なん、で…?


その疑問は声にならなくて、ただ目を真ん丸にして顔を見上げる。

どうやら背後からの衝撃は狼ではなく、アントーニョが俺を抱きすくめた衝撃だったようだ。


今は膝を付いて全身で俺を抱き締めるアントーニョも、呼吸をするたび肩が大きく上下している。

もしかしたら全速力で駆けて来てくれたのかもしれない。

その様子を想像したら、また涙が溢れてきた。




「よしよし、泣かんでえぇよロヴィ。親分が来たからにはもう怖いものなんてあらへんで」




嗚咽を漏らす背中を、ぽんぽんとあやすように撫でる。

それだけのことなのに、今の俺には酷く安心して。





「──…さて、と」





傷だらけの手の甲で涙を拭っていると、アントーニョが剣呑な空気を出して低く呟く。

その変わりように緊張して視線の先を追えば、そこには俺を殺そうとしていた狼が居た。




「ひっ、ぁ…ッ」

「大丈夫」




短く声を上げてアントーニョの身体に縋れば。視線をそちらにやらないように、抱き締めた腕でやんわりと頭を包まれる。

視界にアントーニョの腕が来て、ピンと糸を張ったような緊張感だけが残った。


この感じは、この雰囲気は、いつの時代のものだろう。

いつもような、ふにゃらとした空気を醸し出すアントーニョとは違う、突き刺すようなオーラ。


昔はあの眉毛よりも恐ろしかったと言う話を聞いたことがある。

その時はそんなバカなと鼻で笑ったけれど。成る程、確かに今の彼の放つ空気は恐ろしい。

守られている筈なのに、此方まで萎縮してしまう。




──グルル…




狼が低く喉を鳴らす。

でもその声はさっきよりも怯えているように聞こえて。





「…行ねや」





張り詰めた空気を突き刺すように、無駄な感情は入れずにただ告げる。


息を飲む声は自分のものか、はたまた狼のものなのか。

喉を鳴らすのを止めた狼は、口を閉じ、落ち葉を擦りながら後ずさるように去っていった。







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