利己主義者Nの献身
- ナノ -


DNAが叫ぶから



こな〜〜ゆき〜〜〜ねェ〜〜〜〜こ〜こ〜ろま〜〜〜で白く染めあげたなら〜、あっあああ〜。

ぼーっと窓から外を見て、心の中で代名詞ともいえる歌を口ずさんで、ちょっとだけ黄昏てみる。初雪が降ったあの日から五日、雪は積ることはなかったけれど、夕方になるとチラチラ降るを繰り返している。あー、これからどんどん寒くなるんだろうな…。日本じゃ雪やこんこん、かまくら作ったり雪合戦してたりするけど、今は不安が先立つばかりである。


そうそう、フランスだけど、四季がはっきりしている日本ほどではないけれど、やっぱり春夏秋冬ごとの季節感はある。通年で気温は低く、熱い夏を過ごすことに慣れている日本人は比較的過ごしやすいんだろうな。でも、対して長いのが冬。日照時間も短くて、キツイ寒さが続く。山脈多いからな〜、仕方ないけど、やっぱり不安だ。

「………しゅべすたぁ……」
「…ミヒャ、起きたの?」

ちょこんとタイルに敷いた毛布から起き上がったミヒャは、こしこしと目を擦っている。ハム太郎みたいでかわちい。お昼寝終わり?と傍に寄って、寝癖の付いている前髪を整える。昨日はお金が入ったので、久しぶりにシャワーを浴びてクリーニングもしたので、ミヒャからはシャンプーの良い匂いがする。ぎゅう、と抱き締めて頬を擦り寄せると、ミヒャも仔猫のように抱き着いて来てくれて、吐血しそうなくらい可愛い。ぐばぁ。

まあ、お金自体はカツカツだけど、ちゃんと清潔にしときたいからね。驚くなかれ、海外…てか、フランスとかドイツでは、駅や公園にある公衆トイレすらお金を払わなければ使えない。セント硬貨くらいでも、ただの生理現象が毎回有料なのは地味にキツイ…ホント、生きてるだけでお金が掛かる。

シャワーは大きくて人の多い駅で、コインランドリーはホテル近くの綺麗なお店で。ここに来てから両手じゃ足りないほど怖い思いをしてきたので、さしもの私でもすっかり学習して、人気の多い場所や利用客が頻繁に来る店を選ぶようにしている。これ以上盗まれたら、着る服、なくなっちゃうし…。

でも、一応良いこともあったのだ。髪を売ったお金だけでなく、臨時収入を得た。とある小さなレストランでゴミ捨てをして、裏口付近の掃除をしたことで得た駄賃。初めて自分で稼いだお金……コイン数枚だけど、涙が出そうなほど嬉しかった。「スラムのガキにしては仕事も丁寧だし、助かった。また汚れたら頼むよ」と一言添えられたのも嬉しい。……そんなこと言われたら、早く汚れないかな〜…とストーカーばりに裏口を見張って、マッチポンプでもやらかしかねなくなっちゃうぞ。……バレたら怖いチキンだからやらないけどさ。

ってことで、入浴も洗濯も済ませて最高に良い状態だ。…でもまー、ちゃんと雇ってもらえるような仕事がなきゃ何も変わらないよね…。その為ににも早く申請が通って、援助を受けながら自立出来るようになりたいんだけど……中々上手くいかないものだ。まだ眠いのか、むにゃむにゃ言っているミヒャをなでなでしつつ、ぼんやり考える。

「……シュネー、いるか?」

廊下を歩く音がして、少し身を竦ませる……と、ふいに掛けられる声。ボロボロの扉を開けて入って来たのは、先日知り合った少年、ノエルだった。わー、今日も来てくれたの。人と会話出来るの、楽しいから嬉しいなぁ。

「ノエル、こんにちは」
「ん。……昼飯まだなら、これやる」

ん、と差し出された袋を受け取ってみる。…中には、フランスではよく見る、バゲットのサンドイッチが入っていた。え?いいの?とちらっとノエル少年を見上げると、こくんと頷かれた。………日参してくれるだけで嬉しいのに、毎回手土産まで…。ありがとうございます、助かります…と、こめつきバッタのようにへこへこしてみる。面倒見良いなぁ、ノエル少年。

「ミヒャ。ノエルがサンドイッチくれたよ。食べよう?」
「……いらない…」
「食べたくない?お腹空いてるでしょ?…具合悪い?」

満腹になるまで食べるなんて、フランスに来てから出来てないから、絶対お腹空いてると思うんだけど…ふるふると私の胸元に顔を寄せたまま、むずかるミヒャに首を傾げる。んー、熱はないよね?ミヒャ〜食べようよ〜と撫でていると、じろり…とミヒャはノエル少年を睨んだ。お?

「………ミシェルは食わないって?」
「ノエル、ミシェルじゃなくてミヒャエルだよ」
「ミシェ、ル?」
「…ミヒャエル」
「………ミシェル」

首を傾げながら何度もミヒャの名前を口にするが、一向に発音は改善されない。大天使ミカエルを由来とした名前……って話は前にしたと思うんだけど、各国で発音は違う。英語はマイケル、スペイン語はミゲルと、語感は様々。とどのつまり、ドイツ語のミヒャエルは、フランス語ではミシェルなのだ。どうにもノエル少年はその発音に違和感を覚えるらしく、再三言い換えても私はミシェルに聞こえてしまう。………まあいっか、ひとまずはミシェルでも……。

「好き嫌い出来る状況でもねーと思うがな」
「サンドイッチは好きなんだけど。…ミヒャ、ホントに食べない?」
「……しゅべすたぁが食べるの…」

………へっ?

きょとんとしていると、ミヒャはごそごそと袋を漁って、取り出したサンドイッチを私の口元に押し付けた。その視線は、サンドイッチに釘付けだ。ごくり、と咽喉を鳴らす音も聞こえる。心なしか、手はプルプル。それでも言葉だけは「たべるの」と促して来る。

…………み、ミヒャ、君って子は……!!

そーだよね、お腹空いてるよね、空いてないわけないよね!なのに食べないって言うからどーしてかと思ったけど、なんてことはない。ミヒャは自分の空腹を我慢してでも、私に食べて欲しかったのだ。……な、なんて良い子……!!尊さで尊死する!神が想像せしめた慈愛の化身!可愛さの権化!ミヒャの優しさマジ女神級!ああっ、女神さまっ!!

…あんなに癇癪ばっかり起こしていた子が……いつの間に気遣いってものを覚えたんだろう……ミヒャ……感動で全私が泣いた。ベストセラー必須。完売御礼。満漢全席。

「……ありがとう、ミヒャ。でもいいの。…ミヒャがお腹いっぱいになってくれたら、私はそれだけでいいの」
「………」

いや、これはマジで。愛しさがグレンラガンして、胸がいっぱいで食べられない。だから前から言ってるだろ!私の好物は弟!弟(概念)だけでご飯十杯食べれる。こんなに供給過多されるとそれだけで満腹です本当にありがとうございます!!!

はぁはぁはぁ、と気持ち悪いブラコン心滲み出てないかな、と心配しつつ、ミヒャの口元にサンドイッチを押し戻す。ふへへへ、喜びで口が緩むぜィ。ミヒャは可愛い猫のようなお目めを何度も私とサンドイッチに行き来させた。…ええんやで、子どもは遠慮なんてしたらあかん、お腹いっぱい食べな。と、変な関西弁を出しつつ、千切ったパンを小さなお口に放り込む。たんとお食べ。

「………はむっ」
「…美味しい?ミヒャ」
「…………ん」

ちっちゃいお口を精一杯開けて、はむはむとサンドイッチを頬張るミヒャが天使。ハムスターみたい。種類はブルーサファイアハムスター一択である。色味的にも。異論は認めない。ミヒャは天使なブルーサファイアハムスター、いいね?

お腹がいっぱいになって満足そうなミヒャと、そのミヒャをおつまみにご相伴に預かった私も、お腹が鳴らない程度には満たされた。ほえ〜〜〜、じゃあ今日も何かお仕事でも探しますかっとぁ。イイ子で待っててね、とミヒャをなでなでして、ノエル少年と外に出る。…おお、晴れてる!…正確には曇りだけど…、良き良き!雨が降ってないだけ全然マシだ。

「出掛けるのか?」
「うん、お仕事探さないと」
「……お前、親はいないのか?」
「一緒にはいない」

ドイツからミヒャと二人で来た、というと、へェ、とノエル少年は気のない返事をした。…絶対興味ないじゃん。社交辞令で聞いた?面倒見良いと思えばすっごいドライな反応もしてみせる、不思議な少年である。…えーと、じゃあ私も聞いていいかな。

「ノエルのご両親は?」
「…碌でもない父親ならいる」
「ふうん。私達とおんなじね」

碌でもないかって問われて、うんって言えるほど、あの人の事知らないけどさ。…でも、外見だけはミヒャの未来予想図な気がする。雰囲気は絶対違うに決まっているけど。ミヒャはあんな冷たい顔しない!きっと慈愛溢れる天使みたいに優しくて高貴でふわふわした美形になるんだろうな〜〜。今から将来が楽しみである。

「ノエルはなにかお仕事してる?」
「…たまに車の整備とか、そういうの手伝ってる。…そっちは寧ろ副業だな。今は本業は別にある」

本業副業て。君はサラリーマンかね。でも、ふーん、そうなんだ。こんな年頃の子が学校行かないで働いてるのがフツーってのも世知辛いね。てか、ノエル少年って、ホントに何歳?大人び過ぎてない?クール極めてて、言葉少ない背中で語るタイプの男すぎて戦慄する。今からこんなに男前で、君は将来どうなってしまうのか……。ミヒャと違う意味で、相手の運命と情緒を狂わせちゃうタイプの男になりそう。

なんて会話を繰り返していると、道端の先に、籠を抱えた少年少女が蹲っているのが見えた。お、ミヒャよりちょっと大きいくらいか…。と、気になって視線を向けてしまったのが分かったのだろう、彼等は顔を上げて私に近付いて来た。籠の中の薔薇を、ん、と差し出してくる。ちょっと枯れかけてるし短いけれど、綺麗だ。…え?くれるの?わーい。なんて無邪気に喜んで受け取ったところで、更に差し出される掌。ん?握手?

「3ユーロ!」

え?なんて?

「3ユーロ!!」

………えっ、これ、売り物なの?くれるんじゃなくて?……てか高っ!薔薇の花ってこんなもん?ウソだろ、トイレ何回分だよ…。え、じゃあ返す……と言おうとするが、子ども達の目があんまり哀れっぽいから、発するべき言葉を封じられてしまった。ヤ、ヤメテ、ソンナ目でミナイデ…。………オレハ、ヨワイッ。

く…とポケットの重みが減ったことに意気消沈しながら、走り去って行く少年少女を見送る。戦利品は薔薇の花。でも勝者は彼等で、敗者は私自身…ってヤツだろうか。……そーか、これ押し売りってヤツだったのか……。まさかあんな子供にしてやられるとは……。良いカモに見えたんかなぁ。

…ノエル少年の無言の圧力を右側からひしひしと感じる。視線が痛い。なっ、何よ!どうせ間抜けだなぁとか思ってるんでしょ!何よ何よ!と心の中でヒステリックに逆切れをしてみる。……い、いーんだもん……心の癒しだって必要じゃん?花を愛でる心、忘れちゃダメだよね!…うーん、良い香り!薔薇は好きなので嬉しい!……痩せ我慢って言うな。

「………お前、」
「綺麗ね」

ノエル少年が何かを言う前に、先んじて言葉を発する。良い…何も言うな。武士の情けだ、それ以上はやめてくれ。私が一番、間抜けだって、分かってるので!!!

「……あの子達も、お腹いっぱい食べられるといいね」

子どもがお腹を空かせているのを見るのは、ミヒャで身に染みている。すっごい細くて顔色悪かったもんなぁ…。……ま、いっか。あれがあの子達のご飯代になると思えば…。私の分の食費を切り詰めればいいだけである。……でももう絶対買わないぞ!涙がちょちょ切れちゃう。

「……そーだな」

武士の情けを感じ取ってくれて、突っ込まないでいてくれるノエル少年の優しさは聖母のようだ。…でも、彼には行き倒れているところも見られているし、助けられているわ施しは受けているわで、恰好付けても今更だな、と思わなくもない。威厳ゼロだね。…最初からないけど。

……あ、この薔薇どうしよ。飾るとこない…と気付いたのは、それから五分後のこと。……気付くの遅ェ!!!あんな廃ビルには、間違っても花瓶なんて高尚なものはないし、買う余裕なんてもっとない。結局仕事も見つからなかったので、踏んだり蹴ったりである。

めでたくない、めでたくない。


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