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鹿体質

やったぜ久し振りにお休み貰えたぜきゃっふー!状態の雪乃ですこんにちは。木の葉に来て半年、最初の一週間は病院暮らし、それからは火影様に住まいを借りて貰い、職も紹介して貰い生活を始めた。もういきなり借金持ちなんだよねー。アパートを借りるお金なんて勿論ないし、まあ記憶喪失ってことにした御蔭で木の葉に住むことが出来た上ご厚意を受けたから文句言える立場じゃないんだけど。

火影様は「余計な遠慮はせず、ゆっくりここに慣れていけ」と言ってくれた。お金も返す必要はないって言ってくれた。でも、流石にそこまでしては貰えない。いや…嘘だもんね、記憶喪失って。優しくしてくれる度にごめんなさい…と強い罪悪感に襲われてしまう。本当のことを信じてくれってのが無理な話だよねェ。頭可笑しいヤツと笑われるのがオチ。下手すりゃ敵だと思われてしまう。うーすいません…悪いことするような度胸ないんで、許して下さい…。

それはさておき、生活費を稼ぐ為にあくせく働いてきた私にも漸く休みが湧いてまいりましたー。え?木の葉の観光?するわけないよ、若かりし原作キャラに会っちゃったら堪ったもんじゃない。特に今はねー波風ミナト…四代目が生きてる頃だもん。まだ就任してないみたいだけどさ、いるのは間違いないから。いのしかちょうで十分だよ、ほんっと十分濃いからね。はっ…噂をすれば、とかなんとか言わないよね?!角でばったり、とか言うシチュエーションを警戒してみる。よし、いないね。

それ程危険な状態の私が何故したくもない木の葉徘徊をしているかというと、苦楽のご主人に薬を購入してくるよう頼まれてしまったからだ。地図に示している場所に馴染みの薬屋があるらしく、そこで店用の酔い止めの薬を買うのが用事。二日も休暇をもらってしまったし、給料や待遇も良くしてもらっている手前断れるわけがない。だからこうしてセンサーびしびし働かせて外出したというか…くっそ、イチャイチャパラダイス読みたかったのに。書店で変な目されながらも買ったのに。あ、先日無事十八を迎えたのでちゃんと買える年齢だよ。

にっしてもご主人字ィ汚いなァ。地図に矢印と"ココ"って記してある場所…その何か文字が書いてあるんだけど、よく見えないな。店の名前だと思うんだけどなァ。んー…奈…かな?なんて読むのか分からない。細い道を通っていると、森の中に続いているらしく辺りは木ばかりになってきた。足を止める。悩んでいるうちに目的地に着いてしまったようで、やれやれと目の前に立っている門の上にある看板の文字を見て固まった。

―――奈良……一族?

……待て。もしかしてこの汚い字は、奈良一族って書いてあったの?…Oh、ジーザス!そーじゃん、奈良一族ってば薬師の一族じゃん!じゃ、この森って私有地?鹿育ててる森?馴染みってあれ?奈良一族が経営してる薬屋さんってこと?この門の中、もしかして本家があるの?シカクさんの実家?………帰ろ。0,1秒で結論を弾き出した私の頭。くるりと華麗な踵を返す、アディオス、もう二度と来ないであろう鹿の森よ!怪盗キッド並に素晴らしい去り方を披露しようとした私を止めたのは、お腹の辺りに刺さる寸前で制止している二本の角だった。後二歩踏み出せば刺さってたな。

『………鹿?』

鹿だねェ、可愛いねェ。いつもならそう思う余裕があっただろうが、生憎そうは思えなかった。道を塞ぐように埋め尽くさんばかりの膨大な鹿の数にドン引きした。こ、ここここ、怖い〜〜〜〜っ!!鹿のつぶらな黒い瞳がこっち見てる!怖っ!いたっ、後ろにいる一匹超角擦り付けて来るんですけど!何何匹いるのこれというかさっきまで一匹もいなかったよね?!どうしてこんな急に増えたわけ?!いたたたた、やめれっ!

「何だ、どうしたいきなり……んん?」

あ、原作のシカクさんだ。前も後ろも右も左も鹿に包囲され、もみくちゃにされて死にそう…と思ったそのとき、脇の森をがさっと掻き分けて出て来た人物は原作に登場したシカクさんそのものだった。ちょっと私の好み。ダンディな感じ。その男の人は軽く口笛を吹くと、群がっていた鹿達を散らしてくれた。軍隊みたいに統率が取れている。凄い…そして、助かったあああァあああ…。安堵する私を前に、シカクさんのそっくりさんは不思議そうに問い掛けた。

「うちの鹿があんなに余所者に懐くなんて、珍しい。嬢ちゃん、あんた何者だ?」

声までそっくりでした。

*******

「ああ、アサヒん所にいる嬢ちゃんか。聞いたことあるぜ」

うんうん頷いているのは、シカロクさん。シカクさんのお父さんで現奈良家当主らしい。あーっぽいわァ。よく似てるしね。その隣でお茶を出してくれたのはカエデさん。シカクさんのお母さん。美人だ。凄い美人だ。羨ましいわ。

「酔い止めの薬なら、すぐに調合するわ。少し待っていてくれる?」
『はい、お願いします』

案内された部屋は薬の注文を受けた場合の待合室のようなものらしく、薬の匂いがぷんぷんしていた。しかし、病院で嗅ぐようなものじゃない。薬草を煎じたりして薬を作るからかな、植物系アロマに似た匂いがした。良い匂いだった。

「お?」
『?』

シカロクさんが私の背後を見て目をちょっと見開く。つられて後ろを見て、仰け反った。また真っ向につぶらな黒い瞳。角が生えていないから雌…なのかな。まだ小さいその子鹿は頭を私の横腹辺りにぐいぐい押し付けてきた。わ、くすぐったいって。てか、キミ何処から入ってきたの?いつの間に?

「戸の隙間抜けてきちまったのか…ユキ」

唐突にアルプスの少女ハイジの後をついて歩く白ヤギを思い出した。シカロクさん、白くないっス。どの辺がユキ?疑問はさておき、一匹ならさっき程威圧感はないので簡単に撫でられる。結構可愛い。すると後から二匹、三匹と増え、最終的には私の傍に三匹の鹿が陣取った。…ムツゴロウさんか。

「何だ、よっぽど鹿に好かれる体質なんだなァ、嬢ちゃん」
「ほんと。ぴったり寄り添っちゃって」

うふふ、あはは、と楽しそうに笑うお二人。…鹿に好かれる体質…ねェ。そこには一応シカという文字を名前に持つ貴方達の息子さんも入ってたりするんですかね。




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