Other Dream


クラスメートは吸血鬼



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聞かせて

見せて

あなたという世界のすべてを、

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「おはよー」
そう私が声を上げながら教室に入ると聞こえてくる、「おはよう茜」という友達の声。
「ねぇ、昨日の数学の宿題どうだった?私、大問7のここがわからなくて――…」
他愛もない言葉を、私はいつも話している友人の一人にかけながら、机で本を読むその男子の横を通り過ぎた。


放課後を告げるチャイム。
号令係の「さようなら」の言葉を合図に、掃除係を残して生徒たちは去っていく。
私も重い鞄を背負い、玄関へと続くその道へ。

でも、素直に私の足は玄関へはむかわなかった。
玄関への道から外れた私は、それよりも少し手前にある図書室の中に向かう。

受付に座る北条先生の「また来たか」という言葉から始まる少しの談笑ののちに本棚へ。
愛読書を取り、適当な椅子に座る。
あとは何となく本を流し読みしながら、あの人のことを待つだけだ。

かちこちと鳴り響く規則正しい針を刻む音、捲られていく物語。
どのくらいの時が過ぎただろう?
私の椅子の向かい側で、誰かが足を止めた。
私はその人が誰なのかを知っている。
だから、顔は上げない。

閉館の時を迎えるまで。


時計の針は止まることを知らない。
過ぎ去っていく「一秒」と「一文字」、そのたびに早まっていく私の鼓動だけが、止まりそうなほど激しい音を鳴らしていく。
閉館時間を告げる鐘の音が鳴り響くころにはもう、私の意識は本に向いてなんていなかった。

ぱたんっと、少し乾いた音が向こう側から響いた。
それと、「ふう」と息を漏らすかすかな声。
私がそっと顔を上げるとそこには、無表情で私を見据える男子――毛利君がいた。

本を持って立ち上がる。
それとほぼ同時に、彼も同じ動作をした。
棚に本を戻し、図書室から出る。
そこでようやく、私たちは言葉を交わすのだ。

「ゆくぞ」
「うん」

言葉と言っても、たったそれだけ。
でもこの少ない言葉だけでも、私たちにとっては十分なこと。
このくらい、薄っぺらいほうが。

「茜」

学校を出て少し先の河原に来たところで、毛利君が小さく私の名前を呼んだ。
私は心得たというように、首筋を彼にさらけ出す。
すると、毛利君は待っていましたと歓喜する獣のように、そこに獣とはかけ離れた端正な顔をうずめた。

「…ぁ、」

ちくりと、何かが突き刺さる。
じゅっと、皮膚が少しだけ吸われたせいか、身体がひくりと疼いた。
本当に吸い上げられているのは、それではないのだけれど。
それでも痛みはないその行為に耐えられず、私は少しだけ体をよじった。

「…は…っ」

どれくらいの時が過ぎただろう。
少し色気を感じるかすかな喘ぎにも似た声を上げてから、毛利君は私の首筋から離れていく。
つうっと、透明な彼の唾液が、首筋から脇下へと垂れていく感覚を私は感じた。

――これが、私と彼の関係。

二か月前、図書室で調べ物をしていた私の前に、現れたのが彼だった。
毛利君を図書室で見ることは時々あったけど、こうして視線を交わすのは初めてだなと思いつつ、彼が私が取ることの出来なかった本を差し出してくれたことへのお礼を言う。
そして、さて、本も手に入れたし読もうかと思っていたら――…
突然、首筋に温かい吐息。

信じられなかった。
普段、一緒の教室に入るけれど、まったく会話をしなかったのに。
そんな毛利君が、私の首筋に顔をうずめているなんて。

「や、やぁ…!」

よくわからなかった。
でも不思議なことに、そこまでの嫌悪感をこの行為から感じられなかった。
そう思う自分がただただ嫌だった。

そう考えているのと同時に、私の体から抜けていく何かに。
感じたことのないぞくぞくとした背徳感に似た何かに。
私はただ、ひたすらに震えて。

そして、ようやく離れた唇には、誰かの血が付着していた。


吸血鬼――…彼は自分をそう名乗った。
彼の一族、毛利家の特異体質の一つなのだとも。
彼曰く、17歳のある一定の時期に、吸血衝動を引き起こすものだというのだ。
そんなバカな話があるかと、図書室も学校も出た先にある河原で私は絶句したけれど、普段寡黙な彼が嘘をつくとも思えなくて。

でもやっぱり信じられなかったのが、そのまたさらに次の話。
私の家――如月家は、毛利家に代々仕える所謂「エサ」らしいのだ。
別に誰でもいいんじゃないかと抗議してみたけれど、彼曰く、吸血鬼にとって格好の成分的なものが私には備わっているようで。
具体的な説明が欲しかったのだけれど、それについての質問に彼は答えてくれる気はないらしい。

とにかく貴様の血を寄越せ。
我のこの衝動が収まるまで。

彼の気持ちを要約するとたぶんこういうことだろう。
私にはデメリットしかない気がする話。
でも、本当に不思議なことに、私はそれもいいかなと思ってしまったのだ。
退屈だらけの平凡な日常、誰かに弄ばれてみるのも悪くない――と。

そう、私はあこがれていた。

非日常を生きる、物語の中の主人公に。


クラスメートは吸血鬼
物語の傍観者はもうおしまい。



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