- ナノ -
嫌い嫌いも好き(隙)のうち?


ほんと、全然脈がないように見えるってばね。

同期であり、比較的親しい間柄にあった秋道チョウザが結婚するという話を聞いたのはいつだったか。招待状を受け取り、詳しい話を当人達から聞いて初めて嘘ではなかったのだと知り「えええェえェ〜〜〜〜!!」と大きな声で叫んでしまったのは今思い出しても恥ずかしい記憶だ。

「だからほんとだって言ったのに」とミナトが言っていたが、無視していた。あの男はにこにこと笑顔で嘘を吐くことがあるので、正直信用ならない。恋人相手に我ながら辛辣だと思うが、これも日頃の行いだ。それにしても、あのいのしかちょうのなかで一番最初にチョウザが結婚するなんて思わないではないか。どちらかといえば、いのいちに軍配が上がると思っていたのに。何より。

「雪乃、飲まないってばね?」

目の前にいる、この友人然り。今は無事結婚式を終え、二次会の会場に移動して、小さな庭園で立食形式の食事を楽しんでいる最中である。クシナは片手にグラスを持って、ミコトと連れ立って隅っこの方で壁の花と化している友人の元へ向かった。何年か前のイタチ失踪事件より以後交友関係を結んだ雪乃とクシナ、ミコトは今や親友と呼んでも過言ではないとクシナは自負していた。誕生日も祝ってくれるし、一緒に食事をすることも多い。たまに何故か変な風に戸惑いを見せることもある彼女であるが、おそらく照れているのだと思う。そんな風に他の人には見せない一面を晒してくれることを密かに嬉しいと考えていた。

「…私は、あまりお酒は」

そう。親友。親友だ。だからこそ、クシナは雪乃に幸せになってほしいと考えている。酒ではなくジュースを呷る彼女の傍らには、可愛らしいピンク色のブーケがある。睫毛を伏せてそのブーケを撫でる姿を見て「相変わらず綺麗だってばね」とクシナは暫し見惚れていた。美しい黒曜石の瞳を僅かな憂いに彩らせ、いつもは飾り気のない容貌を装っている雪乃は絵になった。その証拠に、先程から何人かの男がちらちらとこちらに視線を送ってきている。ミコトは既婚者で、自分は恋人持ち。つまり、彼らの狙いは雪乃しかいない。

クシナは、ぎっと鋭い目で男達を睨んだ。すると慌てたようにそそくさと去っていく害虫(当社比)達。まったく、シカクは何をやっているのか。いっくら親友の結婚だとしても、惚れた女を獣から護ってやらなくてどうするというのか。酒を浴びるように飲んでバカ騒ぎをしている三馬鹿トリオを見て、クシナははぁっと溜め息を吐いた。

本当に、こうして見れば全然脈はないように見えるのに、不思議なものだ。

雪乃のことを本気でシカクが好きなことは、充分過ぎる程に分かっている。あんなに浮名を流していた男がずっと他の女の影一つ見せずに一直線なのだから、もう疑っていない。初めは毛色の違う女で遊んでみたくなったのかと冷めた目で見ていたのだが、もはや昔のことだ。口には出さないが、クシナだって同期の者達は大切な仲間だと思っている。あのシカクが一途に想い、その相手が親友ならばうまくいってほしいな、と実は心の中で願っているのだ。

しかし雪乃は、どうにも感情が読めない。記憶がないことはさておいて、人の感情の機微に頓着しないところがあるのだと思う。彼女のことを良く知らない相手が見れば、シカクには全く目がないと考えるに違いない。クシナだって最初はそう思っていたのだ。迷惑しているのだろうと、漠然と考えていた。けれど二人の仲を応援したいと思うのは、雪乃が憎からずシカクに心を傾けていることに気が付いたからだ。

あの男は知っているのだろうか?

雪乃が慈しみに溢れた目をしながら、そっとシカクの方を見つめている。馬鹿騒ぎして、豪快に笑うシカクのことを、とても優しく、柔らかく見つめるのだ。そこに込められた思慕に気付かない程、クシナは鈍感ではない。

―――脈がないどころか、待たせているのではないかと思ってしまうような目を、雪乃がしていること。……あいつは本当に、知らないのだろうか?

「ふふふ、クシナ、もしかしたら先を越されちゃうかもしれないわね?」
「は?何だってばね?」
「だってほら、ブーケを手に入れたのは雪乃だったわけだし」

うっ。くすくすと笑いながらからかうように見つめてくるミコトに顔が引きつる。一人だけ既に結婚して一児の母だからか、たまにこうして焦らせるようなことを言ってくる。何というか、勝ち組の余裕というのか。そうだ、待たされているのは雪乃だけではない。もう何年も付き合っているのに、一向に将来について匂わせることのない朴念仁に悩まされているのは、クシナも同じ。自分とはそういう関係になりたくないのだろうか?と不安になってしまうこともしばしば。素直になればいいのだけど、重たい女だと思われるのも矜持が許さない。

ブーケを受け取った女性が次に結婚出来るという、ジンクス。それが正しければ次に結婚するのは彼女、ということになるけれど。

しかし雪乃はブーケを受け取った時「これで次は俺との結婚式だな?」と肩を抱いたシカクの脇腹に肘鉄を入れながら「しません」と即答していた。照れ隠しなのか、本気で嫌がっているのか、判断が出来ない。ちなみにシカクは「良い一撃だ…効いたぜ」と悶えながら笑っていた。ちょっと嬉しそうだった。正直ドン引きである。

「私とシカクさんはそんな関係じゃありませんよ」

さらっと言われた言葉に、ミコトと顔を見合わせる。そして、にやあっと口許を緩めた。雪乃は首を傾げている。いやいや、これは言質を取ったも同然なのではないか?

―――ミコトは確かに「先を越される」とは言ったが、その相手がシカクだなんて一言も言っていないのだ。つまり雪乃の中では結婚する相手=シカク、ということになる。多分無意識なのだろうが、なんだか微笑ましくて頬が緩くなる。

「ねェ雪乃、ほんとはシカクのこと、どう思ってるってばね?」

不意に問いかけた言葉に、雪乃はふいっと視線を逸らして。

「……何とも思っていません、あんな人」

………雪乃。そんな赤い顔で言われても、説得力ないってばね。初めて見た赤面した顔はとても愛らしくて、クシナは同性なのについついきゅんきゅんしてしまった。やっぱり、この子はシカクには勿体ないかもしれない。嫌い嫌いも隙のうち。…油断大敵だってばね?雪乃。あの狡猾な男に付け込まれても、知らないから。ジンクスが本当になるのも、そう遠くないかもしれないと、ミコトとこっそり囁き合った。


そして。


朴念仁の恋人に告げられた言葉に、クシナが嬉しさのあまり思わず涙する日も、そう遠くない。





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