- ナノ -
無条件降伏


なんか最近、周りが結婚ラッシュでヤバいんですけど。まずチョウザさんが結婚したでしょ、お向かいの娘さんが結婚したでしょ、お隣のおばさんの長男さんが結婚したでしょ、常連さんのお嬢さんが婚約したでしょ。…何だよ、何だってんだよ。周りが結婚することで独身連中の焦燥感を煽る作戦か?いや、その手には乗らない!

私は一生結婚には縁がないんだろうなぁ。向いてないだろうし。別に寂しくなんてないもん。このまま居酒屋のお姉さんからおばちゃんになっちゃって、原作の子達が大きくなるのを見守るのも悪くないじゃないか。ふっ。昔何かのドラマの主題歌で「自由と孤独は二つでセット」という歌があったのだよ。つまり結婚とは束縛されることでもあるのだよ。私が私のバイブルであるイチャパラをゆっくり読む時間とか、趣味丸出しの行動が制限されることになる、それは由々しき問題なのだよ。

私が結婚しないこと、それすなわち私の人事を尽くすこと。ラッキーワードは「生涯独身」だって眼鏡かけた緑の髪の男の子が言っていたらいたような気がする。…言っていたらいいのにね〜。―――そう思っていた時期が、私にもありました。

「…明日、ですか?別に予定はありませんが」
「じゃ、ちょっと付き合ってくれよ。案内してほしいとこがあるんだ」

案内してほしいとこ?私が出来るとこならいいけど、この木の葉にそんなとこあるかな?生まれた時からここにいるシカクさんの方がよっぽど詳しいと思うんだけど。疑問に思いながらも頷くと、シカクさんはにっと笑みを見せた。むう。これは断じてデートじゃないにのだ。案内なのだ。そこんとこよろしく。

そして翌日。卸したてのワンピースを着てしまった…。なんか負けた…何に負けたのか分かんないけど、かなり負けた気になる。いや、意識なんてしてないから!デートじゃないから!早くに起きて鏡見てチェックとかしてないから!ただの身だしなみ確認だもんね。…くそう。シカクさんはうちまで迎えに来てくれました。くそう。スマートに決めるんじゃない!ときめいたりしないんだからねっ!

「じゃ、行くか」
「え。…あの、里内ではないのですか?」
「ん?言ってなかったか?お前に案内してほしいとこ、里の外にあんだよ」

…聞いてないですけど。案内してほしいと言う割にすたこらさっさとシカクさんが歩くのでついていくと、何故か木の葉の正門まで来てしまった。あれだよ、あとんが書いてあるでっかい門。え?里外?マジで?それこそ何で?私この四年ちょい、一回も外に出たことなんてないんですけど?案内も何もないよ。

「どうした?」
「…外に、出るんですか?」

どうしたもこうしたもないよ!外に出る?そんなことしたらあれだ!晴れの日なのに何故かある水溜まりの中に忍者が潜んでたり、いつの間にか霧が出たと思ったら首切り包丁なんて物騒な名前持った半裸の男に襲われたりするんだぁ!お外怖い!怖い!のーせんきゅう!のーでんじゃらす!里内なんて出たくないよ!週休二日制で自宅警備員に私はなる!!

「何だ、怖いのか?」

それは愚問というものです。怖いです。ファイナルアンサー。

「心配すんな。―――俺が守る」

うっ。やめろ!唐突にイケメンオーラを出すな!怖い、イケメン怖い!こんな気障な台詞がさらっと似合うなんて恐ろしい子!なんか最近、シカクさんはちょっと原作のシカクさんに近付いて来てるので、端々に滲み出る渋い感じに動悸がするんです。分かってやってのかな?………しょーがないなぁー。ほんとに守ってくれる?シカクさんは以前、来てくれると期待してたら来てくれなかった前科あるからなぁ。後から分かったことだけど、アスマ先生(少年)に助けられるという事態に陥るし…私が勝手に期待しただけなんだけど。

うーん。……分かった。信じるよ?

「信じてます」
「おう」

だからイケメンオーラ振り乱して笑うのやめれ。

何処に行くのかよく分からないまま、さくさくと道を進む。何でもシカクさんには二つ目的地があって、私に案内してほしいとこは二つ目らしい。いーんだけど、結構歩くね。しかしシカクさんが話題を振ってくれるので、会話には事欠かない。本当に里外出たの初めてだけど、それほど危険でもなさそう?何故か道なりではなく森の中を歩いてるけど、前を歩くシカクさんが草を踏み鳴らしてくれるし、気を配ってくれるので中々快適だ。うーん。ジェントルマン。悔しいけど、女の人が好きになっちゃうのも分かるなぁ。こんな風に"女の子"扱いされると、どうにも恥ずかしいけどさ。

シカクさんに「この辺り見覚えねェか?」と聞かれながら歩くこと暫く。あるわけないっすと答えつつ、そろそろ疲れて来た、と思ったところで、シカクさんが足を止めた。何だろう、ここ。そこは、更地というか、廃墟というか、少し変わった空間だった。崩れた門らしきものは残っているが、均され、整えられた様相も残している土地だ。私が辺りを見回していると、シカクさんがまた手を引いて導いてくれる。こっちだ、と連れられた先にあったものを見て、一瞬息が詰まった。

「……これ」

お墓?墓標らしきものが建てられた、何十ものお墓らしきもの。ぴたりと足を止めて、暫くの間固まる。そして、はっとした。もしかして、ここって…。

―――私が、生き残りだと勘違いされた里?

シカクさんの方を、茫然と見やる。彼は何も言わないまま、じっとそのお墓の数々を眺めていた。私は、頬がかっと紅潮するのが分かった。溢れ出て来たのは、羞恥だった。シカクさんが何故ここに連れて来てくれたのか、その理由に気が付いたからだ。

まただ。私、またシカクさんのこと見誤っていた。何がデートだ。浮かれてたのは私じゃないか。私は、自分のことを記憶喪失だと偽っている。里の人達がした勘違いを利用して、立場を手に入れた。同情されて、庇護されるようにと打算で考えた結果だ。そして私が利用したのは、この里の死んでいった人達のこともなのだ。忘れたことはなかったけど、やっぱり他人事に考えていた。ニュースで見た事件の報道を痛ましいと思う気持ちのような。―――漫画を見て触れた何処か遠い死のような。

シカクさんは、こんな世界で生きている。

死と隣合わせの世界。約束された明日のない世界。昨日まで笑い合っていた平和な小さな里が、一日でその地図上から消えてしまうような世界。ワンピースのロビンも言っていたけれど、地図からそこに住んでいる人が確認出来るわけじゃない。私はどうしようもなく現実を見せつけられて、その度に後悔する。そっと膝を着いて、静かに黙祷を捧げる。

可笑しいな。死にかけた時だって、そんなこと思わなかったのに。私がここに生きてるって、逃げる暇もなく突きつけてくるのは、いつだってシカクさんなんだよね。シカクさんはそれを教えてくれる為に、わざわざここに連れて来てくれた…なんて、そんな筈ないだろうけど。ただ私の故郷だと思われてる場所に、連れてきてくれたんだろうけど。

シカクさん。私の故郷は、ここじゃないよ。

それでね。シカクさん。私、自分が死ぬことよりも怖いことがあるんだ。

たった今、気付いたんだけどね。

「雪乃」
「何ですか?」

「―――もし記憶が戻っても、お前、俺のこと忘れねェでいてくれるか?」


忘れないよ。

シカクさんみたいに、強引で、恰好付けで、不器用で、意地っ張りで。―――眩しい人。

忘れたくても、忘れられないよ。




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