Other Dream


学パロ



「せ、先生…テストの採点終わりました…」
「では次はこれよ。丁寧にな」
「ノートチェックですか…」

定期テストで古典だけ赤点を取った10日前。補習のついでに大谷先生の雑用をこうしてやらされるようになって今日で10日。何が悪かったって、試験中に寝てしまったことが原因。…たまたま古典と物理のテストが被って、物理が全然出来ない私は徹夜で公式やら定理やらを頭に叩き込んで一時間目の物理に挑んだわけだけど…二時間目の古典で力が抜けて、寝てしまったのだ。
結果は12点、悲惨すぎる。しかも寝ていたとき監督の毛利先生は完全無視。見回りに来た大谷先生も完全無視。周りの友達も完全無視。…まぁ友達はテスト中に話しかけたりなんかしたらカンニングを疑われちゃうから仕方ないけど。
そんなこんなで最悪の理由で赤点を取った私は、罰として大谷先生の雑用をやらされている。やらされているのだけど…。

「…生徒にやらせるものの域を超えてますよね、大谷先生が楽したいだけですよね」
「やれ、何か言ったか12点よ」
「ぎゃあ!人前で私の点数を曝さないで下さいよ!!」
「茜、お前12点なんて取ったのか!?」
「あぁああ家康先生!違います!違います!!いやぁもう大谷先生の馬鹿!」
「如月、職員室で大声を出すんじゃねぇ」

スッと大谷先生の席の前に居る英語ライティングの片倉先生に木刀を首筋に向けられて私は息と叫び声を飲み込んだ。…何処から出したのその木刀。そしてヒヒッという攣った笑い声が、「われは12点としか言っておらぬ。それがぬしの点数だと暴露したのはぬし自身よ」と言う。…しまったおのれ諸葛孔明。いや、私が勝手に嵌っただけか。
でも本当に、ノートに書いてある古典単語の意味を生徒が調べてきているかの点検とかならまだ雑用らしいけれど、小テストを採点してそれを記録簿に記録すると言うのは明らかに雑用の域を超えていると思う。…そんなことを言ったらまた12点だとか、居眠り女呼ばわりされそうだから、黙った。悔しい、私が悪いけど。

「時に如月よ、昼にぬしに作らせた弁当を食したが」

すっと横から青いハンカチに包まれた空の弁当箱を返される。これも命令だ。普段料理を全然しない私に、この教師は「昼食を作ってもってこい」などと阿呆な事を命令してきたのだ。ちなみに普段はお母さんお手製のおにぎりかコンビニのおにぎりとか菓子パンとか。それを知っていてこの教師はそれを要求してくるからとんでもない。
とりあえず「あ、返却どうも…」と素直に受け取っておく。二重箱の黒塗りのそれらしいお弁当は、昨日放課後に急遽伯父の久秀さんから借りてきたものだ。何か新しい借りを作ってしまっただとか、そんなことは気にしない。

「美味しかったですか?私なりに心を込めて作りましたが」
「ヒヒッ毒殺されるかと思ったわ。ぬしの言う心とは即ち毒ということか。塩と砂糖を間違えるなどといった愚行…われはあまりにも嬉しくてな、三成にも食べさせてやったのよ。…殺してやると叫ぶほどに歓喜しておった」
「ギャアア!!マジですか!?ちょっと、やめて二重の意味でやめてぇええ!!!」

三成…石田君は私の隣の席に居る人だ。現代社会の家康先生のことが気に食わないらしく、いつも現代社会の時間になるたびに私の隣で不穏な空気を流していることに定評のある。それに私と家康先生は割りと仲が良い。家康先生と仲が良い人も無条件で気に食わなく思っている石田君は、当然私のことも気に食わなく思っている。更に言うと、最近石田君の縁戚である大谷先生に「補習」という形で迷惑をかけているということもあるから要するに石田君は私が嫌いだ。
その私が嫌いな石田君に私の手料理、いや失敗作を食べさせたと!?…しかもそのご感想、絶対明日殺される。掴みかかられる。もうやだ、学校辞めたい。ただでさえ失敗作を食されると言うだけでもいやなのに、明日彼の近くに寄らないといけないだなんてもう辛い。やめて。

「ふぇえええもうやだよぉお生きていけないよぉお」
「生きられそうになったのはわれよ、われ。ぬしも等しく苦しめ」
「どんだけ不味かったんですか…でもなんだかんだで完食してるじゃないですか…」
「なに、暗の口にすべて突っ込んだまで」
「黒田先生ごめんなさいいいい!!!」

そういえばさっきから姿が見えない!半兵衛先生と一緒に数学を教えている黒田先生はいつも大谷先生に弄られている。そうか…犠牲になってしまったのか、無茶しやがって…無茶させたのは私か。本当にごめんなさい、黒田先生には後日お菓子を差し入れよう。…キットカットでいいかな。

とりあえずもう過去を振り返るのはやめよう。明日のことを憂鬱に感じながら、ひたすらに他の生徒のノートをチェックしていく。あー鶴姫ちゃんノート綺麗だなぁ…お市ちゃんのノートに点々とついている黒い染みは何だろう…なんか手みたい…どうしたの?…あ、さすが蘭丸君と武蔵君、文字が読めない。風魔君は真っ白だけどこれはもしかして炙り出したら見えるのかな?
なんてクラスメイトや知っている人のノートを見るたびにくすくす笑いながら「点検済み」のはんこを淡々と押していく。グラウンドで伊達先生と真田先生が大人気なくサッカーVS野球と言うわけのわからない戦いをしている音をBGMに、黙々と。

全部が終わったときにはそんなBGMもなくなっていて、いつしか横にいた家康先生や前に居た片倉先生は居なくなっていた。山積みだったノートも、今では机の端に移動している。ついでに言うと大谷先生もいない。…待て、お二方はともかく、私に雑用をやらせている張本人まで帰ったなんてそんな馬鹿なことは無いよねぇ?

「はぁあ〜おわったぁ…」

でも疲れたことが嬉しくて、そのまま脱力した声を漏らす。うーんと思いっきり腕を伸ばして、そのまま私はノートを端から真ん中に移動させた。あとは明日、それぞれのクラスの古典の教科係の生徒がノートを自分達のクラスに運べば良い話だ。
ところで私は帰っていいんだろうか?だって大谷先生居ないし…とりあえずちょっと離れた席に座っている毛利先生に、「大谷先生見ませんでした?」と聞いてみる。…返事が無い、ただの屍…いや、あまり騒がしい私と話したがらない毛利先生のようだ。聞いた私が馬鹿でしたよ…。
とりあえずいいかな、暗いし帰ってもいいよね。なんて思いながら立ち上がる。職員室のドアが開いたのはちょうどその時だった。

「あれ、大谷先生。帰ったんじゃないんですか?」
「われもそこまで鬼ではないゆえ。…終わったか、ならば帰るぞ。ほれ」
「わっ」

何かを投げられる。咄嗟に受け取ったものは私の鞄。職員室に居なかったのは、私の鞄を取りに行っていたからだったようだ。職員室と教室は同じ階にある。だけどもう生徒が居なくなったから照明も消えた位廊下と教室を一人でうろつくことは怖かったから、素直にその行動が嬉しい。素直に「ありがとうございます」とお礼を言うと、大谷先生は「早に来い」とすこし早口で言って背を向けた。「照れてるんですか?」なんて冗談を言った日にはまた意地の悪いことをされそうだから、それはやめてただわぁいわぁいと喜ぶだけにとどめて、私は駆け足で大谷先生の横に並んだ。するとそっと撫でてくれる頭。…大谷先生は本当にずるい。

散々人に意地の悪いことをしたり、ひどいことをしてきたりからかったり重たい仕事をやらせてきたりするけれど、最後にはこうして飴をくれる。私が離れていかない方法を知っているのだ。ちょっとだけ与えてくれる飴に簡単に私が飛びついて、そのまましがみついて明日も従順に動くということを、この先生は知っている。

大谷先生はどこまでもひどい人、ずるい人だ。こうやって私の気持ちを舞い上がらせて、上手く利用できるように動かしていく。分かってるの、全部計算で、そこに心が無いってことくらい。
へへ、と嬉しいですと笑う。嘘なんてない、作ってもいない。私は全部本当の気持ち。それでもいいっておもっているから、素直に大谷先生の飴に飛びつく。
こんな私の気持ちもきっと、先生は知っている。それでもいい、今のままこうして構ってくれるなら、ずっとこのままでもいいの。

並んで玄関に向かう。慌ただしく靴を履き替えた私は、置いていかれないと知りながらも早く隣にいきたいと大谷先生のいる職員玄関まで全速力で走って向かう。「補習」とやらがまだ終わりませんようにと願いながら。


梁塵秘抄
舞へ舞へ蝸牛
舞はぬものならば馬の子や牛の子に蹴ゑさせてん踏み破らせてん
まことにうつくしく舞うたらば
花の園まで遊ばせん





****

「まえまえかたつむりよ。舞えないなら馬の子や牛の子にお前を蹴らせてやろう。踏み潰させよう。
もし本当にかわいく舞えたなら花園にまで遊ばせてやろう」

梁塵秘抄・二・四句神歌・四〇八
後白河法皇が選者ですね。

はじめて見た時から竹中か大谷でやりたいと思っていたネタ。そして緋茜に「古典教師の大谷先生」というリクエストを貰っていたので。…緋茜卒業おめでとう!遅くなってごめんね!あまり古典関係ないかもね…続くの?続くの…?
こんなのですが受け取っていただけると幸い。

そしてここまで読んでくださった茜様、有難うございます。


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