- ナノ -

侵食の中で




*壱*





ここに来てから、三日が経過した。
細々とした雑用を押し付けられ、生活の基盤を整えていく。
少しずつ勝手が分かり、居心地の良さすら感じてきた。

芹沢さんにもそれ程面倒な仕事を任されることはない。
彼は短気だからすぐ切れるし、新見さんは鬱陶しい。
でも順応能力とは凄いもので、大分扱いには慣れてきた。


『さて…そろそろ寝るかな』


胸を押さえ付けているさらしを取ろうと、襟を緩める。
就寝時まで付けっぱなしなのは流石にキツい。
以前より成長しているせいか、息苦しくなってくる。

しゅる、と音を立ててさらしが外れていく。
器用に腕を回し紐を解き、緩くなってきたその頃…


「もし、夜分遅くに申し訳ありません。皆さん、もうお休みですか」
『…この声、山南さん?』


玄関の方から、来客の声が響いてきた。
しかも聞き覚えがある。
私は解いていたさらしを慌てて巻き直し、玄関へと向かった。


『こんな夜遅くに、どうしたんですか?』
「芹沢さんと、話合わなくてはならないことがあってね…」
「芹沢さんはまだ、起きていらっしゃいますか?」
『ええ、多分…』


そこに立っていたのは、山南さんだけではなかった。
土方さんと近藤さんも一緒だ。
曖昧に頷いて、三人に連いて来るように促した。

話合わなければならないことか…
土方さんとか見るからに不機嫌だけど、大丈夫なのかな。

ちらりと視線を送りながら、芹沢さんの部屋へと歩を進める。
近藤さんはやけに緊張した面持ちをしていた。
朗らかな表情しか見たことがなかったから、やけに新鮮だ。


『芹沢さん、お客さんです。入ってもいいですか?』
「入れ」


こちらも不機嫌な声音だった。
襖を開けると、眉を顰めた芹沢さんがどっかり座っている。
多分これから島原にでも出向くつもりだったんだろう。
邪魔されて苛立っているのが目に見えて分かった。

手短に済ませろ、と芹沢さんはぞんざいに言い放つ。
山南さんはそれに笑顔で返し、話を切り出した。


「先日、新徳寺にて聞かされた、清河の言説…どのように思われましたか」
「どうもこうもない。京に着いた途端、我らを呼び出し演説をぶち…」


『今回兵を集めたのは、攘夷実行の為』と嘯くとは。
私腹を肥やす奸賊とは、奴らのことよな。
芹沢さんは眉を不機嫌に顰めながら、そう言った。

まぁ簡単に言えば、彼等は騙されてしまったのだ。
浪士組の発起人である、清河という男に。
将軍様の護衛と銘打たれ、その建前にまんまと食らい付いてしまったということか。

芹沢さんの返答に、近藤さんは居住まいを正す。
そして彼には似合わない、怒りを滲ませた表情になった。


「拙者も芹沢さんに同意します。攘夷実行が目的なら、最初から明かせばいいものを」


これでは騙まし討ちだと近藤さんは言う。
しかし私は、おいおい何言ってんのと内心零した。
この人は本当に…真っ直ぐ過ぎるってか、いっそ愚直だ。

『攘夷実行』なんて掲げたら、幕府が認めるわけないじゃないか。
人員も集まるかどうか分からない。
それなのに急所を晒すような真似するなんて何処の馬鹿だ。

近藤さんの気質は、長所であるが短所でもある。
人によっては、世間知らずと思うだろう。
私は近藤さんのそういうところ、結構好きなんだが。

いかんせん、上に立つ者としては甘い、かな。


「我々は今後京に残るつもりですが…貴方々はどうなさるおつもりですか」
「どう、とは?」
「我々には庇護の伝手はありませんが…同行者は強者揃いです」


ああ、そういうことね。
山南さん達は、芹沢さんに手を組もうと言ってるわけか。
人員もいるだろうし、協力出来る部分はある。

だから芹沢さん達の人脈で庇護を頼みたいと。
大体、こんな感じだろうか。

芹沢さんはその言葉に、不遜気に鼻を鳴らす。
先程まで探るようだった目が静かに普段の色に戻った。


「俺の兄が会津藩に勤めている。藩主は京都守護職の任に就かれている。
もしかしたら、重役と話が出来るかもしれん」


芹沢さんの、お兄さん…。
私は話の内容より、そっちに興味が持っていかれた。
うわぁ、想像出来ない…てかしたくない。

会津藩にいるなんて、やっぱり頭の切れる人なのか。
芹沢さんそっくりならいっそ笑えるけど。
弟が高慢だと、兄は気弱と相場は決まっているのだ。

ふうん、どっちだろう。
気になるような、ならないような。
見てみたいような、見てみたくないような。

不思議な心地だ。