月浪 [18/21]
・キーワードは『餌付け』。
・夢主はド天然。
・犬だと思ってたら狼だった。
・というかヴァンパイアだった。
・だけどド天然だから全然分かってない。・盛大なキャラ崩壊
・シン目線










帰ってきてリビングに入ると、そこには彼女と兄さんがいた。ソファーに座る兄さんの膝の上に乗せられた彼女が手にしているのは兄さんの好物である生ハム。銀色のフォークに刺さるピンク色のハム。色だけなら兄さんみたいだ。


「えっと、……カルラ兄さん?」

兄さんはそれを嬉しそうに口に入れていた。所謂、「あーん」の状態。

「あ、シンくん。お帰りなさい、おじゃましてます」

「何だ」

さっきの嬉しそうな顔は消えて、いつもの何を考えてるか分からない顔になった兄さんがオレを見てそう言った。

「ううん、何でもないよ」

多分、彼女といる所を邪魔されたからだと思う。

「シンくん」

「何だい?」

この状態で話しかけられるのは勘弁して欲しいな。

「あのね、シンくんにも」

「え?」

彼女は兄さんにフォークを渡して膝から降りると、オレに近づいた。

「ナッツ、好きだよね?」

上目遣いが……。じゃなくて、後ろのカルラ兄さんが怖い。鋭い目がさらに鋭くなった兄さんは狼みたいだ。まあ狼になれるんだけど。

「ありがとう。……ゆっくりして行きなよ、オレは部屋に戻るから」

「うん」

可愛いと思うことさえ兄さんは許してくれないらしい。オレはリビングを出て自分の部屋に戻るのだった。





確か、あれは三年前くらいだった。狼の姿であるオレたちを犬だと勘違いした彼女が餌としてハムを与えてきたのは。買い物袋から取り出して目の前に出した時は警戒した。

『大きな犬さんですね、迷子ですか?』

でも、ニコニコしながら彼女はそう言ったのだ。迷子の訳がない。獲物を探していただけだ。

『兄弟みたいですけど、お兄さんは銀色の犬さん?』

どこを見たら毛色の違うオレたちを兄弟だと分かるのだろうか。と、その時思うのだった。
兄さんが口にするはずがない。そう思っていたのに、兄さんは予想を裏切ってハムを口にした。


『首輪がないけど、どこかのお家の子なのかな』

ハムを口にする兄さんを微笑ましそうに見ながら彼女は言った。

『ん? あなたも食べてね』

じっと見ていたことに気がついた彼女はオレにハムを勧めた。
その笑顔が可愛いだなんて柄にもなく思えてきて隠すようにハムにかじりついたのを覚えている。


「よく考えてみたら、彼女に会ってから兄さんは変わったような」

いや、変わったのはオレもかな。

彼女にもらったナッツを噛みしめながらその日は部屋にずっといた。リビングに行ったら兄さんに無言の圧力をかけられるからだ。


そういえば、彼女に本当のことを伝えた時に彼女が返した言葉……、何だったかな。

ああ、そうだ。

『やっぱり、カルラさんがお兄さんなんですね。大正解でした』

彼女は天然なのか、ただの馬鹿なのか。ふつうヴァンパイアって聞いたら怖がるとかさ、もっと別の反応があるだろ? なのに彼女は嬉しそうに笑ったのだ。


『カルラさんとシンくんがどんな姿形をしていても、カルラさんとシンくんなのは変わりませんよ。あ、でもあれは犬さんじゃなくて狼さんだったんですね。格好良いです』

ヴァンパイアであることより先に狼だったことに驚く彼女に驚かされた気になった。


「もうすっかり餌付けされちゃったよ」


オレが今、口に放り込んだナッツ。
リビングで兄さんが食べていた生ハム。


「飼い主でもないのに、彼女に首輪を付けられたみたいだね」

オレも兄さんも。


でも不快感はない。


「一体あの子は何者なのかな」



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