この [5/9]
記憶のない私を助けてくれた宗近さんは私にとって唯一の支えになっていった。
山の中腹にある、簡易的な小屋を拠点にして私たちは生活している。

「宗近さん」

「ん? どうかしたのか?」

宗近さんは湯飲みを持ったまま私に微笑みかける。
なんだかその微笑みが嬉しくて心が温かくなる。

「いえ、名前を呼んだだけです」

そう言うと、きょとんとした顔になる宗近さん。

「はっはっはっ、そうか。では……、雪路」

突然笑いだしたかと思えば、私の名前を呼ぶ。

「なんですか?」

「うむ、呼んだだけだ」

それがおかしくて、私は吹き出してしまう。

「さっきのお返しですか」

「なんのことやら」

絶対に仕返しだと思う。



ずっと、こんな風に宗近さんと一緒に居られたら良いのに、と私は考えた。


「お、これはこれは。雪路」

「また呼んだだけでしょう」

やっぱり仕返しなんじゃ、と呆れていると、どうやら違うようだった。

「見よ、茶柱が」

「あ、本当だ!?」

宗近さんの湯飲みに入ったお茶には、茶柱がぴんと立っていた。

「良いことが起きるやもしれぬな」

「でも、それって秘密にしていたほうが良いと聞いたような気が……」

「そうか? まぁ、茶柱が立っていようとなかろうと、俺は雪路と居られればそれで良いぞ。……少々、格好をつけすぎたか?」

「っ!? もうっ、宗近さんったら」

恥ずかしくて頬が熱い。
きっと私は顔を真っ赤にしているだろう。





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