだけど料理はよくするので、さして時間も掛からずに焼きそばは完成する。大皿に盛ったそれと、あと麦茶を用意して、テーブルの上に置く。すると、甚爾くんはおお、まともなモン出て来た、と感想を零した。だから失礼だっての。

「じゃ、早速」
『いただきます』
「………イタダキマス」

料理を前に無造作に箸を取り、口に放り込もうとしていた甚爾くんは、私が手を合わせて挨拶したのを見て、箸を一度置き、同じように手を合わせた。うんうん、やっぱり中々素直な良い子じゃないか。擦れているように見えるけど、育ちが良いのかもしれない。

『口に合う?』
「ん、フツーに美味い。オネーサン料理上手いじゃん」
『それはどうも』

余程お腹が空いていたのか、がつがつと凄い勢いで焼きそばはなくなっていく。ひえー、男子高生の食欲ってすごいなぁ。体も大きいからたくさんと食べるかなって思って三人前作ったけど、なくなりそうだ。これで足りるんだろうか。

「そういや、オネーサン名前は?」
『……伏黒雪乃』
「雪乃サンね」

こいつ絶対私に毛ほども興味ないだろ…。社交辞令で聞いたのが見え見えだ。まあ、いーけど。どうせこんな危なそうな雰囲気の子と、私も今度関わりたくもないし。はあ、と嘆息しながら、私は甚爾くんを見つめた。端正な顔立ちの中でも、右の口元にある傷だけが大きく目立つ。それにしたって睫毛なっがいなぁ…。無造作に伸びた髪も悪そうな雰囲気を醸していて、そのテの子には受けそうだ。薄着のせいか、身体のラインが見えるのだけれど、イイ筋肉が付いている。ここだけは目の保養だな。

「ナニ?じっと見て」
『…甚爾くんって、いくつ?』
「十六」
『………それ食べたら出て行ってね』

マジで犯罪じゃん。青少年健全育成条例的なのに引っ掛かる。私はまだ犯罪者なんかになりたくない。未成年者誘拐?拉致監禁とか?変な前科は真っ平だった。いや、私だってまだ成人してないけどさ。でも大学生は半社会人で、自由度半分、責任も半分求められる。冷てェーの、と言われるけど、冗談抜きでやばいよ。主に私の将来が。

『ご両親が心配するでしょ』
「母親はいねェーし、父親は俺になんか関心ねェからいーんだよ」
『…高校は?』
「行ってねェ」
『不登校ってこと?』
「いや、通ってねェ」

お、重ぉ……。見た目からして何かあるなとは思ってたけど、想像以上にヘビーだった。えーと、お母さんは亡くなってるか出て行って?お父さんは自分に無関心。んで中卒なわけね。なるほど、それでグレちゃったのか。ううむ。複雑な家庭環境にオネーサン閉口しちゃう。

『言いたくなかったら、いいんだけど』
「ン?」
『その傷は?』
「ああ、…これ?これは、じゅれ……あー、喧嘩で付いた。餓鬼の頃だぜ」
『……そう』

うう…駄目だ。聞くんじゃなかった。私は何も言えなくて、ぐすっと緩みそうになる涙腺を抑えた。こんな表現をするのは失礼だろうけど、甚爾くん見るからに幸薄そうなんだもん。これが触れるものみんな傷付ける年頃ってヤツか…。そうなるのも無理はない。薄幸の美青年が吐露した過去が過激で、既にキャパシティオーバーだった。

「…ご馳走サン。で、ここからが本題なんだけど」
『?』
「今晩泊めて?」

にっとまた悪戯っこのような笑みを浮かべて、甚爾くんが強請るので、私はひくっと頬を引き攣らせた。出来るわきゃないでしょ!これでも私は華の女子大生!ぴっちぴちの十九歳なわけ!年頃の男女が一つ屋根の下とかけしからん!今時の若いモンは何を考えているのか!ぷんぷんだぞ!

『駄目』
「命の恩人を放り出すワケ?そりゃ、ちょっと冷てェんじゃねーの?」
『晩御飯をご馳走するだけって話だったでしょ』
「一晩くらいイイじゃん。何なら身体で払うぜ?」

ちょおっ…?!?!甚爾くんは、ぐっと前のめりになって、色っぽい流し目を送って来た。こ、こやつ…出来る!慣れておるな!十六歳のガキんちょのくせに、その仕草がやけに堂に入っている。悔しいけど、私より色気あるかも。てゆーか、イケメンなので距離が詰まると心拍数も上がる。私はひっひふー!と自分の理性を総動員させながら、甚爾くんの額をぴしっと弾いた。

『どこで覚えたの、それ。子どもが使う言葉じゃないわよ』
「…ガキ扱いすんな」
『子ども扱いされて怒るのは子どもの証拠でしょ』

よし、なんか年上っぽいこと言って誤魔化したぞ。私はふう、と息を整えるために、デザートを取りに台所へと向かった。冷蔵庫にプリンがあるから、それ食べたら本当に出て行ってもらおう。うっかりあの魅惑の胸筋の魔力に自分がやられる前に。うん。

私をプリンを持ってリビングへ戻ると、そこに甚爾くんはいなかった。おや?と思うが、風にそよぐカーテンで、ベランダへ出たのだと察する。暑かったのかな?プリンどうぞー?と窓の外を覗いた私は、ぎょっとした。背中を向ける甚爾くん。その頭上からもくもくと上がる白い煙。ま、まさかとは思うけど!!!

『ちょっと』
「あ?」
『駄目よ、煙草なんて。…未成年でしょ』

ほんっとこのガキ、どげんかせんといかんね!!振り向いた甚爾くんは、案の定煙草を吸っていた。私は怒髪天を衝く勢いで一気に頭に血を登らせると、ばしっとその手から煙草を奪い取った。別に喫煙者を悪く言うつもりはないんだけど、私は煙草は嫌いだ。昔から肺が弱くて、煙を吸うと咽喉が痛くなる。臭いにも敏感なので、布地についた煙草の臭いがいつまでも気になる。煙草を吸うナイスミドルは大好きだけど、あれはフィクションだからいいのだ。第一、こいつ、本来なら高校生くらいの年頃のくせに。

『未成年者の喫煙は法律で禁じられてるの。知らないの?』
「…いや、知ってっけど。こんなん、誰でもやってることだろ」
『みんながやってるから良いなんて、子どもみたいな言い訳しないの』

ほんっとどういう教育受けて来たんだこの子…!意外に知らない人も多いが、煙草やお酒を未成年者に売ったり、黙認したりすれば罰せられるのはお店や親なのだ。勿論本人も補導されたりする。良いことなしだ。色んなとこに迷惑かけることになるんだぞ!

ぷんすか怒る私と裏腹に、甚爾くんは眉を顰める。

「…俺の勝手だろ。返せよ」
『駄目。―――煙草を吸うなら、今すぐ出て行って貰うけど』

少なくとも、うちにいる間は吸わないで。そう言うと、彼は沈黙した。何だ、分かったのかいチェリーボーイ?

「……それって、煙草止めるなら今すぐ出て行かなくっていいってコト?」
『…………そうよ』

…っし、しまったぁああああぁあああぁ!!!!私のアホぉおおおぉ!!!何相手に言質与えるような真似しちゃってるんだ!!

ち、違うぅ…違うんだぁ。私は今すぐ君に出て行ってほしいんだよぉ。でもあれだ、煙草を吸ってるのをそのままスルーしたら私のポリシーに反するっていうか…とにかくうちで吸ってほしくないっていう言葉に綾だったんだよぉ。

そんな私の心情は無視して、伸ばしたままだった掌の上にぽんと何かが乗せられる。見ると、煙草の箱とライターだった。んじゃ、アンタにやる、と言われて、目を瞬く。え、何これ…いらね…。私吸わないし。甚爾くんは、ひょいと部屋の中に戻ると、こちらを振り向いた。

「煙草は止める。少なくとも、アンタのとこにいる間はな。…これから暫く、世話になるぜ。雪乃サン」

え。

「お、プリンじゃん。イタダキマース」

ちょ、ちょっと待って…。

「食わねェーの、雪乃サン?俺もういっこ食ってもいい?」

それはダメ……私のプリン……いや、そうじゃなくて…。

と、泊めるにしたってさぁ…、ひ、一晩って話、だった、よね…?なんかこれから暫く世話になるなんて、おっそろしい言葉が聞こえた気がするんだけど…。き、気のせい、だよね…?

私の脳裏に、青少年育成条例違反、という言葉が躍る。ふらっと意識が遠のきそうになったのを、必死に堪えた。

ちょっと待ってよ、ひどいよ神様!私は清廉潔白をモットーに、これからだって生きていきたいだけなのに!!!

恨み言は口には出せず、夜空に溶けて消えて行った。



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