- ナノ -




「あの人、オレ達のことがとことん気に食わねェみたいだな。
やっぱ、本庄宿での一件があったからかな…」


ふと、平助が隣でそう零した。
芹沢さんの去った方向を見て、困惑しきりな表情。
私は、その言葉尻を拾って問いかけた。


『本庄宿って何?何かあったの?』
「え?あ、いや…別に何も…」
『…』
「…え、っと…」


私は、浪士組の隊士の中では平助が一番気に入っていたりする。
井上さんと平間さんは年が離れているから別格だ。
同じ年頃で最も親しみを持てる相手、それが平助。

何て言うか…可愛い。
猫目と無邪気な表情が何ともいえない。
髪をわしゃわしゃーってしたくなるくらい可愛い。
思えば、一番最初に会話したのも平助だったし…
今ではすっぽんって思ったり、邪険に扱ったことを反省するくらい好意的に思っている。

原田さんや土方さんと同様に、例に洩れず美形ではあるが
平助には彼等と違い、近寄り難い雰囲気がない。
見ていて微笑ましいし、弟みたいに感じてしまう。
これは年が近くても斉藤や沖田には絶対感じないものである。

ともかく、私は平助が嫌いじゃない。
だからここ最近はある程度仲良くしていて、
彼がどういう性格なのかが大方把握出来ている。
何かを隠そうとしているとき、じっと目を見つめれば
平助の瞳がすぐ所在無さげに動き、しばらくすれば全て白状してしまうことも。


「……近藤さんや土方さんには、内緒にしてくれるか?」
『人から聞いたこと吹聴なんてしないから』
「そっか、良かった」


彼等の前じゃ、出来ないような話なのかな?
平助は声を小さくして、耳打ちするように話しかけてくる。
心配しなくても、そんなに無神経じゃないって。


「芹沢さん達とは、小石川の伝通院で会ったのが最初なんだ。
体格良いし、デカいし…何よりしょっちゅう色んな相手に
喧嘩吹っかけたりして物凄い悪目立ちしててさ」
『げ』
「なるべく関わらないようにオレ達も距離置いてたんだよ」
『……賢明な判断だと思うよ』


やっぱ今と全然やってること変わんないのな…
そりゃお近付きになんて死んでもなりたくないわな。
距離を置きたいと思った彼等の気持ちが痛いくらい分かった。


「上洛してくる間、近藤さんは『道中先番宿制』っていう
役目を負ってたんだけどさ…」


道中先番宿制とは旅の途中一行よりも先回りをして、
宿場街などへ馳せ参じて宿を取っておく役のことだ。
下手をすれば皆野宿になってしまうから、これが結構重要な役目。

へェ…
近藤さん、そんな役割を任せられてたんだ。
私は感心するように頷いて、先を促した。


「本庄宿でちょっとした手違いがあって…
近藤さんが芹沢さんの宿を取り忘れちまったんだよ」
『はっ…はぁあぁっ?!』
「ちょ、響っ…声デカいって!!」
『ご、ごめん…驚いて…』


思わず腹の底から驚愕の声が出てしまった。
平助は焦ったようにわたわたする。
ごめん…本当ごめん。

でも私は、自分の今の境遇からして
芹沢さんの言いつけを破ったりしたらどうなるか身に染みてる。
だからこそ、有り得ないと思った。

他の人ならともかく、よりにもよって芹沢さんの宿を忘れるとか
今近藤さんが生きていることが不思議なくらいの暴挙だ。
切り殺されても文句なんて言えないかもしれないのに。


「近藤さんは必死に頭下げたけど、芹沢さんは中々許してくれなくてさ」
『…』
「…で、さ…その後、芹沢さん…何したと思う?」
『わ、分かんないよ…もったいぶらないで教えて』


何か…胃が痛くなってきた。
多分平助の言葉の先は怖ろしいものなんだろう。
聞きたいような、聞きたくないような…と思いつつも
やっぱり続きが気になって気になって仕方なくなる。

すると平助は、華奢な体を僅かに身震いさせて
心痛そうにぼそりと言った。


「…火、付けちまったんだよ」
『………はっ?』
「近くにあった建物壊して…焚き火だって言いながらさ」
『………』


く…口から魂が出て行きそうだ…
私は激しい眩暈を感じて、卒倒しそうになった。

気が狂ってるとか常識外れとか
芹沢さんを形容する言葉は色々あったんだけれど…
ここまで常軌を逸したことをしているとは思わなかった。

あの人は、本当にトチ狂っている。

平助はその後も、溜め息交じりに状況を説明してくれた。
信じられないような、芹沢さんの行為を。


芹沢さんは「宿がないなら仕方あるまい」と嘯くと
オレ達が駆けつけても尚、焚き火を延々続けててさ。
近藤さんは責任を感じて、真っ青になっちゃってて…
土方さんと総司は近藤さんを尊敬してるから、
近藤さんをそんな目に遭わせた芹沢さんを斬っちまいそうだった。


「やめろ!トシ!総司!!」


でも、そんな二人を止めたのは近藤さんだった。
オレが今まで見たこともないような怖い顔で
聞いたこともないくらい大きな怒号張り上げて、二人を制止した。

で、芹沢さんに向かって土下座しちまったんだ。

オレ…滅茶苦茶悔しくてさ。
確かに宿取り忘れたのは悪かったけどさ
ここまでさせる必要なんてないだろ?
近藤さんのそんな姿見て、言い表せないくらい歯痒かった。

それでも芹沢さんは、全然許してくれなくて
近藤さんが土下座し続けてもずっと焚き火を止めようとしなかった。
それを見てた総司がついに我慢出来なくなったみたいで…
刀に手を掛けて、鯉口を切ろうとしたんだ。

でも、今度は土方さんが総司を止めた。

心底悔しそうに顔を歪めて総司は食って掛かったけど
土方さんは絶対に芹沢さんを斬ることは許可しなかった。
「近藤さんに恥かかせんじゃねェ」って、そう言ってさ。

だけど、オレは思うんだ。
状況が許せば、芹沢さんを斬ってたのは土方さんじゃねェかって。
だってさ、総司を叱りながらも土方さん、ずっと芹沢さんを睨み付けてた。
底冷えするような、でも滾るような怖い目をしてさ…

『斬ってやりてェ』って言わんばかりの表情、してたんだ。