- ナノ -
ともだち

子どもは目を離したらすぐにいなくなる、とは友人の談。とはいえその彼女の子どもは大人しいし、年に見合わず賢かったから、そんなことはないだろうと勝手に思っていた。けど、一度や二度いなくなる事態があったからこそ、そんな台詞が出てきたのだと今さら思い至った。

そう、たった数分、立話していた隙に子どもがいなくなる、とか。……今みたいに。

「イタチー!イタチ、どこなのー?」
「イタチくーん!隠れてないで、出ておいで―!!」

息を切らせながら里内を走り回る。横では探し人、イタチ君の母親であり、親友でもあるミコトが辺りに目を配っている。私、うずまきクシナも責任の一旦をばっちり感じてしまっているので、こうして走っている次第だ。

事の起こりは数十分前。一足先に結婚をして、子どもを産むに至った親友に久しぶりに会った嬉しさで、しばし立話に興じていた。買い物に行く途中だったのか、長子イタチを連れて歩くミコトは、母親になっても相変わらず綺麗だ。昔から大人びていたが、より一層落ち着きを感じさせる顔つきをしていて、今の暮らしに幸福を感じていることが分かる。許嫁であり、想い人であったうちは一族の当主息子と結婚したときのミコトの涙が滲んだ笑顔は、羨望を抱かせるには十分だった。

……いいなぁ。

男勝りで、女で初めて火影になってやる、なんて豪語した自分にも、やっぱり人並みの結婚願望とか、そういうものはあるわけで。太っていた幼い頃とは違い今はそれなりにモテるようになってきたけど、赤い血潮のハバネロ、なんて呼ばれていた頃の名残か、弱っちょろい男を見たらイライラしてきて、ついつい…ついつい、ね。手荒な追い返し方をしてしまうのは仕方がないというか。…ていうか、恋人がいるっていうのにしつこいあいつらが悪いってばね。思わず口癖が出てしまうくらい、勘違い男には辟易していた。

それもこれも、全部あの鈍感朴念仁の恋人が悪いのだ。結婚するには流石にまだ早いかな、とは思うけれど、なんというかもうちょっとこう…将来について考えてくれてもいいと思う。次期火影候補としても名が上がるほど有能な恋人、波風ミナトは紳士的でさらっと女心を掴むようなことをしてのけるから、こちらとしては気が気ではない。のくせに、自分がナンパされたと話しても嫉妬する素振りも見せないのだから不公平だと思う。ミコトのように母になれるのはいつになることやら…。

なんて、そんなことを思いながら話をしていたときだ。ミコトの隣にちょこんと立っていたはずの幼子が、忽然と消えたのは。

それからもう二人して顔を真っ青にさせて、とにかく手当たり次第に探しまくった。イタチはお団子が好きだからお団子屋さんかも、と聞けば甘味処へ赴き、最近は手裏剣にご執心だと聞けば忍具屋を巡る。手分けして辺りを回って、うちは一族の敷地前で再び合流したが、やはりお互い探し人を見つけてはいなかった。

「ああ、どうしよう…あの子ったらどこ行っちゃったのかしら」
「ごめんってばね、ミコト…私が引き止めたりしたから…」
「クシナのせいじゃないわよ、私が手を離したからいけないの」

遂には途方に暮れてしまって、二人して反省のしあいっこだ。子どもがあんなに簡単にいなくなってしまうなんて思わなかった。しかも、イタチ君は普通の子どもではないのだ。うちは一族直系で、まず間違いなく血継限界を受け継いでいるであろう血筋と才覚を持つ
子ども。もし他里の忍者に誘拐でもされていれば…そんな最悪な想像すら浮かんでくる。

どうしよう…どうしよう。

「あの…」

木の葉の里にとっても一大事だろうが、何よりミコトの気持ちを考えると、このままにしてなんておけない。見つけないと…でも、どうやって?焦れば焦るだけ冷静な判断が出来なくなってくる。

「あの、すみません」

………ああ、もうっ!!

「何だってばね!!今取り込み中なのが…!」
「…えっと、」
「分からない……ってば、ね…」

さっきから背後で掛けられていた声についイライラした口調で返し、思いっきり振り向いたところでばっちりとかち合った視線に固まった。言葉もどんどん尻すぼみになっていって、しまいには黙り込んでしまう。

……キ、キレーな色だってばね…。自分の怒鳴り声に怒った様子や驚いた雰囲気も見せずに、こてんと小首を傾げている女性は、とても綺麗な黒色の瞳をしていた。黒曜石、というのだろうか。闇色なのに、奥まで澄んでいてとても綺麗だ。何より彼女の持つ雰囲気は今まで会った誰とも違って、どこかミステリアスな感じがして…正直、見惚れてしまっていたのかもしれない。

「イタチ!!」

そんな状態から脱したのはミコトの言葉が聞こえたからだ。下を見ると、確かにイタチ君が目の前の女性と手を繋いで立っていた。ああよかった心配したのよ、と傍に寄ったミコト擦り寄るように近づくと、そのままされるがままに腕の中に収まった。よかった…見つかって、本当に良かったってばね。

「…あなたが、見つけてくれたってばね?」
「ええ。うちは一族の子だと聞いたもので…お母さんが同じ黒髪だから、私と間違えてしまったんでしょう」
「そうだったんですか…本当にありがとうございます。ほらイタチ、ちゃんとお礼を言って?」
「……ありがとう」
「…どういたしまして」

受け応えはとても淡々としていて、にこりともしなかったけれど、イタチ君を見たとき、確かに彼女の纏う空気が柔らかくなったのを感じた。何だ…ちょっと怪しいとか思ってしまったけれど、こんな風に優しい目をすることが出来るのか。ここまで連れてきてくれたことといい、悪い人ではないみたいだ。だからだろうか。「では私はこれで」と
踵を返そうとした彼女を、思わず引きとめてしまっていた。

「?」
「えっと…その、せっかくだし、ちょっとお茶でもしないってばね?」
「…はぁ」

う…これじゃ、ナンパみたいだってばね…。反省しつつも、ミコトも笑って頷いてくれていることに便乗して、そのままぐいぐい押してなし崩し的に承諾させてしまう。なんか知り合いに絡まれて断れずに困惑してるみたいな様子があるけど、きっと気のせいだってばね!!嫌なことは嫌とはっきり言うであろう凛とした女性、という印象のこの人がまさか。

「私はうずまきクシナって言うの。あなたは?」
「……雪乃です」
「雪乃!そう呼ぶってばね!」

細かいことは気にしない!

…うん!雪乃とは、いい友達になれそうな気がするってばね!



「………っておい!!おれのことは無視か!?」
「何だシカク、あんたいつからそこにいたってばね?」
「最初からいたっつーの!!」




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