利己主義者Nの献身
- ナノ -


世界一の男とその嫁のスローライフな日々




―――と、いうわけで。

………バスタード・ミュンヘンよ!!私は帰って来た!!!

全てをなかったことにして、私はバスタード・ミュンヘンのクラブが所有する練習場の前に立っていた。何故か二十分で着くはずの道のりに、一時間掛かったけどそんなものは誤差の範囲だ!まだお昼まで時間あるし!無問題!

さて、どうしようかな……と出入口に向かおうとしたところで、はたと目に入ったのは、目立つ看板のショップ。わ〜、バスタード・ミュンヘンのオフィシャルショップ久しぶりだなぁ…ちょっとだけ見ちゃおうかな。ふらふら〜っと誘蛾灯に誘われる蛾のように店へと入ると、中は多くのサッカーファンで賑わっていた。

お〜!新商品が出ている…!私が喜ぶと思っているのか、たまにマネージャーさんがくれるグッズも置いてある。結構高いじゃん、これ。流石お目が高い。大喜びですよ私は。シーズン中、とある事情により私とノエルの寝室は別になる。その際に使っている私の部屋には、ノエルのサインとか、ミヒャのサインとか、写真とか、グッズの数々が陳列されているのだ。多分、ノエルやミヒャのファンが見たら卒倒するような宝庫だよ。

そりゃ本物がいますけどね?ノエルとミヒャのファン第一号を自称している身としては、グッズ集めはマストなのですよ。オタク舐めるな。オタクの中でも収集癖のあるオタクだ私は。フィギアとか集めたい派。ってことで、うろうろとトリュフを探すブタさんみたいに宝物を発掘せんと物色をする。

………っこ、これは……!!!

日本でお馴染みプロ野球○ップス的な……一定の層に爆発的な人気を誇る…―――サッカー選手のブロマイド(5枚セット)じゃないか………!!

えーーーノエルひどいーーーーこんなの出てるなんて何で教えてくれないんだよーーーー!!あーー!選手名鑑も出てる―――!!カレンダーも来年分がもう出てる―――!!えーーー!!ほ、宝石箱やーーん!!!ほにゃーーー!ノエルだーーー!ノエルがいるうぅうううう―――!!表紙を飾ってる―――!あーーー世界一カッコいいぃいいい!!!!

……っは、いかん。いかんいかん。理性を失っていた……恐ろしい現象だった……。何とか正気を保った私は、選手名鑑と、カレンダーと、ブロマイドを手に取った。あと、背番号9番のタオルも。……ブロマイドは三枚!!保存用、鑑賞用、もういっこ鑑賞用!……下さい!!!私はベットだ……キリ!とお金を賭けるカイジのような心地でレジにお金を出した。………ふう、良い買い物した!

…て、満足してる場合じゃないよ。お弁当届けに来たんだよ私は。荷物を増やしてしまった…でも後悔はしていない、といそいそと貰った紙袋に商品を入れて、今度こそ通用口に向かう。…うーん、一般客と混じってもノエルには逢えないもんなぁ…。どうしよう…。

「お?……もしかして、シュネーか?」

ふぁ?

「どうしたぁ?珍しいな」
「……思いも寄らぬ再会……これもまた人生…」

お。

「ゲスナー、グリム。こんにちは」
「よォ。相変わらずクソレベル高ェ面してんなぁ」

ありがとー。お世辞でも嬉しいよー。

私に声を掛けて来てくれたのは、エリック・ゲスナーくんとベネディクト・グリムくん。ミヒャと同じバスタード・ミュンヘンU−20のチームメンバーだ。主力FWの注目株、らしい。ツンツン頭で口が悪い方がゲスナーくん、ウェーブヘアーで芝居がかった口調なのがグリムくんね。わーい、お久しぶりー。BBQ以来だね!

ゲスナーくんは「誰かに用か?」と私の荷物を覗き込んだ。あっ、こっちはダメダメ。ノエルのグッズだから…と背中に隠しつつ、お弁当が入ったカバンを掲げる。「ノエルにお弁当届けに来たんだけど」というと、ゲスナーくんは「おーおー、ラブラブで羨ましいこった、あのクソマスター」と吐き捨てた。いやぁ、照れちゃうなぁ。

「丁度良かった。これ、ノエルに渡しておいてほしいのけれど」
「…その行動の末に……何故連れて来なかったと、ノアの怒りに晒される……あまつさえ、皇帝の怒りすら享受することになる……我々の未来が見える……身悶え…」

なんて?????

「今回ばかりはこのドMチンカスに同意だな。自分で渡せ、自分で」

ゲスナーくん今の意味分かったの?すごくね?通訳になった方がいいよ、グリムくん専用の。

「でも、」
「つーかノアの名前出せば一発だろアンタなら。……オラ通せ!どけオラ!エースストライカーのワイフのお通りだコラ!」

それやめて?????

…うーん、まぁいっか。二人のお陰で中には入れたし。私は関係者用通用口から練習場の中に入り、そのままフェンスの脇に立った。今日は練習公開日ではないので、付近に一般客の姿はない。緑の芝生の上では、選手が各々トレーニングに励んでいるのが見えた。…あ、ノエルいた。

二人はノエルを呼んでこようかと言ってくれたけど、丁寧に断っておいた。まだ練習時間だろうから、邪魔はしたくない。…それに、久しぶりにノエルのこと、見ておきたい。私はピッチが良く見えるベンチに陣取って、少し遠いノエルの姿を眺めた。

………懐かしいなー。まだミヒャが小さかった頃、こうして二人でノエルの練習眺めたっけ。一緒にアリーナに行って、試合を観戦したこともある。不思議なものだ。今では私とノエルは結婚して、一緒に練習を見ていたミヒャもこのピッチに立ってるんだから。時が経つのは早いこと…。

……あー。…………恰好良いなぁ……。

私、重症だなぁと思うのは、こういう時だ。私はどんなに遠くにいて、どんなにたくさんの人がピッチにいても、ノエルのことを一番に見つけてしまう。他の誰も目に入らないくらい、ノエルはサッカーをしている時、キラキラと輝いて見えるのだ。……それが世界一の男が持つカリスマってやつなのかな。

…………でも、この現象、ノエルが世界一になる前からってことはさぁ…。

……そーいうことだよね、多分……。

「シュネー!」

ひゃっはァ!!!

背後から聞こえて来た声にびくっと肩を震わせる。めっちゃ浮いたよ私…恥ず…と思っていると、弾丸のようなスピードで走って来た誰かに抱き締められた。うおっふ。イイ匂い。すごい勢い。この物凄い覚えのある感覚は……。

「ミヒャ」
「シュネー、マイネリーベ!」

あ〜〜〜〜、やっぱりミヒャだぁああ〜〜〜っ。ぐうりぐうりと頬を擦り寄せて来るワンコみたいな可愛い生き物。美貌のビックウェーブ。いやビッグバン。可愛くて恰好良くてつよ〜〜〜〜い、まいえんじぇるミヒャたんだ〜〜〜〜!え〜〜〜嬉しい〜〜〜めっちゃ嬉しい〜〜〜なんでここに〜?と聞くと「ゲスナーから聞いた」と返事が返って来た。ゲスナーくんGJ!!とサムズアップしたくなる。それで来てくれたの、ミヒャ?お姉ちゃん嬉しい〜〜〜〜。

「珍しいな、シュネーがここに来るなんて」
「ええ、ちょっとね」

まるで五年ぶりに逢ったみたいな、感動的な再会をしている私達であるが、実は一週間前に逢っている。何なら一昨日ビデオ通話もしている。私とミヒャは週に一度、一緒に夕飯を食べているので(たまにノエルやアレクくんも一緒に)久しぶりでもなんでもないのだけれど、まあそれはそれ、これはこれである。私だって出来ればいつまででもミヒャのことを眺めていたい。なでなでしていたい。ちゅっちゅしてたい。けど、流石にお姉ちゃんとはいえ、それはキモくない?とミヒャの評判を思い自重しているのだ。…ブラコン言うな。

「……何だ?」
「ノエルのお弁当」

目敏く荷物を見つけたミヒャに答えると、途端に顰められる眉。膨らむ頬。や〜ん、そんな可愛い顔せんといて??ちっちゃい頃のミヒャを思い出して感傷に浸っていた私にはどきゅんと来る。「ノアのくせに、シュネーの弁当を食うなんざクソ不遜。……そういや、俺も昼食まだだな。……腹減ったなぁ」と、ミヒャは含みを持たせた言い方をしながら、チラチラっとお弁当を見た。

……弟よ、ああ弟よ、可愛いな。

……失礼いたしました、心の俳句が出てしまいました…。アツモリッ。

あ〜〜〜〜、ダメダメ、ダメダメ〜〜〜っ!これは、これはノエルに作って来たお弁当〜〜っ。でも、でも、ミヒャにそんな可愛いおねだり顔されたら、私、私っ……!!くっ、鎮まれ私の右手…!!ダメダメ、あげちゃだめ、あげちゃ……!!

ああ、ノエル……!不甲斐ない私を許してっ……!!と、早々に弟の魅力に陥落しそうになっていた私の右手から、ひょい、とお弁当の入ったカバンが奪われる。……お?

「げ。ノア」
「……人の弁当を取ろうとするな」

私の右手からお弁当が消える寸前、間一髪で、誰かが横から掻っ攫う。お弁当の救世主、ノエルは呆れた顔をしてミヒャを見た。…危なかったー。いや、これはミヒャが魅力的過ぎるのが悪いんだな、うん!お姉ちゃんのブラコンパワーが強かったわけじゃない。…わけじゃないんだよ、ノエル?…だよ?

「それは俺のだ、ノア」
「お前のじゃない。元々俺のだ。…カイザー、練習はどうした?まだお前のチームは練習時間内だろう?」
「…ッチ」
「さっさと戻れ」
「あ」

冷たく言い放ち、ノエルは私のお尻の下に腕を回して、ひょいと私を抱え上げた。わぁ、何で抱っこするの?!自分で歩けるけど?!まるで戦利品みたいに担がれて、それでも全く体幹がブレないのは流石ですが!……あ〜、ミヒャが〜〜〜。しょんぼりしてるミヒャが〜〜〜。そんなミヒャもぎゃん可愛い〜〜。あ〜〜〜、でもでも〜〜。

「ミヒャ、また明後日ね」
「!……あぁ、また!」

せめても、と手を振る。明後日が毎週恒例ディナーの日なの〜〜〜。またすぐ逢えるよぅ。するとミヒャは、ぱあっと表情を明るくして手を振ってくれた。きゃん、可愛い。ブンブン手ェ振ってるとこが可愛い。こういうミヒャ見たら、クール!セクシー!とか言ってるミヒャのファン達はキュートという我が弟の新しい魅力に気付いて尊死するんだろうな〜〜〜。それだよね!!!完全同意の指パッチン。……してる場合じゃねーや。



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