暗殺一家によろしく
- ナノ -
銀色の猫のような人




拝啓、スコープを付けたエキセントリック・マザーキキョウさんへ。

貴方の旦那さんがご乱心です。引き取って下さい。切実に。


メーデック、メーッデク。身体的外傷よりむしろ、脳味噌に異常の見られる人がいた時、取り扱ってくれますか?初っ端から意味の分からない挨拶でごめんさい。人の命が紙よりも薄い世界で日々必死に生きているユキノです。早速ですが皆さん、緊急事態です。具体的に言うと、貞操の危機です。おちおち眠れやしません。私は人生における重大な選択肢を盛大にミスった気がします。タイムリープしたい。時を駆ける少女になりたい。

「どうしたユキノ、心配事か?」

心配事ですよ。私の将来が心配ですよ。ついでにゾルディック家の将来も心配ですよ。

私の部屋に我が物顔で居座っている波打つ銀髪を持つ美青年は、皆さんご存知シルバさん。五日程前からうちの居候です。まあ、拾ってきたのは私だから面倒見るのは吝かではないですよ。拾ったなら最後まで責任持ちましょうってお母さんも先生も言ってたし。でも生涯に渡って面倒見る気はサラサラない。

てゆか、あなた絶対怪我治ってるでしょ。ぴんぴんしてるじゃないか。じいっとジト目で見つめてやると「まだ動けそうにないな。すまんが世話になる」としれっとのたまってくるのだ。嘘だ!!とひぐらしのレナちゃんばりに叫びたくなる。流石変化系、気紛れで嘘つきって奴ですな。こんなとこで発揮してくれなくてもいいんだよ。治ったんなら帰ってよ。

『……いいえ、何でもありません。食事にしましょうか』

文句の数々を口に出したら首が物理的に飛びそうだから言わないけど、これは脅迫ってやつじゃないんですか。選択肢がないんですけど。市民に自由を人権を。あ、私異世界から来たから戸籍ないんだった。ちくせう。

怪我をしてシルバさんの意識がなかった三日間はいいよ。でも目が覚めたら成人男性と花の十六歳が一つ屋根の下だよ?倫理的にもダメでしょ。公序良俗に反するよ。風紀が戦国乱世並みに乱れ過ぎだよ。美形と急に同居することになっちゃった、キャ☆なんて展開は乙女ゲームと少女漫画だけで十分である。シルバさん奥さんいるじゃん。ん?今はいないのか?でも私キキョウさんに殺されたくないんですけど。

「それで、お前はどこの生まれなんだ?」
『ジャポンです』
「兄弟は?」
『いません』
「年は」
『十六です』

と、シルバさんは終始この調子である。レポートでも書くの?ってくらい色んなことを質問してくる。むしろ尋問。惚れたなんてとち狂ったこと言い出していきなり乙女のファーストキスを奪っておいて今更「お前のことが知りたい」なんて遅すぎでしょ。段階どんだけ飛ばしてんの。ホップ、ステップ、ウルトラグレートジャーンプってか。

そう、ちゅーだよ!キスだよ、口づけだよ、接吻だよ!!彼氏いない歴=年齢の私に取っちゃとっても大切な初めてだったっての。そんな夢見てないけどさぁ、もうちょっとさぁ。何かあったんじゃないかなって思わなくもないわけよ。つまり私は怒っています。いや怒らない訳がないでしょ。美形だからいいじゃんって?美形だからって何でも許されると思ったら大間違いです。

「……いい加減こっちを向いてくれないか?流石に傷付く」
『知りません』
「怒ってるのか?」
『怒ってます』

シルバさんの問いにつーんとそっぽを向いたまま用事を済ましていると、少しばかり意気消沈した声が聞こえて来た。殊勝に振る舞っても無駄である。それがポーズだということはこの二日で嫌と言うほど分かった。悪かったと謝られて、ちょっとだけ絆されてみると、シルバさんはまた実に自然な仕草で顔を寄せて来た。おいコラ。

「……なぜ止める?」
『シルバさん、もう一度聞かせて頂きますが、何をしようとしますか?』
「言わなければ分からないか?黙って目を閉じてほしいんだが」
『シルバさん、犯罪です』

このパターン何回目なのか。隙あらばキスしようとしてくるので本当に油断も何もあったもんじゃない。犯罪だと言う言葉に、ふっと皮肉気な笑みが向けられる。

「犯罪者か。今更だな。ゾルディックの家業が何か、お前は知ってるはずだろう」
『ただの犯罪者じゃありません』
「何?」
『性、犯罪者です。そんな不名誉な称号をもらいたいんですか?』

未成年者略取や幼児誘拐といった、およそ世間に顔向けできない、軽蔑の視線に晒される種類の犯罪である。ゾルディックの次期当主が性犯罪者。セクシャルハラスメント。これは醜聞だろう。ばっさり言ってやると、流石にシルバさんの動きが止まった。性犯罪者は嫌らしい。そりゃそうだろう。

「……なら、どうしたらしてもいいんだ?」
『どうしたって駄目です。そういうことは恋人同士がするものです』
「俺が嫌いか」
『これ以上続けられると嫌いになりそうですね』

イケメンだと何でも許されると思ったら大間違いなのです。

「そうか、ならやめておこう。嫌われたくはないからな」
『…はあ、そうですか。大体、私のことなんて聞いても楽しくないでしょうに』

そこであっさり引いてしまう辺り、シルバさんは狡猾というか、何というか。いや、正直美形に言い寄られて嫌な気持ちにはなりませんよ。好きだって言ってもらえるのは嬉しい。でも何で私なんだ?あれか?吊り橋効果なのか?死にかけた時に助けてくれた相手に心臓のドキドキを恋のドキドキと勘違いしちゃったパターンなのか?それを間に受けて有頂天になるほど私は単純じゃないぞ!お前の考えはまるっと全てお見通しだ!!

「いいや?俺は仕事で山を降りる時以外は自宅に籠り切りだからな。どんな話でも新鮮だ」
『籠り切りなんですか?ずっと?』
「ああ。ククルーマウンテンと言ってな、標高はいくつだったか…3000くらいか?まあ、その山の麓までうちの敷地だからな。狭いというわけではないんだが」
『それは…想像も出来ません。途方もないですね』
「いつか見に来ればいい。お前ならば歓迎する」

冗談言わないで下さい。私が2tを持ち上げられるムキムキマッチョに見えるのかな。扉開けられなかったらミケだかポチだか分かんない門番に食べられちゃうじゃないか。

「お前はジャポン出身だと言っていたが、なぜこの国に来たんだ?」
『……さあ、分かりません』
「分からない?」
『分かりません。気が付いたらここにいました』

やべっ。私すげー電波ちゃんみたいじゃん。ほら、シルバさん考え込んじゃった。別に誤魔化そうとか思ったわけじゃなくて、本当にいつの間にか時空の扉を超えてしまったという不思議現象によるものなんだけどね。まあ、人が空想できる全ての出来事は起こり得る現実であるって、学者さんも言ってたしね。つまり液晶をぶち破る術はいつでも私達の手の中にってことだ。

と、とにかく話題を変えなきゃな。これ以上突っ込まれてもなんて言ったらいいか困る。シルバさんの話しましょー。えーっと、ゼノさんって若い頃どんな感じなんですか?イケメン?正直私の好みにマッチしてそうで怖い。

『シルバさんのお仕事は、殺し屋でしたか』
「ああ、そうだが」
『大変ですか?』

シルバさんは私の質問に一瞬きょとんとして、そして破顔した。何で笑われてんの?

「お前、変わった奴だな。真面目な顔して聞くことじゃないだろう」
『…殺し屋さんのお仕事があまり想像出来ないので聞いただけだったんですが、おかしかったですか』
「いや。ただ、恐ろしくないのかと思ってな。裏の仕事だ、お世辞にも綺麗とは言えんからな」
『シルバさんが私を殺そうとするのなら、怖がるのも吝かではないです』

何だよぉ、正直ちょっとだけ好きだよ、裏ってか、闇の中で生きる主人公、みたいな存在。て言っても二次元に限るし、シルバさんの言う通り世間に堂々と言える職じゃないのも分かるけどね。でもゾルディックは殺人鬼ってのとは違うんだろうなって。それが私の常識的にいいか悪いかは置いといて、ビジネスなのだと割り切っているのならば別次元の問題に思える。実際、私を殺すのなんて簡単だよね、きっと。いざとなったら全力で抵抗するけどさ。

けれどシルバさんは、思っていたよりも真剣な顔で応えてきた。

「俺はお前を傷付けようとは思わない。恩を仇で返す程腐ってはいないつもりだ」

………お、おおう。急に格好いい顔するのやめてくんない?低い声に耳がノックアウトされるとこだったわ。

「それで、何の話だったか。…ああ、暗殺者が大変かどうかだったな。……うん?改めて聞かれると難しい話だな。親父にそういう風に育てられたから当たり前になっていたが…大変か。強いターゲットと会った時は、確かに手強いという意味では大変だ」
『では、楽しい?』
「喜怒哀楽を感じて仕事をしたことはないな。ほとんど義務と同じだ」
『では、やめたいと、そう思ったことは?』

この質問も、予想外だったらしい。シルバさんは再び考え込んだ。……うーん、多分だけど、ないんだろうなぁ、シルバさんの場合。キルアは友達が欲しいって願望がずっとあって、殺し屋が向いてるって分かっててもどこか物足りなくて、ゴンと出会って、光を知った。

それは、キルアの方が私の感覚と似たものを持っていて、それでいて、キルアがゾルディックでは異色だという証なのだろう。シルバさんも、イルミも、ミルキも、暗殺一家の家業を悩むことなく受け入れていて、家族も自分と同じなのだと疑っていなかった。やめるという選択肢がなかったとしても、だ。シルバさんにとっての普通は私のものとはまったく違うのだろう。

「…ないな。暗殺者以外の自分など、考えたこともない。……これは、お前にとってはおかしいことか?」
『そうですね』

残念です、シルバさん。やっぱり、あなたと私は相容れないよ。

『私にはシルバさんよりは寧ろ、貴方を取り巻く環境が恐ろしいです』

暗殺一家とか、賞金首とか、ハンターとか、キメラアントとか、マフィアとか、幻影旅団とか。

シルバさん自体が怖い人じゃなかったとしても、やっぱり駄目だ。この世界は本当の意味で安らげる場所なんて存在しない世界。私なんかが生きていくには心もとない世界。シルバさんだってきっと、好きだと言ったその口で、容易く私の命を奪う選択をする。そりゃ私なんて木っ端な一般人に暗殺依頼なんて出ないだろうけどさ。もしあったのなら、シルバさんが微塵も躊躇わないことは明らかだから。

多分、きっと、それが答え。

強くなくてもいい。鬼みたいに強い相手に立ち向かっていける精神力なんて求めてない。イケメンでなくてもいい。ただちょっと優しくて、人並みに生活出来て、話が合う、そんな人が良い。普通の人と普通に結婚して、普通に子ども産んで、生きていければいい。アイドルが普通の女の子になりたいっていう気持ちと、ちょっとだけ似てるのかもしれない。

失ってしまったありふれた日常が、今はとっても恋しい。私は、普通のままでいい。特別になんてならないまま、静かに世界の片隅で生きていけたらいい。だから、シルバさん。貴方はキキョウさんと結婚して、幸せに暮らして下さい。私なんかよりずーっと、貴方に相応しい人です。


『私は、臆病なので』


でも、好きだって言われたことが、ちょっとだけ、嬉しかったよ。

あんなに真っ直ぐ告白されたことなんて、初めてだったからさ。

―――多分、きっと、それも本当。




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