小説 | ナノ


三つ子の長男であるアヤトは、机に向かいながら頭を悩ませていた。

勉強部屋に並んだ三つの机。アヤトの隣にはカナトが座っており、その隣にはライトが座っていた。カナトとライトは今日の宿題である書き取りをしている。
部屋はペンが紙を滑る音だけ。何故アヤトが頭を悩ませていたのかというと……。


「だぁーっ!? もう分っかんねーよ!!」


それはアヤトの今日の宿題が計算問題だったからだ。
三つ子には一人の家庭教師がおり、その家庭教師に毎日宿題を出されている。時々こうして、一人だけ違う宿題を出してくる為、三つ子は苦手だった。

「うるさいです。アヤト」

書き取りを中断してアヤトの方を向いてカナトがそう言う。カナトの膝には母親であるコーデリアが作ったクマのぬいぐるみが座っている。

「んふ、あー良かった。今日は書き取りで」

ペンを机の上に置いたライトは伸びをしてそう言った。


「なんで、んな問題しなきゃなんねーんだよ」

まだ書き取りの方がマシだろ。とアヤトは続ける。

その時だった。三つ子のいる勉強部屋の扉が開く音がした。

「アヤト、カナト、ライト」

入ってきて三つ子の名前を呼んだのは、彼らの母親のコーデリアであった。その表情は慈愛に満ちたものだ。

「宿題は終わりました?」

三人のいる机の近くまで歩いてきた彼女はそう言う。

「母様、僕はおわりましたよ」

「ボクも終わり〜」

彼女が現れると不機嫌だったカナトの表情が笑顔になる。終始笑顔のライトは更に笑みを深くして答えた。
しかし、アヤトだけは別だった。

「……」

未だに最後の問題が解けないアヤトは無言で答える。

「どうしたの? アヤト」

無言のアヤトにコーデリアは疑問を持ってそう言った。

「……」

カナトとライトがいる前で言いたくないのか、恥ずかしいのか口に出せずにいると、それを察してコーデリアは二人に席を外してもらうように呼び掛ける。
勉強部屋にはアヤトとコーデリアだけが残った。


「アヤト、今日は貴方の日だったのですね」

「……うん」

二人が居なくなるとアヤトはやっと口を開いた。その様子を見たコーデリアは、ふふっと微笑む。

「ノインも考えものですね」

ノインとは三つ子の家庭教師の名前だ。ノインはコーデリアの子供の頃の家庭教師だったこともある。銀髪に黄色と水色のオッドアイを持ち、かなり背が高い。見た目は若いが、実際の年齢は100を越える。

「……あいつ嫌い。あいつ絶対、……俺のこと嫌いなんだ」

アヤトはコーデリアの腰に抱きついて顔を埋めながらそう言った。

「あらあら」

そんなアヤトを優しく撫でながらコーデリアは何を言おうか考えていた。

「母さんは好き」

「私もアヤトが好きよ」

同じ目線になるようにしゃがんだコーデリアはアヤトを抱きしめてそう言う。

「アヤト、ノインは別に貴方のことが嫌いな訳ではないのですよ。貴方のことを想ってしているだけなのです」

「でも」

「私の時もそうでした。違うのはその頻度でしょうか。私は一人娘でしたから、アヤトやカナト、ライトのように時々ではなく常日頃でしたよ」

泣きそうになった時もありますが、それが自分の為だと分かるとノインがどれほど私のことを考えていていたのか痛感しました。 とコーデリアは言う。


「……俺、もう少し頑張る」

顔を上げてアヤトはそう言った。

「分からないのなら頼っても良いのですよ? 貴方には頼れる人が沢山いるのですから。カナトやライト、それに私も」

宿題ですからノインは教えてくれそうにありませんけれど、ヒント程度ならくれるはずですよ。

ニコリ、と微笑んだコーデリアを見たアヤトはいつも見ているはずなのに、何故か見惚れてしまった。

「次からはそうしてやる」

赤くなった顔を隠すようにアヤトはコーデリアの胸に顔を埋めたのだった。

「では、今日の宿題が終わった後はおやつにしましょうね」

「うん」


アヤトはもう一度ぎゅっと抱きついた。








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