あなたはいつもこの手を繋いでいた。
守るように、慈しむように、ずっとずっと傍にいてくれた。

いつからだったんだろう、優しい関係が泥のようで水のようなナニカに変わってしまったのは。

気づいたときにはもう遅い、よくある話だと始まりの舞台で密やかに笑った。





式は、もう始まったのだろうか。
彼女は今、笑っているのだろうか。オレが望んでいたように、笑っているのだろうか。
隣にいるあいつはどんな顔をして彼女に永遠の誓いを立てているのだろうか。
想像してみようとすっと目を閉じる。その度に、胸の痛みが夢想から現実へと引き戻す。
その繰り返しに耐え切れなくなり、ついに冷蔵庫の中身に手を伸ばす。現実から逃避できる都合の良いそれを求めて。しかし普段から好き好んで酒を飲む習慣のないオレの冷蔵庫の中に、そんなものがあるわけが無い。ならば買いに行こう、そう思い財布を手に掴んだ所で立ち止まる。外は晴天。今日という日にふさわしい、晴れ。こんな陰鬱とした気分のまま、そんな明るい場所には行きたくはなかった。

ついに何か行動を起こす気もなくなったオレは、そのまま床に寝そべった。冬の空気にさらされて冷たい床。暖房はさっき音が煩わしいと電源を落としてしまったままだ。
ふるりと体を震わせる。このまま眠りについてしまって、目を覚ますこともなくなってしまえばいい。ああ、でも今オレがここで息絶えたら、幸せな今日という日に泥がついてしまう。
そこで我に返り起き上がる。無機質なチャイムが家中に鳴り響いたのはそのときだった。

「…?」

こんな日に誰だ、と顔が自然とゆがむ。
オレを訪ねてくるものなど、同期か任務を共にしてそれなりに話をするようになった奴ら…大体ヒナタ様の知り合いだ。
悪質な悪戯かその辺だろうか。居留守を使って無視をしてもいいが、今のオレは少々虫の居所が悪い。泣かせるまで追い詰めるつもりは無いが、説教をすることで少しは気がまぎれるなら、それもいいだろう。オレはそのチャイムの主をピンポンダッシュと勝手に決め付け、ドアを開ける。

「……」

絶句した。
言葉が出ないとは、まさにこういう状況のことを言うのだろう。
ドアを閉めようかと、少し迷って止める。代わりに視線を少しそらして、言葉を捜す。
なぜ貴女がここにいるのか、貴女はこれからどうすべきか、聞いて、それから相談に乗って、一緒に謝りに行く。そこまで考えて咳払い。視線を戻す勇気は無かった。

「…なんで、ここにいるんですか」
「……」
「式は、ナルトとの式はどうしたんですか」
「……」
「昨日…貴女がオレを呼んだときの、あの笑顔はなんだったんですか」
「気づかなかったの」
「…は?」

少々言葉きつめに問いだ出しても、彼女は質問には答えず、かわりに別の言葉を発する。
ちらりと戻した視線の先には、泣きそうな、それでも決意をこめた表情をした彼女が、夢に見た白無垢のドレスをまとって立っていた。走ったのだろうか、よく見るとそのドレスのすそには泥や、破れた後。転んだのだろうか、赤い血が滲んでいるのが見えた。
転んだならば手当てを、そう言おうと口を開いて、飲み込む。今は、それをいう場面ではない。まずは聞こう、「気づかなかった」というその言葉の意味を。
まっすぐ向き合った先のヒナタ様は、切なそうに顔をゆがめていた。

「…3歳の誕生日、15年前のこの日から、ネジ兄さんはずっと私のそばにいてくれたよね」
「…ずっと、ではありませんよ。オレは父を殺されたあの日からは」
「ううん、私、気づいてたの。修業の最中に雨が降って、走って家に向かう途中で私の傘が落ちてたり。怪我をして、でも父上に話したら叱られるんじゃないかって、だから我慢して眠った次の日、枕元に薬と包帯があって。…兄さんは、そうしていつも私を助けてくれた」
「…そんなもの、助けのうちには。オレが平生からあなたにしたことと比べれば大したことでも」
「ううん、そんなことないよ。あのときの私には…その優しさが嬉しくて、嬉しくて・・・兄さん、前に私に言ったよね。『私は優しすぎる』って…でも違うわ、本当に優しかったのは、いつもネジ兄さんだった」

ふっと、彼女の表情が曇る。
どうしてそんな顔をするのだろう。今日は、今日は貴女にとっての大切な日で。…などと、言葉をかけても全てはもう無意味だということは、もうオレにも分かっていた。
浅ましい自分が陰で笑う。やめてくれ、オレは誰にも聞かれない程度の声で、そんな自分を追い払った。

「仲直りして、また昔みたいに仲良くなれて、兄さんは誰よりも優しくて・・・私は兄さんという存在に甘えていたの。優しい兄さんはこれからもずっとそばにいてくれる、それはこれからもずっと変わらなくて、だから…だから、私は自分の気持ちにすら気がつけなかった…っ」
「っ…ヒナタさま、」
「兄さん、ごめんなさい。せっかく協力してくれたのに、ごめんなさい。私、兄さんが好きです。ネジ兄さんが、好きなんです。ずっと…ずっと前から、好き、兄さんが好きなの」

わっとヒナタ様がオレの胸にしがみついて泣き崩れる。
浅ましい自分が歓喜する。
オレはその渦の中で、抱き返したい腕を「彼女のため」という無意味に等しい言葉で制御した。

「…今更、遅いんだよ。貴女って人は…」

それでも駄目だった。
本当にほしかった、望んでいた甘美な現実を、突き放せるほどオレは大人ではなかった。
勝手に動く腕が、細くて今にも折れそうな彼女を抱きとめる。密着した身体、微かに甘い香りがした。
ちらりと目を向けると信じられないと呆けた彼女の顔。その白いほほには涙の跡。嗚呼、本当にオレは、彼女を泣かせてばかりだ。

「オレといても、貴女は幸せにはなれないぞ」

だから、最後の警告。
あの男の元へ、今ならまだ間に合う。
泣かせてばかりのオレよりも、あの男と居たほうが貴女は笑顔でいられるだろうと。
言葉は無い。その代わりにオレの背にまわった細い腕、それでもいいという肯定の証。
さて、この後どうしようか。考えるのは今はもう少し待ってほしいと、オレは脳裏に浮かぶあの男の悲しげな顔を振り切る。
そして見つめた先にいる彼女。誰よりも大切に思い続けた人。分家としてでも従兄としてでもない、自分の意思で守り続けたいと思えた唯一絶対の人。

「愛している、ヒナタ。これからもずっと、オレのそばを離れないでくれ」

晴れやかな空の下、永遠を誓い合う合図が出た。

My Immortal
「行って来いよ、ヒナタ」「…え?」「ごめんな、ヒナタ。オレ今更になって気づいたんだ。オレがヒナタを見ていたのはさ…結局は、サクラちゃんが答えてくれないから、どうがんばっても無理だって、諦めちまったから。だからヒナタに、サクラちゃんを重ねたんだって」「ヒナタも、気づいたんだろ?…ネジのこと「」…ごめん、なさい」「気にすんなって!オレも…ヒナタにはひどいことしちまったな。これでおあいこってことで!…行こうぜ、ヒナタ。オレはサクラちゃんのとこ、もうちっと頑張ってみるってばよ。んで…ヒナタはネジのところ、な?」

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