Title by 確かに恋だった


――すべてが、終わった。
長く続いた戦争は、ナルトの活躍によって幕を閉じた。
あいつはこの里の、世界中の人々の笑顔を取り戻した。

その瞬間から、いったいどれだけの歳月が過ぎただろう?
野一面に落ちていた桜の花びらが姿を消したころ、木の葉の里は昔と変わらぬ穏やかさを取り戻し始めていた。





「決めるべき相手がいないならば、ヒナタの相手は見合いで決めるしかあるまい」

それは私用で火影に用があり、火影邸の執務室の前に来たときに聞こえた言葉。
見知った人物の思わぬ台詞に、オレはドアを開ける手を止めた。
今の声の主は、日向家当主のヒアシ様、オレの叔父であり、オレの従妹であるヒナタ様の父親のものだ。間違いない。亡き父によく似た声を持つその人の声を、間違えるわけがない。

決めるべき相手。
いない。
見合い。
ヒナタ。

聞き取ることができた台詞から、理解が必要な単語を抜き出して頭の中で整理する。
どれくらいの時間を必要としただろう、言葉の意味がわかったとき、オレの頭に浮かんだのはヒナタ様の年齢だった。
ヒナタ様は今年の冬に18歳の誕生日を迎える。忍の世界では18歳は結婚適齢期だ。
オレも同期のテンテンやリーも、すでに18歳を迎えているが、誕生日など数える暇もないほど、去年は忙しく、結婚のことなど考える余裕は当然無かった。
そうだ、忘れていた。ヒナタ様ももう「そういう歳」なのだ。

…決めるべき相手、か。
おそらくそれは彼女の意中の相手や恋仲のことだろう。
うずまきナルト。此度の戦の「英雄」、それが彼女の意中の相手だ。まだ彼女が幼かったころからずっと見つめ続けてきた存在、それがあの男だ。

ヒナタ様の胸の中にいるあの男の存在を、おそらくヒアシ様は知らない。
知っていたとして仮に、ヒナタ様との結婚を無理やりにでも取り付けるようなことをあの人はしないはずだ。
冷たくあしらっているようだが、ヒアシ様は誰よりも彼女を父として大切に思っている。そうでなければ彼女は「落ちこぼれ」と呼ばれていたあの下忍時代、とっくのとうに廃嫡されているはずだ。
それほど娘を大切に思っているあの人が、ヒナタ様が悲しむような道を選ぶとは思わない。

というところまで考えて、ようやくオレは自分のいる場所と状況を思い出す。
先客がいるならば立ち去るべきだと、今更気づいたオレは早足でその場から離れていった。

****

この話を思い出したのは、ヒナタ様の買い物についていったときだった。
彼女は最近、女中たちの仕事を手伝っている。
戦争で家を失った女中や、生活が苦しくなった女中も沢山いる。早く仕事を切り上げて家族との時間をすごしたいと思っているものも少なくは無いだろう。戦争は家族との絆も奪うことが多い。
そんな彼女たちのため、少しでも力になれるのなら、と。
しかし忍として力はあるとはいえ、やはり彼女は女性だ。女に食料や生活雑貨品を運ばせるというのは心苦しい。ゆえに、オレも彼女に協力しているのだ。

そのための買い物に来ていたときだ。
唐突に先日のヒアシ様の言葉を思い出したのは。

「そういえばヒナタ様、ナルトとはどうですか」

そしてオレのこの言葉もなかなかに唐突なものだったと思う。
だがこの手の話題、切り出す機会はなかなか無い。これは仕方ないと、オレは心の中で苦笑した。

「えっ・・・あ、会ってないよ…最近は…。たまに話しかけてくれたりとかはしてくれるけど…任務もあるし…あまり…」
「なら、貴女から話しかけてみてはどうですか?なるべく話題をつなげてみるとか」
「で、でも…ナルト君にも、用事が…」

うつむき顔を赤らめる彼女に、少し安心した。元来の彼女の性格は何一つ変わっていないようだ。
この分なら、彼女一人の力では、ナルトと恋仲になるなど万に一つの確立ほどしかないだろう。
だが、これでは駄目だ。あの男は意外とモテる。以前よりも格段に強くなったあいつを、見直した女の数は少なくない。
このままではいずれあの男にもそういう中の女が出来てしまう。そして失恋したヒナタ様は、下手をすれば顔も知れぬ男と見合い結婚やら政略結婚をする道を行かねばならぬに違いない。
あのヒアシ様本人がそうおっしゃっていたのを、オレは確かに聞いたのだ。

…正直、辛い。
だが、考えても見ろ。あの人がオレといて幸せになれると思うか?
オレはかつて、あの人を死の淵にまで追い詰めた。自分の一方的な憎悪で、勘違いとはいえ彼女を傷つけた。
和解した、仲良くなった、ここまで近づくことが出来た。だが彼女の胸の奥底には、きっと今もそのときの傷が深々とついているはずだ。

オレといても、彼女は幸せにはなれない。
そんなオレが彼女にしてやれることは、

「…協力して、差し上げましょうか?」
「…え?」
「オレが、ナルトと貴女の仲を取り持つと言っているんです」
「そ、そんな…っ悪いよ…それにそんな無理やり…」
「無理やりなんかではありませんよ。必要なのは貴女の勇気だけですよ、オレはその背中を押してやるだけです」
「…でも、」
「オレでは、頼りになりませんか?」

留めの一撃。昔から彼女は、人の頼みを断ることを苦手としている人だった。
本当はここまで無理に押す必要なんて無かった。
だがおそらく、時間は限られているはずなのだ。

(…ヒアシ様もそろそろ御歳だ。結婚適齢期云々というより、早く孫の顔を収めておきたいんだろう)

オレがそう心の中でつぶやいたのと、ヒナタ様が「お願いします」と小さくつぶやいたのはほぼ同時のことだった。

人は永遠に嘘を吐きつづける事など出来ないと知っていながら、
(それでもとオレは貴女に笑いかけるんだ)

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