- ナノ -



月島響が投げた言葉は、予想以上に賢しいものだった。
スラスラと流暢に述べられた感想。
その一つ一つが山南と土方の望むものであり、
中には考えもつかなかった意表を突くようなものもあった。

その口振りに躊躇はない。
最初に意見を言え、と言ったときに躊躇ったのは建前か。
そう思えるくらい物怖じしない言い方だった。


『何故、私にこんなことを聞くんですか?』


彼女はそう聞いた。
そう、「彼女」は。
当然持つであろう自身が抱いた一番の疑問を。

答えは、一応二つあった。
一つ目は、この書類を見た後の部外者の客観的な意見が聞きたかったから。
彼女が抱いた感想は、おおよそ他の隊士が抱くものと同じもの。
寧ろ、隊士達は厳しすぎるとしか思わないかもしれないが。

二つ目は…山南自身が、この少女に興味があったからだ。
彼も土方と斎藤と同様、一目で自分達との性別の違いは認識した。
いくら顔が中性的でも、彼女のような男はいないだろう。
未だに疑っていない人達の気がしれない。

彼女は、女性にしておくには勿体無いくらいに聡い。
その視点も見解も、柔軟性に富み静かに核心を突く。
浪士組と自分は部外者だと割り切り、内部には決して近付こうとしない。
しかし冷たいわけではなく、浪士組の人間との交流も厚い。
危険視されない程度の距離を保っている…着かず離れずのところに。
それを見極める慧眼も、山南が欲するには容易い。

山南は、にっこり笑って切り出した。
本当はこれを言う為に彼女をここに呼んだのだ。


「月島君。君が良ければ、ですが…
正式な隊士として浪士組に加入する気はありませんか?」
『……………は?』


この申し出は予想外だったらしい。
彼女は何拍か間を空けて、ほけっとした声を出した。
まあ、無理もない。


『…いきなり何を言い出すかと思えば…
私は剣も使えませんし、役に立てるとは思えませんよ』
「そうでしょうか?」


山南はにっこり笑って、彼女の言葉を否定する。
すると月島は僅かに眉を顰めた。
「どういう意味ですか」と感情を抑えるように声を出した。

その反応は、ある意味予想通りだ。
山南はゆっくりと目を細める。


「君は、君が思っている程弱くはないと思いますよ。
寧ろ、充分すぎるくらい剣術の才はあると思います」
『…まさか』
「相応に鍛えれば、類を見ない剣の遣い手になるでしょうね」


これは、嘘ではない。
本当に山南自身がそう感じた。
彼女は沖田とも拮抗する剣の才を持っている。

沖田と斎藤の剣の試合を見て、
その太刀筋を一分のズレもなく追ってきた、
という話は斎藤から聞かされた。
山南自身がその様子を直接見なければ何とも言えないが、
斎藤がそこまで明言のするのならば、きっと間違いではない。

剣術において、剣筋を見極められるか否かは勝敗を分ける。
相手が打ってくる場所が分かるのと分からないのでは、
確実に後手としての出方にも影響が出るからだ。
鍛えればある程度まで見極めることは可能。

しかし、初見で相手の剣筋を違うことなく追ってきたならば…
それは最早、鍛える云々では補えない天性の才能。
増してや、浪士組の中で生粋の遣い手たる斎藤と沖田の剣だ。
彼女が持ちえる才能は底が見えない。
…才、だけならば。


「しかし、今のままならばその才は埋もれてしまいます。
己を鍛えない剣の遣い手に先はありません。…どうですか?
“男”に生まれたからには自分の限界を見てみようと思いませんか?」
『…』


剣術は、才能だけでは出来ない。
更なる躍進を求め、先の見えない限界を一心に目指し、
今持っている技術の向上と研鑽を絶え間なく行う。
それが結果的に才人本人を飛躍的なまでに発展させるのだ。

無論、いくら努力しても才がなければ頭打ちはすぐに来る。
その逆も必至というわけだ。
二つが一つとならなければ「類を見ない剣の遣い手」にはなれない。
条件の一つを既に満たしている彼女は、非常に恵まれていると言えた。
常人ならば咽喉から出るくらいに欲しているものだ。


「…山南さん、いい加減にしろ。
こんな覚悟のねェ奴入れてどうする。足手纏いになるだけだろ」
『…』
「土方君、それは流石に言い過ぎというものでしょう。
今は一人でも多くの隊士が必要であるときでしょう」


さあ、どう出ると山南が構えたとき、土方が唐突に口を挟んだ。
呆れているとも困惑しているとも取れる表情。
山南の思惑を見抜いて、その上で邪魔をしているように思える。
態と彼女が怒るように仕向けようとしている…山南がそう考えた時、


『…この隊規、考えたのって絶対お二人ですよね。性格が滲み出てます』


ぱさり、と局中法度を書いた用紙が投げられる。
と同時にはぁあぁあ…と盛大に零された溜め息。
月島はこれ以上ないくらいに疲れ切った顔をしていた。
けれど目付きだけは剣呑とさせて、山南と土方を見やる。


『言いましたよね、この決まりは例外なく遵守させるって。
それってつまり、正式な隊士じゃない私も、違反するようなことがあれば
切腹させるかもしれないって、そういうことですよね?』
「…ああ、そうだ。必要があればお前にも切腹させる」
『今でさえその危険性があるのに、隊士になんかなったら言い逃れ出来ない。
ちょっと間違えちゃっただけで、すぐ腹切らされたら堪ったもんじゃない』


それに、と一度言葉を区切る。


『私を芹沢さん側の間諜として動向を探らせる算段なんでしょうが…
そうは問屋が卸しません。そんな危険な橋を私が渡るとお思いですか?』


冗談じゃない、と吐き捨てて立ち上がる。
図星だったろうに、山南の表情は小揺るぎもしない。
思惑がバレていても痛くも痒くもないというのだろう。

気付かなかったなら、それまで。気付いても、それまで。
どちらでもいいから何を言われても動揺なんてしないんだ。
大人の余裕というのか…綽々とした山南の様子が勘に障る。
思いっきり眉を顰めて、月島は部屋の障子を横に引いた。


『私は、死にたくありません。死ぬのが怖いです。
人を斬ることも怖くて堪らないし、切腹するなんて真っ平御免です。
そういう意味では私は土方さんの言う通り「覚悟」がないんでしょう』


そんな私を入れたって、損するだけで得なんてしませんよ。
目線だけ二人の方に向けて言い放つ。
そして失礼します、と辞去の言葉を述べて部屋を後にした。

聞こえてくる足音はドタドタと煩いくらいだ。
いつもの彼女には有り得ない。相当立腹しているらしい。
足音がすっかり小さくなってしまった頃に山南は肩を竦める。


「やれやれ…バレていたみたいですね」
「山南さん…あんたなぁ」
「君の言いたいことは分かっていますよ、土方君。
でも考えても見て下さい…彼女は、我々が思った以上に賢しい」


一般的な意見というものはどうしても必要となってくる。
京の人間にいくら忌避されようとも山南自身は気にしないが、
浪士組という集団に焦点を当てて考えると、そうはいかない。
京を守護する者達が京の者に嫌われてしまうのは本末転倒だ。
町人の協力を得られれば、楽に進む仕事も数限りないだろう。

その為には、柔軟に町人の思考を読み取る者が必要になってくる。
今浪士組にいる者達はそれには向かない。
土方や山南、斎藤はどうしても算段を先に付けてしまうし、
藤堂や永倉は理不尽に嫌われることに憤慨して、町人の態度が我慢ならないだろう。

裏のないそのままの性格で京に溶け込めるのは、彼女だけだ。
女性という存在は本人にその気がなくても、隊の風紀を乱す。
けれどそれを考慮してでも、山南は彼女が欲しかった。
今のまま男装を続けてもらえれば、目下の障害は無に等しい。
芹沢には上手いこと言い包めて、小姓を辞めされてしまえば済むことだ。


「…だが、本人が嫌だっつってんだ。諦める他ねェだろ」
「あそこまではっきり明言されては、仕方ありませんね。…今は」
「…はぁ」


今はってことは、いつかは入れるつもりなのか。
答えが分かり切っていて、土方は問い掛ける気も失せた。
溜め息を吐いて、少女が投げた書類を拾い上げる。

「これを考えたの、絶対お二人ですよね。性格が滲み出てます」

どういう意味だ。
彼女が嘆息と共にそう言ったとき、聞き返したくて仕方がなかった。
この厳しいとしか形容出来ない決まりに性格が滲んでいる?
これから受ける印象が自分達のそれと同じだと言いたいのか。
いつか機会があれば聞いてみるかと思いつつ、月島の最後の言葉を思い出す。

死ぬのが怖い、人を斬るのが怖い。
そう口にすることは男としては恥ずべきことだ。
いや、男だけじゃなく大抵の者がそう口にすることを躊躇うだろう。
自らが持つ、矜持と誇りがある故に。

しかし、はっきりと臆面もなくそう言えること…
それは強さだ。ある意味では勇気とも取れる。
高すぎる矜持が過ぎて、死んでしまう…自分にも有り得そうだ。
きっと死にたくないなんて、何があろうと口にしないと分かるから尚更。


土方はもう一度小さく、溜め息を吐いた。