ルキ [13/21]
『ルキは優しいよ……、優しいから、嫌い』


俺の腕の中で死んだ貴女が今でも忘れられない。
孤児院に連れてこられたばかりの時に、最初に話しかけてきたのは彼女だった。俺は目を疑った。同じ貴族であった彼女がどうしてこんな場所にいるんだと俺は聞いた。 彼女が実はその家の子どもではなく、彼女の母親と使用人の不手際で生まれた子どもだったのだ。そのことに気付いた彼女の父親は彼女の目の前でその母親を見せしめに殺したのだとか。父親は彼女を孤児院に放り込むと愛人と共に消えた。


「わたし、なんで死なせてもらえなかったんだろう」

その言葉に答えることはできなかった。


後にコウやユーマ、アズサに出会って、孤児院で不当な扱いを受けるものの「生」にしがみついて生きてきた。
俺と三人と彼女はよく一緒になるようになって、何かをするのも一緒だった。

――彼女が身体にアザを作って外から帰ってくるまでは


「おい、そのアザは」

「何でもないよ」

「そんな訳ないだろう」

「何でもないったらっ!!」

「っ!?」

「あ……、ごめん。わたし、もう……ルキたちと居られないや」


泣きそうな顔をして彼女は走っていった。それから、彼女が俺たちに話しかけたり、近づいてこなくなった。
次第に彼女は身体中をアザだらけにしていた。唯一綺麗なのは顔だけだった。



『おい、聞いたか?』

『何をだ?』

『ほら、貴族に気に入られてるガキのことだよ』

『ああ、貴族様の慰みものになってんだろ?』

『そうそう、そのお得意様がそのガキを買いたいんだと』

『ま、あれは顔だけ綺麗だからな。身体中はアザだらけなのによ』



孤児院の大人たちがそんな話をしているのを聞いて戦慄した。
彼女が慰みものになっていただなんて知らなかった。
俺はすぐにこの薄汚い孤児院から彼女と三人をつれて逃げようと考えた。彼女がその貴族の元に連れて行かれる前に。




「ここから逃げる」

「それ本当なの? ルキくん」

「ああ」

「でもよ、あいつはどうすんだ」

「もちろん一緒にだ」

「……大丈夫かな、彼女」


三人に告げてから、俺は彼女にも逃げることを告げた。


「逃げる? ……どこに逃げるの、それにわたし、ルキたちといられないよ」

「お前のことは聞いた」

「え?」

「だから一緒に行こう」

「でも、わたしはこんなに汚い。汚れちゃってるんだよ」

「この世に汚れていない人間なんてどこにもいない。俺だってそうだ」

「……良いの? わたしも一緒に行っても」

「だからそう言っている」

「うん……。ルキ、ありがとう」

今でも覚えている。
彼女の最後の微笑みを。




「はっ、はっ……」

彼女の手を引いて走る。細くて小さな指に何故か切なさが込み上げた。コウやユーマ、アズサも後から走っていた。


「そっちだ!!」

「いたぞ!!」

逃げ出した俺たちに気付いた大人たちが追いかけてきていた。

「足をねらえ! 女のガキは打つなよ!!」



猟銃を構えているであろう大人たちはまるで獲物を狙う狩人のようだった。

「くそっ、無理なのかよっ」

「ルキくん、っは、どうするの?」

「くっ、バラバラになって逃げよう。それなら逃げられる確率もあるはずだ」


「分かった……」


俺たちはバラバラに逃げた、ただ彼女だけは俺が手を引いて一緒だった。


「はっ、……はっ。大丈夫か?」

「大、丈夫だよ、ルキ。わたしたち……逃げられるよね?」

「ああ、俺たちは逃げられる、だから」


――だから俺と一緒に生きよう。
そう言葉を発しようとした時だった。

「ルキっ!? 危ない!!」

パンッ、という破裂音がして、彼女は俺に被さった。

「おいっ!? 何、が…………っ!!」


「よ、かった……、ルキ。けが、してない?」

彼女は背中に受けた銃痕から血を流していた。ゴフッという嗚咽と共に彼女の口からも真っ赤な血が流れた。

「なんで庇った!?」

「ルキ、……わたし、ずっと死にたいと思ってた。……でもね、……今、は、違うの。わたし、ルキと一緒にいたい。ルキと…………、ずっと生きてたいって、思ったの」


「止めろっ、俺が逃げ切ってお前を助ける!! だから諦めるな」

「も、……う。無理、だよ」

俺たちを狙う狩人(おとな)たちの足音が聞こえてきた。

「くそっ、しっかりしろ。死ぬな」

「ルキは優しいよ……、優しいから、嫌い」



その言葉の意味を、焦っていた俺は理解できなかった。


「死ぬな、死ぬなよ。……俺と生きたいのなら、止めてくれ」

「優しくて、逝けなくなるから……だから嫌い。…………ルキ、ごめん、ね……」


「そんな……、目を開けろっ、俺の名前を呼べっ、生きたいと……一緒にいたいと言っただろう!?」





彼女はピクリとも動かなくなった。ぬくもりは次第に消えてゆき、感じたのは「死」の冷たさだった。



「おいっ、女のガキを打つなといっただろうが!?」

「こいつを庇いやがったんだよ!! だから俺は悪くねぇだろ」



ああ、お前らは悪くない。
守れなかった俺が悪い。
この世界全てが悪い。



だから、だから俺は何一つ守れないんだ。




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