それは私が森で薬草を採っていたときでした。 自分のことは自分でする、活発な母の遺伝子を受け継いだ私は、お城の近くの森に行くことが一つの楽しみでした。本で見た薬草を探しては、薬を作ったり、森に咲いている花々を摘んで部屋に飾ったりしています。 今日もそのつもりで森に向かいました。魔界の森はそれほど禍々しくはありません。むしろ若々しい緑で溢れ、生き生きとしています。上等な薬草が採れるのはそのおかげです。 ついて早々、私は薬草を探します。まず目に入ったのは傷に効く『ノーク草』という薬草。そのまま傷に当てても大丈夫ですが、私はすりつぶしてクリーム状にしています。 次に目に入ったのはきつけ薬に使う『フーラ草』という赤い薬草。煮詰めると更に血のように真っ赤になります。 他にも沢山の薬草を見つけては、籠に入れていきました。 そして、私が『マウラ』という碧色の花を摘もうとしていると、茂みがガサッという音を立てました。不思議に思った私は、茂みの中を覗きました。すると、そこには血を流した男の人が木の幹に寄りかかっていました。先ほどの音は、彼が座ったときの音でしょうか。男の人は苦しそうな顔をしています。それに気づいた私は、彼に声をかけました。 「あの、大丈夫ですか?」 大丈夫そうではありませんが、私は一応そう聞きました。 「……大丈夫そうに、見えるか?」 彼は顔をしかめながら答えました。 「いえ。……怪我をしていますが、何かあったのですか?」 私はそんな彼に近付いて側に行きます。薬草の入った籠ともうひとつの籠を片手に。 「キミに言うことじゃない」 「そうですか」 彼の言葉にそう答えた私は、傷を診ようと手を伸ばします。 「なっ!? ……触るな」 「大丈夫ですよ。傷を診るだけです」 驚いている彼を落ち着かせようと、私はなるべく優しい声と笑顔をかけます。 「っ……」 そうすると、彼は大人しくなってうつむいてしまいました。少し顔が赤いようですが、私にはよくわかりませんでした。 赤く染まっているシャツの袖を捲って傷を探します。何かに切られたような小さな裂傷が腕にありました。 薬草の入った籠とは別の、蓋付きの籠から水瓶を取り出して、水で傷口を綺麗にします。 「いっ……」 「ごめんなさい。でも、綺麗にしないとバイ菌が入るから」 取り出した清潔な布で傷口を拭きます。そして採っていたノーク草をそのまま傷に当てました。 「……これは?」 「傷に効く薬草です」 ノーク草の上にハンカチを巻いて固定します。それだけでは足りないと思った私は自分の着ていた白いスカートの裾を破り、彼の腕に巻いているハンカチを包むようにしました。 「おい、それは……」 「平気です。貴方の傷を手当てする方が大事ですから」 服の代えはありますが、貴方の代わりの人は何処にもいないんです。だから大丈夫。 と、私は彼に言いました。 「キミは」 「?」 「いいや、なんでもない。助かった、礼を言う。」 そう言って立ち上がった彼は立ち去ろうとしました。けれどまだフラフラしています。 「まだ動いたら」 「気にするな」 「でも。……では、これを」 私は籠に入っていた碧色の花を彼に渡しました。 「マウラという花です。煎じて飲むと傷に効きます」 「…………ありがとう」 はっとした表情の後に彼は困った顔をしながら、それでも花を受け取って去って行きました。 その時の私は、再び彼に出会うことになるとは知りもしませんでした。 back |