Other Dream







『はじめまして。私でよろしければ、あなたとお話がしたいです』

はじめはそんな普遍的な会話から始まった。
ネット上で最近流行っているチャットツール。メールアドレスや友達の友達から、「知り合いですか?」と仲間を特定するチャットツール。
仲間内で話が出来るのはいいけれど、個人情報の流出がすごく怖いというのが唯一の欠点。

その知らない人から唐突に話しかけられたとき、最初は少し怖がった。
でも『*りく*』という名前のその人のアイコンは、可愛い赤いリボンが付いた熊で、女の子だと思ったから。
話し口調も、どことなく優しい感じがして穏やかだし、それに友達の友達だろうから大丈夫だと思って。

そんな*りく*さんは同じ陽虎学院の生徒らしい。
そんなに近くにいるなら一度、ちゃんとお会いしませんかと私から提案したのはつい先日。
相手から『是非ともお会いしたいです!!』という返事があったのは今日の朝。

じゃあ屋上でお昼ご飯でも食べましょうという話を交わした後はさぁ大変。
せっかく可愛い女の子(推定。いや、女の子はみんな可愛いから確定)とお昼ご飯を食べるんだから、いつもの購買パンはやめてお弁当にしなくては。
出来るだけ可愛い彩り溢れるものにしなきゃと材料をわざわざ買いに行ったり、目覚ましを5時にセットしたり。


そして肝心の当日。
お弁当を作って時間が余ったから、せめて印象よくなれるように髪の毛をいつもより力をいれてセットした。
制服のワイシャツとスカートにも気合いをこめてアイロンをかけ、とにかくそれらしくなろうと準備。
だってせっかく可愛い女の子とお弁当だもの、楽しみに決まってるじゃない!
普段話してる相手は何故か隣の席の朱然ばかりだし…いや、もう本当に楽しみ。


そんなわけで意気揚々と出かけた今日の朝。
火マニアの朱然の暑苦しい会話も、今日はなんだか愛想よく答えられる自分がいる。
それくらいに今日は私の機嫌が良い。とても良い。
強いていうなら火計の話をすることをやめてくれたらもっと良い。なんだ大徳工業を燃やすって。なんだ火計部って。
ええい耐えろ私、今日はやっと*りく*さんに会える日なんだから!

****

そんなこんなで昼休みの屋上。
*りく*さんはまだ来ていない。仕方がないから用意していた敷物を敷いて待機。スカート汚れたら嫌だもんね。
そんなわけで*りく*さんが来るのをひたすらに待機。いつくるのかなぁとかぼんやりと待ちながらひたすらに待機。

しばらくして扉が開く音がした。
緊張で肩がびくんと跳ねる。
どうしよう、来ちゃった。

なんだか恥ずかしくなって、逃げ出したくなる。
言い出したのは私なのに変なの。ああでもちょっと怖いなぁ、うまく話出来るかな。
意を決して振り返る。それから、言い知れない違和感に無言になった。

…恥ずかしい。
男の人、つまり人違いだった。そうだよねーここ開放してるんだし、そりゃあ他の人も来るよねー。
あー恥ずかしい。早く*りく*さん来ないかなぁなんて思いつつ、またぼんやりと待ち続ける。
そのとき、後ろからとんでもない言葉が聞こえた。──「茜、ですよね?」と。

え、と思いながら振り返る。
後ろにはさっきの男の人。さらに言うと声も男の人のもの。
でも、私は、この人に見覚えが無い。
でも待って、ここに来てわざわざ私の名を確認するとはまさかこの人。

「…りく、さん?」
「はい。陸遜、字は伯言。私が*りく*です」
「男の人…!?」
「そうですよ。お伝えしておりませんでしたか?」

知らない。全然知らない。聞いてない。
ていうか陸遜くんって、確かそうだ。同じクラスの男子だ。なんで気が付かなかったんだろう。

「朱然殿から話を聞いていて、気になっていたんです。火計の話を聞いてくれる素敵な方だと」

驚きのあまり声が出ない。
なんだ真剣に火計の話を聞いてくれるから素敵って。なんだ火計って。真面目に聞いてるわけが無いだろうが。
っていうか朱然繋がりって、まさかこの人も火計好きなのか。

「それにしても茜、今日はずいぶんと気合の入った格好ですね。ふふ、そんなに私にお会いすることが楽しみで仕方なかったのですか?」
「や、ちが…それは…」

だって、相手が女の子だと思ったから。
幻滅されたくなかったから。「かわいいですね」と言われていたから、少しでも本当にそう見られたかったから。

「全く。いったい何処をどう見て私を女だと判断したのです?何処からどう見ても男でしょう」
「だって…話し口調とか、物腰とか…」
「ネット上の文面だけで人を判断してはいけませんよ。小学校の頃から習っていることでしょう?」
「うう…」
「ああ、それより昼食にしましょうか。せっかく茜が敷物を敷いて待ってくれていたんですから」
「え?あ…うん、そうだね!」

なんかもう、いいや。
陸遜くんが今まで話してきた人に何の変わりは無いんだし。

「茜、今日のお弁当は気合が入ってますね。いつも購買なのに」
「う、うん…陸遜くんと会うんだから、購買のパンって言うのはちょっとあれかなって。…って、陸遜くんなんで私のお弁当事情知ってるの?」

席だってそんな近くなかったし。
ちょっとうぬぼれ見たいな事を言ってみる。

「ええ、そりゃあもう、ずっと見ていましたから」
「はっ!?」

ぽろりと、摘まんでいた卵焼きをぽとりと落としてしまう。
目の前に居るその人は、変わらない笑顔で、「茜、落としましたよ」とポケットティッシュを差し出してくれた。ありがとう。でもちょっと不穏な言葉が出てきた気がするんだ、今。

「あ、あのさ…そういえばなんで陸遜くん、私にチャットで話しかけてきたの?クラスでもぜんぜん顔すら合わせないし、ほぼ初対面みたいなものだし」
「ああ、それはだって」

「好き、だからですよ」


ずっと気になっていて、眺めていたら、好きになってしまったんです。
なんて笑う彼の言葉に頬を染めてしまった。私が恋に落ちるのも時間の問題。


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