- ナノ -



平助は話し終わった後、大きく息を吐いた。
その時のことを鮮明に思い出したのか、表情は暗い。
芹沢さんに何とか許してもらったんだけど、と言葉を繋ぐ。


「そんなことがあったから…わだかまりが出来ちまってさ」
『…そうだったんだ』


そうか…だから土方さん達は芹沢さんを敵視してるんだ。
当たり前といえば当たり前だろう。
軽々しく、笑って水に流すには内容が重すぎる。

多分、土方さんは…
初めて見たとき芹沢さんに向けていた
あの氷のような剣のような目をしていたんだろう。
敵意と意思の篭った瞳…私は、今も忘れられない。

その瞳に自分が映っているわけじゃないのに…
どうしようもない寒気が背筋に走ったのを、憶えている。


「近藤さん。…これからは芹沢さんに
今日みたいな態度を取るのはやめてくれねェか」
「…今日みたいな、とは…」
「あの人に殿付けて呼んだり、ぺこぺこして顔色窺うことだよ。
確かに芹沢さんは有名人かもしれねェ。
だが、俺達はあの人の下に付かなきゃいけないわけじゃねェだろうが」


土方さんが近藤さんに進言している声が聞こえる。
普段の彼の近藤さんに対する声音とは全然違う…
厳しさすら滲ませているように聞こえる。

近藤さんはそんな土方さんに戸惑っているみたいだ。
下に付かなければならない理由はない。
けれど、芹沢さんの力添えがなければならないのも事実。
二つの事柄に押されて、困惑しているのが見て取れた。

そこへ土方さんが更に言い募る。

近藤さんが芹沢さんの下に付くことはすなわち、
近藤さんを慕っている者全てが芹沢さんの手下になることと同義。
少なくとも同じ局長である彼は、へこへこする必要はない、と。
この意見には、山南さんも賛成らしい。


「…分かった。今度は、卑屈な物言いは控えることにしよう」


二人の意向には逆らえないらしい。
近藤さんは躊躇いながらも、しっかり頷いた。
土方さんと山南さんも、同じように頷き返す。

私はその一連の様子をずっと見ていた。
土方さんの瞳に、再び天をも焦がしそうな敵意が浮かぶところを見て、
自分の心臓が、またドクリと高鳴るのを感じた。


『…』


土方さん達が芹沢さんを嫌悪する理由は分かる。
尤もなのだ当然といえる。

でも私は、芹沢さんがあそこまで頑なに
土方さん達を貶めるような真似をするのには
何か理由があるのではないか、と頭の隅で考えてしまった。

芹沢さんの傍若無人っぷりは分かっている。
彼が他人を慮ることも、理由もなく暴挙に出ることも知っている。
この身でしっかり実感している。
なのに…どうしてだろう。


尤もらしい理由を…訳を、答えを。
芹沢さんの行動ち言動に求めてしまうのは
私の中に少なからず情というものが湧いてしまったからだろうか。

恩義なんて微塵も感じていないのに。
犬と呼ばれて、蔑まれて、扱き使われているのに。
自分と少しでも関わった人を、無理矢理にでも救ってくれた人を
正当化出来る理由を探す私は、本当に滑稽だ。



『…馬鹿みたい』


それは自分に向けての言葉だったのか、
失望し続けてきた武士に放った言葉だったのか。



明確な答えを見付けられないまま、
私は屯所に向かって歩き始めた。