「…ッ!?」



まともな叫び声も上げられないまま押し倒されて、咄嗟に顔を上げれば。

目の前には吸引口が付いた何かのスプレー。


それを持ったパーカーの男が笑い、奈倉が私を押さえつけようと手を伸ばしてくる。




「ッや、あ‥!」

「ごめんねぇ、騙しちゃって」

「おい、早くしないと人が来るぞ」

「分かってるって」




必死に足掻こうとすれば両腕を押さえつけられ。
顔を背けようとすれば額を押さえつけられる。

ドアを閉められ、吸引口をあてがわれ、男が小さく笑い声を漏らした瞬間。




「──…え?」




緊迫した空気には合わない。
間の抜けた声。


奈倉が不審に思い、スプレーを持っていた男の方を見れば。

たちまちその男の顔が青くなっていく。




「おい、どうし──!?」




驚いた。


何かを我慢する表情から、強張る身体に視線を移せば。

その男の太腿に─否。
その男の股間に、下から突き上げられた膝がめり込んでいるではないか。




「──ッお前!」




その声は勢いよく開かれたドアの音にかき消された。


緩く閉められていたハッチバックドアを突き破って、パーカーの男がコンクリートの上をゴロゴロと転がる。


そのまま砂埃を立てながら止まった男は。

声も上げぬまま、口から泡を吹いて昏倒していた。







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