Other Dream


裏夢。暗。



息が苦しい。

肌寒い部屋。熱が籠もる布団の中。
その二つの大きすぎる温度差が気持ち悪い。

敷布のように私が押し潰しているその人の肌に、気まぐれに噛み付く。
噛み付くといっても、本気で噛み千切るようなことはしない。犬がじゃれるような程度の物。いわゆる甘噛みというものだ。
ゆるりと口を白い肌から離す。首筋についたうっすらとした紅色は、肌に触れた雪のように消えていく。…まるで、この人が私の手から呆気なく離れていくという近い将来の暗示のような気がして、無性に腹立たしくなった。

だから、今度は肉を外気に曝させる心算で強く噛み付く。下にいる人も、流石に痛いと感じたのだろう。少しだけ身じろきをする。じわりと染み出た小さな紅色は、ゆっくりと彼の白すぎる肌を伝っていく。
たらりと零れたそれは、消えない痕。指でそれを絡め取る。まるで赤い糸みたいだと、子供じみたことを一人思って笑った。

「…何がおかしいんだい?」
「別に。なんでもない。…ねぇ、それより」

絡め取った液体が付いた指を口に含む。
錆び付いた鉄の味。喉に絡みつく独特な味。
その様を、私の下で見ていた彼が、ごくりと唾を飲む。その目は、人間ではない別の物を見ているようにも見えた。

「…何か、不思議なこともでもあるの?」
「…君は賢い子だろう。何故、そんなことを」
「ええ、馬鹿よ。私は、とんでもないくらいの馬鹿。だから、」

さっきから動きを止めていた腰を動かす。身体の中でも一番敏感な部分が擦り合う。
ピクリと下にいる男がまたかすかに動く。私の呼吸も乱れる。

ああ、息苦しい。だけど、また動かしてしまったら、もう止められない。
ここで息が止まってしまってもいい。人間の三大欲求の中に、「呼吸」は含まれていない。ここにある快楽は、息を止めてでも獲たいモノ。

「はんべ、もう、いいでしょ…っ?」

しちゃおうよ、と硬いそれを掴む。その瞬間、びくりとそれは脈打つ。どくどくと、忙しなく拍動を打っている。

「っ茜、これ以上は」
「どうして?いいじゃない。半兵衛だって、もう我慢できないでしょう?」

こんな座興だけで終われるわけがない。
ここまでお互い乱れて、感じて、今更後に引くなんて出来るはずがない。
半兵衛だって、そうでしょう?それを確かめるように、強く熱いそれを握りしめると、男は「う、」と呻いた。

「ねぇ、入れても、いいでしょう?」

だって、わかるでしょう?
私の場所も、熱くて、融けそうなの。もう我慢が出来ないの。だから、いいでしょう?お互いに求め合っている。ギブアンドテイクの関係が成立しているんだから。
いったいどこに不満があるの?何も悪いことなんて無いじゃない。

「…淫乱だね、君って人は」
「淫乱でも淫売とでも、なんとでもどうぞ?求め合う気持ちに、男も女も関係ないでしょう?」
「貞操観念という物を持ったらどうだい?」
「最後の抵抗のつもり?」

貴方は私の手の中で、ずっと脈打っているのに。
ぬるぬるとした厭らしい液を、身体を跳ねる度に零しているくせに。
追い詰める様にそれを撫で上げるたびに、なぜか私の呼吸までもが乱れる。当然男も時折「あ」とか、「う、」とか、母音を途切れ途切れに出している。そんな彼の低い声を聞くたびに、とろりと奥から何かが垂れていく。
互いに興奮している。利害の一致。一体どこに問題があるのか。

「…君は、」

はっはぁっと不規則な息遣いを繰り返す半兵衛が、悩ましく眉を内に寄せながら、何かを訴えようとする。
私もそれを聞く為に、手を止める。
噛み付いた痕から零れていた血は、いつの間にか止まっていた。

「君は、分かっているだろう。労咳は…僕の病は、感染する…。このままこうしていたら、死ぬんだよ?君も…!」
「ああ、そうね。だけど、それが、何?」

そんなばかげた話は、ここに来る前から知っている。
竹中半兵衛重治は、病に、肺結核に侵されて死ぬ。そんなの少し歴史に詳しい人なら知っている、有名な話だ。
だけど、それが何だというのかしら?私は、それを最初から知っていて、貴方に近づいて、こうして触れているというのに。
そんなに私に感染させたくないというのなら、出会ったその瞬間から私を突き放せばよかったのだ。

私が、一人残されることを恐れるようになる、その前に。

ぐちゅり。生々しい水音が響く。
何を、と文句をまだ言おうとするその唇を塞いでやる。息をする、咳を吐く、血を吐くその口の中を、舌で荒らしてやる。
その間に、ずぶずぶと彼のそれを差し入れていく。そこまでしてしまえば、流石の彼ももう、後ろには戻れない。

「ねぇ、半兵衛、聞いて。私の願い、聞いて」

重すぎる質量の感覚。鈍い痛み。ぬるりとした暖かい何かが、太ももを伝う感覚。
その全てに耐える為に、肩で息を繰り返す。ああ、苦しい。息が苦しい。

「私を、置いていかないで」

茜、と泣きそうな声がした。
彼の薄いようでしっかりとした胸板に引き込まれる。繋がった部分は、酷く熱い。
このまま融けてしまえたらいいのに、そう思いながら、私は「大丈夫だから」という声に涙腺を緩ませる。
ああ、このままこの人に溺れ続けることが出来たら、どれだけ私は幸せだっただろうか。


溺れた羊
一人残されるくらいなら、貴方の毒に置かされて、抱かれて息絶えてしまいたかったから。


****

初裏夢がまさかの半兵衛様だと誰が想像しただろうか。私もしていない。
なんかあれですね、書こうと思ったら書けるものなんですね。びっくりだよ!それにしてもあえぎ声が書けない。呻き声しか書けないのか私は。

ところでこのシチュエーションは歴史創作夢でやりたかったものだったりします。なんかもう早くこれを書きたかった。だから同じ労咳でお亡くなりになった半兵衛様に代役を勤めてもらった。なんかもう申し訳ない。
歴史創作のほうはこの場面の後バッドエンドまっしぐらになるのですが、こちらは幸せに心中できそうで何より。


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