- ナノ -
あなただけみつめてる


は、と目が覚めた。うわ、ヤバイ…テーブルの上で寝ちゃってたよ。今何時だろ、と思って時計を見ると、帰宅した時より四時間も経っていた。外はもう真っ暗だ。何もかけないで眠ったせいか、何だか少し肌寒い。風邪引いたらどうしよう。…ひかないか、私馬鹿だし。前もシカクさんのお見舞い行った面々で一人だけひかなかったらしいし。…って。

「……今のなしね」

誰に言うともなく、ぽつりと零した。不味い。すっかり生活の中にシカクさんが入り込んでる。今のは誤爆だ。はあっと自分に呆れて溜め息を吐いて、ぱちりと部屋の電気をつけた。遅くなったけれど、晩御飯を作ろう。美味しいもんいっぱい食べて、それで元気になろう!元気があれば何でもできる。そうですよね、アントニオ先生…我が心の師よ。髪でも切ろっかなと思いながら、ううっと元の世界で超リスペクトしてたレスラーの名を呼んだ。私の好みってああいう人ばっかか。

「…ん?」

調理の用意だと意気込んでエプロンをつけたところで、窓の外でこんと音がした。小さく何かがぶつかったような音だ。気のせいかな、と思ったところで再び音がする。私は首を傾げながら、一応確認の為に窓を開けた。ちなみに私の部屋は二階である。何だ、雨でもないし、何にもないじゃん。そう思って下を見て、動きを止めた。

「あ、」

いつもの調子で笑いながら、よおと軽く片手を上げたシカクさんがそこに立っていた。思考が一時的に、完全に停止してしまった。…え、嘘。シカクさん?幻じゃないの?右手で左手の甲をぎゅうっと抓ってみる。痛い。ほんとに痛い。じゃあ……ほんもの?

「こんばんは…シカクさん」
「おう。部屋の電気ついてねェからさ、…いねェのかと思った」
「…何か、御用ですか?」

こんな可愛くない言い方しか出来ない自分が嫌だ。ヨシノさんはどうしたのとか、ここに来てもいいのとか、いのいちさん達に何か言われたのとか、もう苦楽には来なくなっちゃうのかとか。…聞きたいこと、色々あるけど。ほんとは今、すごく、嬉しい。何ていえばいいのか…分かんないよ。分かんないけど、もう一度顔を見られただけですごく安心した自分がいる。シカクさんは「あー」とか歯切れ悪い言葉を言っている。そして「ちゃんと受け取れよ」と言いながら、何かをぽーんと投げてよこした。

えっ?!と慌てて、わたわたしながらそれをキャッチする。あ、危なかった…落としちゃうとこだったよ。受け止めたそれは可愛くラッピングが施されたもので、掌に収まるサイズをしている。何だろう、これ。

「…あの、これは?」
「開けてみろよ」
「はい…?」

かさり、と袋を開けてみる。そして出て来たのは、シンプルなデザインのブレスレットだった。ワンポイントの飾りが可愛らしい。…何これ。きょとんとしながらシカクさんを見ると、彼は夜目では分かりにくいけれど、何だか赤くなっているような気がする。がしがしっと乱暴に頭を掻きながら「だからよぉ」と乱暴な口調で捲し立てる。

「お前、教えるのが遅ェんだよ。四年目にしてやっとだしよ。いや、聞かなかった俺も悪かったが…つまり、」
「…つまり?」
「………あれだよ。つまりよ。―――誕生日だろ、今日」

照れたようにそっぽを向くシカクさんの姿を茫然と眺める。「俺には女の好みとか分かんねェからよ、古い馴染みに相談してよ…悪くねェだろ?」とかぶつくさ言っている。その言葉の一つ一つを頭の中で繋げていく。つまり…私への贈り物を選ぶために、今日ヨシノさんと一緒にいたの?それなんて修羅場?昼ドラ展開…どうコメントしたらいいか分かんない。しかも。

「それと…誕生日おめでとさん。ほんとは、俺が一番に言いたかったんだけどな」




―――私今日、誕生日じゃないんですけど……!!




シカクさん勘違いしてるよぉ!今日誕生日なのは、私じゃなくてクシナさん!一応良好な友人関係を(不本意ながら)築いているので、ちゃんとプレゼントを渡してお祝いもした。そういえば、そのことを苦楽でシカクさんとの会話の端にのぼらせた気がする。「なんだ、その日なんかあるのか?」「誕生日なんです(クシナさんの)」「誕生日なのか?!(雪乃の)」みたいな遣り取りが。あ〜、あれで勘違いしちゃったのかなぁ。私言葉足らずだからなぁ。ほんとごめんなさい。でも、それにしたって。…ああ、もう!

「……ありがとうございます」

そんな言い方されてさぁ、わざわざプレゼントくれてさぁ、こんな、……こんな夜に、ほんとは待っててくれたんだろうなぁって思ったら、違うなんて、言えるわけないじゃない。あーもー、正直に言いますよ!嬉しいですよ!ほっとしましたよ!安心したし不覚にも泣きそうになったよ!シカクさんの馬鹿!こういうの、女は一番弱いんだよ!分かってやってるの?

「用はそれだけだ!窓閉めて、早く寝ろよ」
「シカクさん」
「ん?」
「―――今日、貴方に会えてよかった。眠る前に見る顔が貴方の顔で……良かった」

誕生日じゃないけど、今日のこの日はきっと、特別な日に変わる。あんなにもやもやしていた私の心を一瞬で晴らしてくれた。とんだ策士だよ、シカクさんってば。「おやすみなさい」そう言って窓を閉めてくるりと背を向けると、熱を持っている頬を押さえてへたり込んだ。なんか思わず恥ずかしいこと口走った気がするわ。…ああもう、やだやだ!

それからシカクさんは苦楽に来るたびそわそわと私の手首に視線を走らせて、しまいには「つけてねェのかよ」と愚痴のように零すようになる。それに私は「勤務中はアクセサリーは禁止です」と素っ気なく返すのだけど。本当は短く留め金を固定して、夏でも仕事中には薄い長袖を着るのをいいことに、腕のちょっと上の辺り、丁度見えない辺りにこっそりとブレスレットをつけてること。…それはまだ、内緒にしとこう。


いつか、私達がどんな関係だったとしても、ほんとはあの日、誕生日じゃなかったんだよって、笑い話になった時に、一緒に話すことにするよ。……それまで、近くにいられたらいいな、なんてそんなことを考えた。



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