暗殺一家によろしく
- ナノ -
ピエロ恐怖症、発症す




『…行けなくなった?』

ゾルディック家の大広間に私の声が響く。見上げるほどに高い天井の中でも、空気がしんと張り詰めているせいでやたら大きく聞こえた。私は、目の前で豪奢なソファに座りながら、困ったように眦を下げている夫を見た。シルバさんは低く、艶のあるバリトンボイスですまん、と呟いた。

みなさん、こんにちは。パドキアのアイドルことユキノです☆…すみません調子乗りました。四十越えて寒かったね、うん。ごめんなさい。今更紹介もいらないと思うけど、私が暗殺一家ゾルディック家の当主、シルバさんに嫁入りして早二十数年。今では五人の子どもがいる大家族だ。最近三番目の息子が反抗期を迎えて、大爆発の末に家出をしてしまいました。くすん。お母さん悲しい。でも、私にはこっそり電話をくれるので、元気でやっていることは知っている。

今は天空闘技場ってとこにいるらしい。あれだよね、キル君がちっちゃい頃行かされてたとこ。懐かしいなー。私に内緒でシルバさんがキルアを天空闘技場に向かわせたので、大喧嘩になったんだっけ。マジで離婚しようかと思ったもんね、あの時は。はっはっは。

…まァ、その話は追々語るとして。なぜ今シルバさんが私に謝っているかを説明しようかな。自慢ではないが(いや自慢かな)シルバさんはひっじょーーーーーーに出来た夫で、記念日は忘れないし日々の愛情表現やプレゼントは欠かさない。お肌の艶などが気になる年頃なのだが、毎日のように綺麗だと言ってくれて、結婚していても恋人のようなデートに連れて行ってくれる。うん、釣った魚をぶくぶくに肥え太らせるタイプなのだよ。…やばい、言っていて照れて来た。私の夫完璧過ぎない?その上私好みのナイスダンディ。しゅき。

こほん。…そのシルバさんが、約束してくれていたデートの日が明日だったのだが。何でも、仕事の予定が入って、どうしても行けなくなったんだとか。仕事は、当然だけど、暗殺の、なんだけど。でも、普通の暗殺依頼ならシルバさんは受けないだろう。うん、自慢じゃないけど(しつこい)私、愛されてるから。基本的に私を優先してくれるんだけど、断れなかったということは、よほど懇意にしている相手なのだろう。お得意様らしい。それで、約束を反故することになったので、シルバさんはこうして私に謝っているわけだ。以上。説明終わり。

『…お仕事なら仕方ありませんね…美術館は、行きたかったですが』
「本当にすまん。…怒っているか?」
『怒ってませんよ』
「本当に?お前は、約束を守らない男は嫌いだろう?」

確かに嫌いだけどさ。てか、好きな人いるのかな。でも、仕事と私どっちが大事なの!なんてありきたりな台詞を吐くつもりはない。うん、知ってるもん。私だよね。その質問をしたら、シルバさんは間髪入れず私だと答えてくれるような人なので、余計に我儘なんて言えないのだ。シルバさんは普段ライオンのように優美で威厳のある振る舞いをするのだが、今は困り切った様子で、私の機嫌を窺っている。そっと肩を抱き寄せられて、こめかみにキスが落とされた。ちょ、宥め方もエロい上スマートなんだけど。唐突なスキンシップに心臓がバクバクだ。

「この埋め合わせは必ずする。許してくれ、ユキノ」
『大丈夫です。気にしないでください』
「俺の気が済まん。お前の我儘なら、いくらでも聞きたい。何かないのか?」
『シルバさん、私を甘やかし過ぎですよ』
「甘やかしているのはお前だ。約束を破るんだから、もっと怒ってもいい」

あーーー、シルバさんの悪い癖が出た。この人は、存外自分の妻に無理難題を言われて、振り回されるのが好きなタイプなのだ。女の我儘を笑って許して、尽くすだけの度量がある人だからだろう、私に物でも何でも請われるのを待ち望んでいる節がある。ないってばァ。物欲薄いんだよ。

ただ、明日のデートはずーっと行きたかった美術館の個展に行く予定で、明日が丁度最終日なのだ。これを逃せばもう機会はないだろう。それが残念なのだ。シルバさんは、私が気落ちしているのが分かっているので、余計に機嫌を取ろうとしているのだろう。デートもなァ、久しぶりだったのになー。仕方ないと分かっていても、やっぱり落ち込む。目の前の暗殺王も、同じように表情を曇らせた。

「…なら、オレが一緒に行こうか?」
「イルミ」

聞こえて来たのは、少し高い、透き通った声だった。大広間に入って来たのは、サラサラキューティクルの我が愛しの長男、イルミである。彼はこてんと小首を傾げて、こちらを見ている。私は、慌ててシルバさんから距離を取った。夫婦のいちゃいちゃを息子に見られるのは気まずいからね。てか、え?イルミン、一緒に行ってくれるって言った?

『本当?イル、一緒に行ってくれるの?』
「うん。オレ、丁度暇だし。オレがついてくなら、父さんもいいでしょ?」
「そうだな」

ほんとに?ほんとにいいの?母親と一緒に出掛けるのが嫌なお年頃じゃないの?イルミンは、全然反抗期もなかったし、私に対する態度も冷たくならないので、逆にこっちが心配になるくらいだ。

ちなみに、私は一人で外出することはない。絶対にない。それは、試しの門を出たら最後、自力で開けられないって意味もあるんだけど、単純に危険だからだ。私の顔は出回っていないが、どこからかゾルディック家の嫁だということがバレる可能性はあって、狙われた時、一般人レベルの私では全く抵抗出来ないからだ。シルバさんは過保護なので、執事の同伴だけでの外出は許さない。基本的に、シルバさんと一緒か、ゼノさんか、イルミか。この三人の誰かと一緒でないと、外出は許可されない。

私もそれに不満はない。怖いからね。シルバさんが駄目になった以上、選択肢は残り二人なんだけど、美術館に行きたいっていう理由では頼み辛かったのだが。

『ありがとう、イル』
「うん」

なんて良い子なんだ、イルミン!!!可愛いし美人だし恰好良いし美形だし強いし優しいし、もう文句なし!!百点!!私は心の中で万歳三唱をした。わーい、これで出掛けられるぞー!シルバさんには悪いけど、息子と一緒となると別種の喜びがある。

「…イルミ、分かってると思うが…」
「大丈夫。ちゃんと守るよ。変な虫が付かないようにするから」
「頼んだぞ」

何やらシルバさんとイルミンがこそこそ話していたけれど、浮かれていた私の意識の外にあった。

と、いう訳で当日。飛行船に乗って、目的の美術館のある街に向かう。一応、余所行きの恰好にきちんと化粧もした。だって、息子と一緒なんだもん。イルミが馬鹿にされたら申し訳ないもんねー。その息子当人はというと、仕事着は結構ハイセンスなものを着てることが多いんだけど、今日はオフィスカジュアル風な恰好だ。

そんなに特別な服ではないんだけど、素材のせいかイルミが着ているだけでえ、モデルかな?と思うくらいお洒落で恰好良く見えるイルミマジック。てか、手足長っ!髪サラッサラ!!何なのこの子、神が造りたもうた奇跡の産物かな?!眩し過ぎて直視出来ない!カッコ可愛い!

あー私の息子相変わらず大天使イルエル!!ふえェえええん、素敵過ぎるのだ…。尊い…。ぽへェと、だらしなく見惚れていると、イルはん、と言いながら私に腕を差し出して来た。え…もしかしてエスコートしてくれるの?腕を組めと?…………ここがニルヴァーナか……、我が生涯に一片の悔いなし……。

『あら、ありがとう』
「今日はオレに任せて。ちゃんと母さんをエスコートするから」

やめて…!これ以上お母さんをときめかせるのはやめて!!!死んじゃうから!!!吐血しそう。

宣言通り、イルミンは完璧に私をエスコートしてくれた。足並みに気を付け、疲れていないかと気遣い、ドアを開けるのは当たり前、手ずから全て整えてくれる。イルミン……大きくなってェ…お母さん嬉しいよ。あんなにちっちゃかったのにこんなに素敵になっちゃって……。こんなに気遣いが出来る男なら、もういつでもお嫁さん貰っても大丈夫だね……お母さん、イルミンが選んだ人なら仲良くやるよ。恋人とか……いるのかなァ。やだ、なんか泣きそう……。

私は、素晴らしい息子と素晴らしい個展を満喫した。そして最後は、シルバさんが予約してくれていたイタリアンの店で二人で夕食を取る予定だ。

「へェ、流石父さん。良い店選んだね」

そうなの?ごめん、私未だ美的センスないんだよねェ。美術品は好きだけどさ、審美眼はないから。お店も高そうだなーってなるだけで良し悪しは全然。でも、確かに格調高く、出されるワインも前菜も美味しい。これはメインディッシュが楽しみだね。イルミンがお手洗いに席を立ったので、私はテーブルに置かれているメニュー表を見つめた。わーい、お肉だ。お魚もいいけどやっぱお肉だよね。

そう思っていたところで、私の隣の席に、誰かが座る気配があった。イルミンとは向かい合っていたので、そこに座るわけもない。

「こんばんは☆」

ぎゃ!!!良い男!!!

私に向かってにっこりと微笑み掛けて来たのは、彫像のように整った超絶美形だった。白いスーツをぱりっと着こなしていて、座っていても脚の長さが分かる。少し細めの目と、綺麗に整えられたオレンジがかった金髪が彼をコケティッシュに魅せている。艶っぽい、イルミンやシルバさんとはまた違う美形である。え、何?!何で横座るの?ま、まさかナンパじゃないよね?……まっさかァーーーーー!こんなおばさんを?自意識過剰過ぎるだろ私!

『こんばんは』
「お姉さん、一人?…じゃないみたいだね。残念◇」

彼は、私の前にもう一人分のお皿があるのを見て、溜息を吐いた。そんな様すら色気がある。しゃべり方がちょっと吐息交じりで、やたら色っぽい。…うーん、でもなァ。私のタイプではないのだ。私はダンディな男が好きだからね。つまりシルバさんが至高。彼を見慣れているせいか、美形だなァとは思っていてもそれくらいだ。

「もしよかったら、ボクと抜けちゃわない?」
『魅力的なお誘いだけど、遠慮するわ。ごめんなさいね』
「うーん、やっぱり駄目かァ。ほんとに残念◇一緒に来てるのは恋人なのかな?」

恋人じゃないけど…そう言おうとしたところで、イルミンが帰って来た。おかえりー。

「………何してるの、ヒソカ」
「あれ?イルミじゃないか☆」

ふァっ?!?!?!?!?私は、思わず持っていたワイングラスを取り落としそうになった。え、えええ?イ、イルミン、今なんて??

「何してるのって聞いてるんだけど」
「怒らないで欲しいなァ◇お相手が君だって知らなかったんだ、ごめんよ」
「ナンパしてたわけ?」
「君の恋人だって知ってたらしなかったよ◇」

ヒ、ヒソ、ヒソ、ヒソカああああああああァああああァああああ?!!この金髪イケメンヒソカなの?!?!!?!ゴンを青い果実とか言っちゃって、戦闘狂で変態でピエロなあのヒソカ?!!?!詐欺じゃん!!はァ?!えーーーー!しょーっきんぐ!!!

ハンターハンターンの世界で会いたくないランキング堂々第一位と邂逅してしまったあああああ!!!!SAN値直葬じゃん!ファンブル!!ぎゃーす!!と私が心の中で叫んでいる間に、イルミンは綺麗な柳眉を顰めてヒソカ(らしき男)を睨んだ。

「人の母親に欲情すんのやめてくんない?ほんとどーしようもない変態だよねヒソカはいや知ってたけどさでも改めて知るとほんと気持ち悪いそれにしたって見境なさすぎるし最悪だしあー縁切ろうかなァ金輪際依頼受けたくなくなるよマジで殺したいくらい吐き気する変態死ねくそピエロ」
「………えェっと、イルミ、信じられない言葉を聞いたんだけど◇ もう一回言って?」
「あー縁切ろうかなァ金輪際依頼受けたくなくなるよマジで殺したいくらい吐き気する変態死ねくそピエロ」
「その前」
「ほんとどーしようもない変態だよねヒソカはいや知ってたけどさでも改めて知るとほんと気持ち悪いそれにしたって見境なさすぎるし最悪だし」
「すごいねキミ☆ でも違うよ、その前」
「人の母親に欲情すんのやめてくんない?」
「……母親?」
「そーだけど?」

ヒソカ…もうヒソカでいいや。ヒソカは、きょとんとして私とイルミンを見比べた。分かってるよ、みなまで言うな。こんな綺麗で可愛くて美人なイルミンが私の息子なわけないって思ってるんでしょ。私もそう思う。鳶がグリフォンを産んだレベルだ。

「えーと、後妻さんってことかい?」

何だと。それはシルバさんに前妻がいたってことか。……ない、とは思うけど。私と会った時まだ二十歳過ぎだったし。外に隠し子とかいたらやだなァ。あっ、自分で想像して落ち込んで来たよ。ずーん。でも絶対モテるもんね、シルバさん…。

「すごいねェ。何か、若さの秘訣でもあるのかな?びっくりするくらい若くて綺麗☆」
『ありがとう』

うわ、ヒソカお世辞とか言えるんだ。意外。でも変態性をなくしたらただのイケメンだもんね。女の子ほいほいとっかえひっかえしてそう。ヒソカは、なぜか当然のように私達に同席することを決めたらしい。なんで。どっか行けよ。と思ったけど、口には出さない。イルミンの数少ない友達だし。

「何で当然のように同席しようとしてんの?」
「いいじゃないか◇ ねェ、お母さん?」
『ええ』
「お前のお母さんじゃないし死ねば?」

よく言った!!イルミン!!と、言いたい。でも、言ったら死にそうなので言わない。私は事勿れ主義だからね。でも、イルミンの口が悪くなるのはやだなァ。

『イル、お友達にそんな言い方しないの』
「友達じゃないけど、ごめんなさい、母さん」
『謝る相手が違うんじゃない?』
「ヒソカめんご」
「ちっとも謝られてる気がしないけど、いいよ☆」

友達じゃないのかァ。流石イルミン。うん、ちょっとお母さんヒソカをお友達にするのは賛成できないなァ。怖いもんね。ヒソカがやたらめったら質問をしてくるので、会話は弾むんだけど、見つめる視線がねっとりしててなんかやだ。うう…ヒソカだと思うとイケメンも半減だ。折角のイルミンとのデートなのに、後半は全然料理の味が分からなかった。とにかく、二度と会いたくない。

と、思ったのに、社交辞令で遊びに来てねと言った言葉を本気にして、ヒソカがククルーマウンテンを訪ねて来ることを、私はまだ知らなかった。



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イルミは、主人公の前でだけ猫を被って、シルバさんを父さんと呼びます。
普段は親父。良い子に見られたいと思っている節がある。
ヒソカの語尾は文字化けするので、使える記号のみで代用してます。



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