「弦一郎、もうその辺にしてやってくれないか」




水紋を撫でるような声に振り返れば、そこにはいつの間に入ってきたのだろう。

軽く流れる汗をタオルで拭う、柳が居た。



「蓮二!」
「蓮ちゃん!」



同時に名前を呼ばれるも、含む意味が違う二つの声に、困ったような笑みを浮かべる。

"まったくこの二人は"

そんな声が聞こえて来るような気がした。



「弦一郎。コートで部員たちが待っている。行ってやってくれないか?」

「あ、あぁ。すまない」

「麻帆。あまり弦一郎をからかうな。仮にも先輩だぞ?」

「ごめんなさい‥」



すっかり大人しくなった二人に、仁王は心の底から感心する。

真田の諌め役、兼麻帆の操縦士。参謀の呼び名は伊達ではなかった。




「──ブン太」




出ていく二人に続いて行こうとするブン太を呼び止めて、振り返ったブン太に手招きをする。

面倒臭そうに頭を掻きながら戻るブン太に、麻帆が不思議そうな顔をした。




「何を言われるか、分かっているな?」

「‥ったく。跡部と言いお前と言い、お節介焼きが多すぎんだよ」

「ほぉ。跡部にも言われたか」




何を言われたのか予想が付いたのか、柳がくつくつと喉の奥で笑う。

同い年なのにこの余裕。
妙な劣等感を抱いてしまうのは昔からだ。



「今日は何だよ。また甘やかせ過ぎだの何だのって話か?」

「分かっているなら話は早い」



お前にしては上出来だとでも言うような表情をされ、内心つまらないブン太は後ろにあったロッカーに凭れ掛かる。

相手の心の中なんてお見通しの蓮二は、それでも構わずに続けた。



「暴走した麻帆を止められるのはブン太だけだ。これは権利でもあるが義務でもある。分かるか?」

「止めるのは柳だって出来んだろ」

「立場が違うだろう」


「俺が止められるのは麻帆を昔から知っているからで。ただそれだけに過ぎない」



──だが、お前は違うだろう?



上げられた語尾に、それ以上は聞かずとも理解できて。



「へいへい」



跡部の時のように御座なりに応えを返し、ロッカーから背中を離して扉を開けた。




「…なぁ。何でお前さん等は付き合うとるんじゃ?」

「おわっ!?二人と一緒に出てったんじゃないのかよ」




テニスコートへと向かう途中、いつの間にか隣で歩いていた仁王に声を掛けられる。

驚いて声を上げれば、イリュージョンぜよ、と言って不敵な笑みを浮かべる仁王。

うそつけ。ちゃっかり部室に居ただけだろうが。




「あー、何でって言われてもなぁ…」




ラケットの持ち手の先を人差し指に乗っけて、器用にくるくると回しながら歩く。

このタイミングで何故聞くのかは分からないが。
退屈な話にうんざりしていた所だ。

気分転換も兼ねて、少しだけ思い返してみるのも良いかもしれない。






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