ひやりと冷たい風が、肌を突き刺す。
私は身を震わせると、一つの部屋の前に立ち止まった。
そのまま、部屋の障子をゆっくりと開く。
『…三成様。お体に悪いです、どうか、一口だけでも召し上がって下さい。』
「…。」
返事は、ない。当然と云えた。
彼が私の言に反応することなど、ない。
彼の心を動かすお二方は、最早この世にはいない。
今この城にいるのは、私と数人の下女のみ。
他の者達は我先にと暇を乞い、去って行ってしまった。
城内はしん、と静まり返って、虫の音すら聞こえてこない。
『…。』
皆、復讐しか頭にない三成様を恐れている。
元々人と深い関わりを持とうとしない方だ。
狂鬼の様な彼の傍に、尚も連いて行こうというものなど、皆無に等しい。
…そして、皆去ったのだ。
…けれど、私は違う。
彼の傍を離れられない、理由があるから。
『…三成様、お伺いしたいことが御座います。』
「…。」
『五年前、貴方様が粛清なさった豊臣の一家臣を、覚えていらっしゃいますか?』
「…知らん。そんなもの、一々覚えているものか。」
彼が言葉を返したことに驚きつつ、私は目を伏せた。
…思った、通り。
三成様が、覚えていらっしゃるはずなどない。
分かりきっていたのに…。
それでも、覚えていらっしゃるかも、と望みを捨て切れなった私は、愚かなのかしら。
しようとしていることは、結局変わらないのに。
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