暗殺一家によろしく
- ナノ -
諦めましたよ どう諦めた




アロハ!ユキノだよ!デントラ地区の超ハイスペックメイドといえば私のことだ!!掃除洗濯犬の散歩と何でもござれ☆この高いテンションを維持したままなのは辛いので、ちょっとだけ私の趣味について聞いてほしいな。

世界にロボットアニメは多々あれど、私の中ではコードギアス・反逆のルルーシュが至高!初めてシリーズ全話一気見した作品なので感慨深い。最初の頃は凄いシャーリーが好きだったんだけど、結局彼女は私のトラウマになった。あれだよ、私の好きなキャラって大抵死ぬんだ。だから友達に「マジ死神」だなんて言われるんだよね。以前お話したマミさん然り。ぐすん。私だって死んで欲しくなかったよ。ちな、エヴァは別格な。殿堂入り。

と、まあ閑話休題っと。本題に入りましょうかね。えーとね。

「ばうばうっ!!」

…………………だから、デカくね????

ミケの面倒を見るようになってから約半年。シルバさんに噛まれないように彼の機嫌も取りつつ、上手いことメイドさん生活を続けて来た。ここで働き出してからもうすぐ一年だ。頑張ったねー。でだ。問題はだ。少しも衰えることなくぐんぐんと成長していく愛犬、ミケのこと。多分だけど、まだ成犬ではない。ないんだろうけど、もう既に見上げるほどにデカい。首が痛い。じゃれつかれたりしたら普通に私は死ぬ。断言出来る。

「くうーん、きゅんきゅん」
『ミケ、痛いわ。こら、駄目よ』

べろり、と大きな舌で顔を舐められて、一瞬で顔がべたべたになる。すっごい涎。びちゃびちゃになるので、舐めたら駄目だと言っているのに、テンションが振り切れると未だにこうだ。舌も大きいし、ざらざらしているので頬の表皮が剥がれそうで怖い。それなんてスプラッタ。いや待って。デカいじゃん。こんなにデカくなるなんて聞いてないんだけど。え、ほんとに犬?これ犬って呼んでいいレベル?

あっ、不味い。ミケがファインティングポーズを取っている。これは遊んでほしい時の仕草だ。ミケは完全に私を母親だと思って甘えて来ているのだが、こういう時ばかりは玩具として認識されているとしか思えない。尻尾が物凄い勢いでぶうんぶうん振られて風が起こっている。駄目だよ、じゃれつかれたら本当に私死んじゃう。わー駄目だってばー!!!

「!!!!!!」

のっしと圧し掛かられる寸前で、ミケがぴたりと動きを止める。次いで、ブルブルと震え始めた。あれ?この反応するってことは…

「………ミケ。行儀の悪い犬だな。また躾られたいのか?」
「きゅんきゅんきゅん」
『シルバさん。お帰りなさい。戻ってらしたんですね』

がさりと木々を掻き分けてやって来たのは、言わずと知れた暗殺王、シルバ=ゾルディックである。長い銀髪を靡かせて、仕事の時に着る和服に似た装束を纏う姿は、初めて会った時よりも大分貫禄を増している。…具体的にいうと、恰好良くなっている。くっ、鎮まれ私の心臓!!シルバさん日増しにイケメンになって困る。何か漫画のキラキラしたエフェクトついてるような気がする。私の目が腐ってんのかな?

シルバさんはねー、ミケに露骨に嫉妬してたんだけど、どうやら一回O・HA・NA・SHIをしたらしくてね。流石犬と言いますか、ミケはシルバさんが自分にとってどういう立ち位置にいるのかを理解して、完全に上下関係は定まった。シルバさんが現れると、私に可愛らしく甘えていた様子は鳴りを潜めて、ちょこんとお座りする良い子になるのだ。ちょっと可哀想じゃないかなー。

私の元へと歩み寄って来たシルバさんに手を貸して貰って、立ち上がる。そこで、はたと気が付いた。

『…シルバさん、お怪我が』
「ん?…ああ、これか。大したことない」

シルバさんの頬には、ほんの僅かだけれども傷があった。相手、手強かったのかな。今回の仕事は長くて、二週間くらい経った。大抵は距離が遠いか、潜入が難しいか、敵が強いかで期間が変わるんだけど。怪我してるってことは、今回は手強い方だったのかな。私はシルバさんの頬に手を伸ばして、傷の程度を確かめた。私とシルバさんは大分身長差があるので、相当背伸びしないと顔に手も届かない。

うーん、大丈夫そうかな。でも、ほんの小さな傷だとしても油断せず行こう。というわけで、後でちゃんと手当しましょうね、という。灰青と視線がかち合う、一瞬の後。

ちゅ

可愛らしいリップ音が、私の口から響いた。…は?

「…あ、しまった。つい」

シルバさんが、思わずというようにそんなことをのたまう。……は、え?……はっ?何したこの人?私は、背伸びの為に上げていた踵をすとんと落として、口元を手で覆った。もしかして、いやもしかしなくても……。

ちゅーしたよね、この人?!

何してくれてんじゃこのすけこましがああああァああああーーー!!ついじゃねェええええェーーーー!!あんた一度ならず二度までも乙女の唇を軽々しく奪いやがって!!他の女にも同じようなことしてるんでしょ絶対!!!固まった私を心配して、ミケがつんつんと鼻先で頭を突っつく。おおおい!!ミケがいたんじゃん!!見てたってことじゃん!恥ずかしい!死ねる!!心配してあげたというのに、唇を奪われるという暴挙。私はきっとシルバさんを睨んで、踵を返した。マジで許せん。

「ユキノ、すまん。お前が可愛かったから、つい」
『……可愛かったら他の人にも同じことをするんですね、シルバさんは』
「いや、それは違う。ユキノ、待ってくれ」
『いいです別に。シルバさんはさぞ経験豊富なのでしょう、私と違って』
「誤解だ。豊富でもない。人並み程度で…」
『そうですか。人並み』

こちとらまともな恋愛経験もないですよーーーーーーっだ!!!悪かったね!私がぷんぷん怒っているので、シルバさんが慌てて後を追ってくる。でも知りません。ぷん。機嫌を取るようにスリスリしてくるミケ。大丈夫だよー、ミケには怒ってないからね。悪いのは全部すけこましシルバさんだからねー。

シルバさんが私の名前を呼ぶけど、無視したまま進む。けど、その声がどうにもしおらしいので、ちょっとだけ振り向いてみる。シルバさんはまるで捨てられた猫みたいな目をして立っていた。うぐっ。何でこっちが罪悪感感じなきゃいけないんだ。狡くない?イケメン狡くない?い、いや確かにね、前回のことがあるじゃんって言われたら何とも言えないけどね?でもあれは違うじゃん。あれはあれじゃん。ムードとかあったじゃん。何の言い訳をしているんだ私は…。

『シルバさん』
「…ん」

やめろそれっ!子どもみたいな仕草をされると心臓バクバクする。ギャップで死にそう。

『いいですか。こういうことを誰にでもしてはいけません。勘違いされますよ』
「?大丈夫だ、お前にしかしない」

誰もそんな答え望んでないんですけどぉーーー?!

『………私にもしてはいけません。つい、なんて失礼ですよ』
「??ついじゃないならしてもいいか?」
『だ、め、で、す』

そうか駄目か…とシルバさんが少し落ち込んでみせる。

『ですから………、もういいです』

私は溜め息を吐いて諦めた。仕方ないね、だってシルバさん半分天然入ってるもん。言っちゃ悪いけど、ほとんど箱入り。仕事以外で外出たこと、あんまりないんじゃないかな?暗殺一辺倒で育ち過ぎちゃってる感じがするのだ。私が一々貞操観念について説くのもちゃんちゃらおかしいし。

私が諦めたのを見て許してもらったと思ったのか、シルバさんが抱き着いてきたので、べりっと引き剥がす。すると今度はミケが頬擦りしてきた。きゃわゆい。めちゃくちゃに撫で回す。俺との扱いが違い過ぎないか、と抗議の声が聞こえたけど、むしろ犬と同列に扱われたいんですかあなた。ペットですよ?

『屋敷に戻りましょう。手当しなくては』
「…ん」

だから、それやめれ。



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