暗殺一家によろしく
- ナノ -
雨にして君を想う




おはようさぎ!こんにちワニ!魔法の言葉で〜ぽぽぽぽぽ〜〜〜〜〜ん!!!やっほーユキノだよーーー!ちょっと冒頭の挨拶は古かったかしら〜?でも懐かしいと思いません?

光陰矢の如しとはよく言ったもので、あっと言う間に時は過ぎ、あれから三年の時が経ちました。私は二十歳を越え、ぼんっきゅっぼんのないすばでーになりました。……それは嘘だけど。きゅっぼんぼん!じゃないだけマシじゃないかな?出産後って太るって言いますしお寿司。一応体型意地は出来てますですじゃ。

まァそれはさておくとして。この街での生活も軌道に乗り、今は平和に穏やかに日々を過ごしてます。私の生活は潤いに潤ってぴちぴちなのだ!何でかって?

「おかぁしゃん、まぁだーー?」
『ごめんねイル。そろそろ行こうか』
「うん!」

この子がいるからだよーーーーー!!!!子どもは癒し!いや天使!!まいえんじぇるイルミたん!!!はぁはぁイルたん可愛いよおお〜〜〜〜〜!!!

三年前に爆誕した愛息子イルミは、病気をすることもなく、すくすくと元気に成長した。見てよこの可愛さ!世界中が狂喜乱舞しちゃうよ!!末は歌って踊れるアイドルか?!サラサラの黒髪をボブカットにしているせいで、男の子なのか女の子か分からない中性的な魅力が溢れている。くりんとした大きい猫目に、ぷっくらとした桃色のほっぺ!手はぷくぷくしていて、歩く時の擬音語はもちろんてちてち!あ〜〜〜〜〜可愛すぎるですけど〜〜〜〜〜〜?????(半ギレ)私天使産んじゃった??

イルミはありがたいことに全く手の掛からない子どもで、夜泣きも殆どしないし、人見知りもない。お蔭で私は慣れない子育てを大過なく進めることが出来た。この街には孤児院があるんだけど、そこは託児所みたいな役割も担っていて、働くお母さんが子どもを預けていることが多い。私も最近はレストランの職に復帰して、イルミをそこに預けることも増えて来た。なるべく一緒にいてあげたいからたまにだけど、やっぱり情操教育の面でも子ども同士の交流は大事だしね。

うちのイルミンは大人しいし可愛いしで、近所のおばさん方にも孤児院のお手伝いさんにも評判が良い。イル君は本当に良い子です、と呼び声が高く、誰もがメロリンになっている。私は鼻高々なのだが、息子があまりにも愛らし過ぎるので、たまに心配にもなる。誘拐されたらどうしよう…、お菓子あげるって言われてもついてっちゃダメだよ?と再三口を酸っぱくして言っているが、本当に心配だ。うちの子が天使過ぎて困る。

『ほら、イル。走らないの。お母さんと手繋ごう?』
「うん、いーよぉ」

あ、もう駄目……鼻血出そう。元気に走り出そうとしたイルミは、私の声掛けに傍まで戻ってきて、小さな紅葉みたいな手を差し出して来た。可愛過ぎて吐きそう。可愛いの大渋滞や〜〜〜〜〜〜〜。気を取り直して、その手をきゅっと握る。

今日はジルダさん…あ、レストランの奥さんのことね。ジルダさんが「イル君うちに連れて来てお願い〜〜〜」と騒ぐので、ご要望にお応えして、お散歩がてら遊びに行くことにした。生まれた時からお世話になっているのでイルミもレストランのご夫婦にはすごく懐いているし、二人もまるで孫のようにイルミを可愛がってくれている。働いている最中も一緒で良いと言ってくれているので、たまにだけど、一緒に行くこともある。奥さんは毎日でもいいのに〜〜と頬を膨らませるけど、まぁイルにも友達は必要だしね。

てちてちとゆっくり歩くイルミンを見つめつつ、携帯でかしゃかしゃかしゃと無言のまま連写する。そのために撮影機能付きのお高い携帯買いました、はい。ああ、これでMBIA(まい・べすと・いるみ・あるばむ)がまた増えました…歩く姿も可愛いの…しゅき…。気持ち悪いお母さんでごめんイル。

「こんちゃーー」

あ〜〜〜〜〜、まだこんにちはが上手く言えないんだよ喋り方舌足らずなんだよ可愛すぎるぅ…。と思いつつ、レストランの扉を開ける。すると中で今か今かと待機していたらしいジルダさんがぱああっと明るい笑顔で出迎えてくれた。

「ユキノちゃんいらっしゃい〜〜〜。あらぁイル君、また少し大きくなったねェ〜〜〜?おいでおいで。抱っこしてあげる」
「うん、イルおーきくなったの。しゅごい?」
「すごいすごい〜〜〜!あら重くなってェ〜〜〜んもう可愛い〜〜〜」

自分のことイルって呼ぶんだこの子。あざと過ぎない?いや可愛い……いつかは直さないとと思うけど今はまだこのままでいてくれ……可愛すぎて浄化される。ジルダさんはメロメロしながら、イルを抱き上げて頬擦りしている。それを嫌がらず、えへへと笑うイル。あっ、かわいい…、語彙力が来い。

未だお店は営業中であるが、このお店は大体常連さんが多いので、みんなイルミのことは知っている。食事が終わっている様子なのに出て行っていないところを見ると、ジルダさんからイルが来ると聞いて待っていたのかもしれない。みんな自分も抱っこしたい、とわらわら群がっている。末はアイドルかな?と思ってたうちの子がもう既にアイドルだった件について。本を出すならこれでいこう。大ヒット間違いなし。映画化されちゃう。

『あ、ありがとうございます。エラルドさん』

こん、とカウンターに置かれたコーヒーを見て、エラルドさん…旦那さんにお礼を言う。相変わらず喋らない人だ。でも慣れた。私は席について、ひとまずコーヒーを頂く。イルのことはみんなに任せて大丈夫だろう。ちやほやされる息子を遠目に眺めていると、一人の若いお姉さんが私に声を掛けて来た。

「ねェねェユキノさん!イル君にお菓子あげていいですかぁ?」
『それは全然…でも申し訳ないです』
「ううん、あげたいんです!ありがとうございます!」
「あらズルい。私だってあげたいわぁ」

対抗して、みんながポッケや鞄をごそごそする。ジルダさんはいそいそと棚から籠を取り出した。あ、あれ、ここに来た時用のイルのおやつ籠ね。差し出されたお菓子を見た後、イルがちらっと私の方を確認する。教育が行き届いていて大変よろしい。お菓子は一日一個って決まってるんだよね。でも今日は特別。

『イル、今日はいいのよ。でも食べるのは一個だけね』
「うん!」

貰ってもいいけど、食べるのはまたね。と優しく言うと、イルはにぱっと笑ってお菓子を受け取った。そしてどれを食べようかなぁ…と悩んでいる。誰もが自分のお菓子を食べてくれないかな、と固唾を呑んでその光景を見守っている。ドッキリテクスチャー…シール入りのお菓子だね。これは集めてるやつ。バンジーガムはチューインガム。割と美味しい。でも、多分あれだろうな〜〜〜。

「イル、これたべる」
「やった!!!!」

ジルダさんが嬉しそうにして、他の人は何か悔しそう。イルが選んだのは、チョッパチョップス…という細長い棒の先に付いた丸い飴ちゃんである。あれ大好きなんだよね〜〜〜〜、選択肢にあれがあったらそりゃあれ選ぶわ。イルの好みを正確に把握しているジルダさんの作戦勝ちって感じかな。イルは包み紙を開けてもらうと、ぺろぺろと飴を舐める。悔しそうにしていた人達もその光景を見てほっこり…。やだうちの子あんな小さい頃から貢がせてる。将来が心配だ。

その後、レストランの一角造られたイルミ専用に遊び場で、お姉さんを始めとしたお客さんに遊んでもらっている。置いてあるおもちゃも勿論イルミ専用。ジルダさんが買ってくれた。やだうちの子あんな小さい頃から(以下略 私はコーヒーのお茶請けに貰ったケーキを食べつつ、ジルダさんと話に花を咲かせた。

まぁ大体はイルの話題なんだけど。この街には寺子屋があるので、もうちょっと大きくなったらそこに通わせようとか、そんな話。孤児院で文字は教えてくれるけど、折角学べる施設があるんならいかせてあげたいし。イルは将来何になるのかなぁ〜〜〜、何にでもなれそうだ。親の私が言うのはなんだけど、頭もいいし顔もいい。将来有望過ぎる。

そろそろ良い時間かな、と思ったところで、お暇することにする。私が呼び掛けると、イルはすぐさまてちてち寄って来て、ぎゅっと足に抱き着いて来た。やっぱりお母さんが良いんだ〜と寂し気に言われて、申し訳ないけど嬉しさで吐血しそう。えええ〜〜〜〜、イル君〜〜〜、お母さん出血多量で死んじゃうかもぉ〜〜。死因、イルミ。

ほら、みんなにありがとうしよ?遊んでくれてありがとうは?

「ありがとぉ〜」
「こっちこそありがとう!!!また遊ぼうね!!」
「イル君、また来てね!毎日でもいいのよ?」

ジルダさんブレないな…。ふりふりと手を振るイルのもう片方の手を握って、ぺこりと一礼して店を出る。あ、ちょっと曇ってる。こりゃ一雨来るかも。

『イル、雨が降りそうだから早く帰ろうか。はい、抱っこ』
「だっこぉ」

あ、ちぬ……可愛いのだぁ…。くらっと眩暈を感じつつ、だっこ、と手を伸ばして来た我が子を抱き上げる。そして足早に歩き始めるけど、途中で無情にも雨は降り始めてしまった。私は慌てて、濡れないようイルを庇いつつ軒下へと移動した。ありゃりゃ。でも向こうの空は明るいから、多分通り雨だね。ちょっと雨宿りしよう、と抱いたままのイルに言う。うん、と可愛い頷きが返って来た。もう幸せ過ぎる。好きが溢れている。しゅきぴ。

ざあざあと石畳を叩く雨の音だけが響く。

ふと、鈍色の空を眺めて、既視感に襲われた。雨は嫌いだ。昔は好きだったけど、今は嫌い。雨の日になると、どうしても思い出してしまう。忘れたことなんてないけど、記憶を奥底から引っ張り出されて、気分が塞ぐ。頭の端で懐かしい銀色がちらついて、どうしようもない。私はそれを振り払うように、イルの綺麗な黒髪を弄んだ。

「おかーしゃん」
『ん?どしたの?』
「―――なんでイルには、おとーしゃんいないの?」

心の中を見透かされた気がして、息が止まった。びっくりして見つめた我が子は、くりくりの目でこちらを真っ直ぐ見つめていた。穢れない、透き通った目。声が震えないようにするだけで精一杯だった。

『………どうして?』
「ん…いわれたの。おとーしゃんがいないなんてヘンだって。そんなの、かぞくじゃないんだって。…イルとおかーしゃん、かぞくじゃないの?」

ああ、私は大馬鹿だ。孤児院は、両方の親がいない子の方が多いけど、預けられている子の中には、両親が揃っている子もいる。子どもは残酷だ。自分の持つ常識に他人を当て嵌めて、無遠慮に人を傷付ける言葉を選ぶ。

イルには、父親の話をしたことはない。今まで聞いて来なかったから、黙っていた。でも、この子は子どもながらに、お父さんがいることが"普通"だと気付いたのだろう。一緒に暮らしていなくても、会ったことがなくても、誰にでもお父さんは存在する。私は、抱いていたイルをちょんと地面に降ろした。そして、イルに視線を合わせる。

『イルとお母さんは、ちゃんと家族よ。家族っていうのはね、何よりも、誰よりも大切なものなの。お父さんがいないと家族じゃないなんて、そんなことない』
「そうなの?ちゃんとかぞく?」
『ええ、家族』
「……イルにも、おとーしゃん、いる?」
『……ええ。いる。イルがもうちょっと大きくなったら、お父さんのこと、話してあげる』

きっとイルも、父親が恋しいのだろう。お父さんに遊んでもらったとか、そんな話を聞けば、当然疑問に思うし、欲しいと感じることもあるだろう。私がどんなに頑張って父親役もこなそうとしても、どうしても無理なものはあって。でも、ちゃんと私達は家族だ。私にとって、イルは誰よりも何よりも大切な家族。

でも、あの人のことを話すのは、もう少しだけ待ってほしい。いつか話すと、そう決めていても。まだ、私にも、時間が必要だ。私は眦を下げているイルに微笑んだ。

『…イルは、お父さんがいないと、嫌?世界中でお母さんがイルのこと一番大好きでも、お母さんだけだったら…嫌?』
「………ううん。いやじゃない。イル、おかーしゃんがいればいいよ」

その言葉に泣きそうになりながら、イルを抱き締めた。狡い問いかけだった。そう言ってくれると分かっていて、聞いた。狡いお母さんだ。

すりすりと頬擦りすると、イルはくすぐったい〜とコロコロ笑った。いつか話すよ。お母さんだけだけど、きっとこれからも、お父さんが出来ることはないけど。イルのことを世界で一番愛してるのは、間違いなく私だって断言できる。イルは、私の光だ。私の、希望の塊だから。

雨が上がったところで、私はイルの手を握って、家に向かって濡れた石畳を歩き始めた。雨上がりの匂いがして、空気は湿っていた。イルがぱしゃぱしゃと水たまりに足を突っ込むのを、仕方ないなぁと思って見守る。長靴じゃないからほんとは駄目だっていうところなんだろうけどね。

もうすぐ家だというところで、視線を上げる。道の先に誰かが立っているのが見える。その人影に向かって目を凝らしてから、―――私の時は止まった。

何で……?

「―――ユキノ」

幻だろうか。あの人のことを考えていたからって、まさか幻覚まで見えるようになるなんて可笑しい。けれど、耳に聞こえる声も確かに、あの人のものだ。記憶にある姿よりも背が伸びただろうか。だけど、背中まであった長く波打つ髪はばっさり切られている。こちらを見て、困ったように細められたのは、夢にまで見た灰青色。

―――シルバさん…。

「おかーしゃん…?」

くいくい、と手を引っ張られる。ああ、ごめんね、イル。お母さん、どうしたらいいか分からなくなっちゃった。どうして、ここに、シルバさんがいるの?二度と会わないと思っていた。もう会うこともないと、思っていた。忘れたことなんてなくても、雨の度に思い出しても、想いに蓋をするように過ごしていた。だけど会ってしまえば、やっぱり恋しかった。簡単に私は、冷静な思考さえ奪われてしまう。

『………どうして、ここに……?』

私の声は、完全に震えていた。頭が混乱して、何も考えられない。そんな私に、シルバさんはこつりと靴を鳴らして、一歩近付いた。

「お前に会いに」
『…会いに?』
「ああ。―――暗殺者は、やめてきた」

一瞬、言われた言葉の意味が理解出来なかった。なのにシルバさんは、何でもないことのように、そう答えた。辞めて来た?暗殺者を?…信じられない。だって、シルバさんは、言ったじゃないか。自分から暗殺者を引いたら何も残らないって。それ以外の生き方なんて、想像出来ないって。そう言われたから、私は。勝手に絶望して、勝手に判断して、勝手に…黙って、出て来たんだ。

なのに、どうして、今更?

『どうして?……何も残らないって、言ったじゃないですか』
「―――お前がいる」

動揺して、無様に声を震わせている私と違って、シルバさんは何処までも冷静だった。静かに、凪いだ海のように穏やかに、ただ私を見つめている。その目に、私が映っている。

「暗殺者としての俺を捨てた時…俺の中には、ユキノ、お前がいた。…分かるか?俺は……、空っぽなどではなかった」

「お前が俺を満たした。―――それだけで、俺はもう、何もいらない」

「お前だけでいい。生涯で、俺が自分の手で得るものは…、お前だけでいいんだ」

私は、今の状況が信じられなかった。きっと、都合の良い夢を見ている。イルミに父親のことを聞かれたから、シルバさんのことを思い出したから、こんな幻を見ている。でなければ、有り得ない。シルバさんが目の前にいて、そんなことを言ってくれるなんて、信じられない。

でも、夢でも良い。夢なら、覚めないでほしい。これが全部嘘だって言われたら…今度こそ私、どうにかなってしまう。

「ユキノ。―――後生だ。俺を、お前の傍に置いてくれ」

ああ、本当に、私はどうしようもない大馬鹿だ。自信のなさと、先行きへの恐怖で、何にも見えていなかった。ぽろりと、涙が零れる。シルバさんの言葉一つ一つが、私の持っていた不安を溶かしていく。綺麗な灰青の瞳は、その唇が語る声に、僅かな嘘もない。

―――私はもう、二度と、疑わない。貴方の想いを、心を、愛を……疑ったり、しない。

貴方の中に、確かに私は残っている。それを素直に、信じられる。シルバさんは…信じさせてくれる。私ももう、自分の気持ちを誤魔化すことはしない。涙を拭うこともせず、こくりと頷いて。

次の瞬間、私は、シルバさんの腕の中にいた。


―――シルバさん。……貴方が大好き!



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