Other Dream






 平成最後の秋とやらに、長年連れ添ってきた幼馴染が失恋した。

 「あーあ、結婚されちゃったよ」

 何十回目になるかわからない言葉を茜がつぶやく。何杯付き合わされただろうか、我もいい加減酔っぱらってきた。だがそんな我に遠慮の一つも見せず茜発議の酒を注文する。今度はカルアミルク。甘い度数の高い酒だ。さっきからこの女は日本酒だのハイボールだの、度数の高いものばかりを選んで飲んでいる。

 「その辺にしておくべきではないか」
 「まだ飲み足りないですう〜別にいいよ、元就はソフドリ飲むなりゆっくり食べてるなりでも。今日は付き合わせてるお礼におごるからさ」
 「そういう問題ではなくてだな」

 我は貴様の体を心配して言っているのだが、という言葉を柄にもなく飲み込む。今日くらいは許してやろう、そんな心持で今宵は付き合うと決めたのだ。好きにさせてやろう、そう思い我も今宵は羽目を外す。頼んだのは日本酒だ。
 
 「元親、幸せそうだったねぇ」
 「ああいうのは長くは続かん」
 「そんなこと言っちゃだめだよ〜…なんてね。続かなきゃいいのに、それで、あたしに
泣きついてきたらいいのに」

 こんなこと結婚式の日に言っちゃいけないよね、と茜が自嘲する。なんと声をかけたらよいかわからなかった。普段はもう少し頭が回るのだが。酒が悪いのか、それとも今日という日が悪かったのか。

 「でもやっぱりしあわせになってほしいなあ。誰よりも幸せになってほしい」
 「そう思う貴様はやはり甘いな」
 「元就は違うの?」
 「我ならば幸福の隙を突いて奪おうとするだろう」
 「さすが…腹黒いこと言うね」
 「隙を作る側が悪いのよ」
 「私もそのくらいになりたかったなあ…」

 茜がカルアミルクを飲み干す。今日はペースが速い。常ならば我と変わらぬペースで飲む女のはずなのだが、今宵はそういう気分ではないのだろう。はたして、我はどこまで付き合えるだろうか。正直なところ酒はあまり得意ではない。
 突然茜が上目遣いでこちらを見てくる。おかしい、座高は大して変わらないはずなのだが。急に何事よ、と内心狼狽えていると「ごめんね」と笑まれた。今宵の茜はやはりおかしい。常ならばこのようにしおらしく我に謝ってくるような女ではなかった。

 「何事よ」
 「いや、居酒屋なんかにつきあわせて悪いなーって。元就はいつもバーとかお食事ちゃんとするところとかそっちのほうの人じゃん?こんな騒がしいところに連れ出してちょっと申し訳なくなったんだよね」
 「今更か。…対して気に留めてなかったわ。こんなところもたまには悪くはない」
 「そう言ってくれると思った。ありがとね、元就。……」
 「…茜?」

 ふっと体の力を抜いた茜が皿だのコップだのあらゆるものが散乱しているテーブルに突っ伏す。せっかくのパーティードレスとやらが汚れてしまうではないか馬鹿め。そう思いつつ周辺にある食器類を我のほうに寄せて片付ける。疲れたのか、酔いが回ったのか、茜はすやすやと寝息を立てていた。

 「…貴様は甘いのだ」

 酔いといえば、我も中々に酔っている。
 茜のドレスから覗く白い背中を撫でようと右手が宙をさまよった。さまようだけで、その手は背中に触れることはなかった。床にぼとりと腕が落ちる。体が重い。思考が回らない。ただその体に今は触れてはいけないと感じたのは確かだった。

 「だが我も甘い」

 付け入ろうとするならば今だというのに我は如何せん「幼馴染」の型をいまだに破ることができない。貴様だけだ。我をこうも翻弄するのは。貴様だけは我の攻撃の手を緩めにかかってくる。いつも、いつも。そしてこうとどめを刺すのだ。ここにいるのは我だというのに。

 「…もと、ちか…」
 「……」

 我を、見てはくれないか。
 そう言葉にできたらどれだけ楽だっただろう。いっそのこと結婚したのが長曾我部と茜だったらよかったのだ。そうしたら今酒におぼれていたのはきっと我だけであった。我だけが完全にこの恋慕を諦めることができたのだ。こうも中途半端に恋路が続くのは気持ちが悪い。

 「…我を、見よ」

 我の言葉に反応せず、茜は涙を流しながら「結婚なんて嫌だよぉ」と寝言のような、譫言のような言葉を吐く。我は黙ってそんな茜を見ていた。何も変わらないと知っていながら。
 
 夜は、更けていく。




 End


 学園BASARA楽しみにしています。
 元就様はもっとあきらめずに貪欲に頑張ってくれそうですけどね…この小説の元就様はヘタレだった…。


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