Other Dream


援助交際、最後は報われる



その男は太陽のような笑顔をしていた。
私が何をしていたのか、あの男とこれから何をするつもりだったのか、馬鹿ではないだろうあの男は知っているはずだった。
いや、分かっていた。分かっているからこそ、私にそれを求めるのだろう。

「なぁ茜、約束してくれないか」

差し出された左の小指。
そういえば昔の遊女は、男と約束をするときに、自らの指を切り落としていたらしい。
男への絶対的な忠誠の証か、それとも確実に金を自分に落としてもらうためか。
そういえばこの男は何を思って私と指をからめあうのだろう。私が、約束を守るようなタマではないと理解しているだろうに、おかしな男だ。

「もう自分を傷つけるようなことはしない。守れるな?」

人を拒絶することのない太陽に、私は嘘を吐く。
明日も私はこの光を裏切るのだろう。
別に金に困っているわけでもない、自分の体を傷つけたいわけでもない。性行為が好きなわけでもない、日常が退屈だからというわけでもない。
なんとなく困っているふりをして、何となく傷つけてみて、何となく性愛に依存してみて、なんとなくスリルを味わってみる。それだけのこと、ただそれだけのことを、どうして私は止められないのか。

鳴り響く無機質な着信音、開いた先には「会いたい」という趣旨の小汚い男からの誘い文が届いていた。

****

「茜、明日は守れるな?今日は駄目だったけど、明日なら」
「……」

首筋に付けられた赤い痣に気づいたその男は、また私の指切りをする。
懲りないなぁと他人ごとのように思っている私は、一体今、どんな表情をしているのだろう。デフォルト通りの笑顔か、無表情か。いずれにしてもきっと今日も明日も、何の変化のない顔で彼と向かい合っているのだろう。

無機質な着信音が響く。
目の前の男に構わず、ヤる時の一瞬しか面識のない男たちのアドレスが詰まった携帯を開くと、届いたメール。『明日会いたい』の6文字と待ち合わせ場所。

「行くのか、明日」

目の前の男が問いかける。私は答えない。
頷けば今交わしたばかりの約束を破ることになり、この男はもう一度「じゃあ明後日から」と約束を結ぶのだろう。頷かなかったとしても、また明後日には私はこの男との約束を破るのだろう。
「不毛」とはこういう状況下で使われる言葉なのだろう。
なんて思いつつ私は男に背を向ける。
男が追いかけてきたのはその日ではなかった。

****

その日の空は青と白で構成されていた。
光は見えない。光は白に埋もれている。

その下にいる私と昼間から盛っている男は、目の前で俯せになって倒れている男を凝視していた。
太陽のような男、車道の真ん中で止まった時間。男の手は引き止めるように私の方へ向いていた。

「いえ…やす……?」

自然と、初めてその名前が口から飛び出した。
震えている。何が?…手が。
それを押さえて家康に駆け寄る。その足は何故かがくがくと震えていて、思うように前に進めなかった。

どうして、どうして、私は、嗚呼。

今になって気づいてしまった。私は、この男に、この男の約束を破ることでつなぎ止めようと、だからきっと、そんな。

「家康・・・っ」

もう一度、名前を呼ぶ。
私の呼びかけ一つで、家康が目を覚ますわけがないと知っていながら。

──と、思っていた瞬間。
「いててて…」と呻く声と、ゆっくり起き上がるその身体。
よく見れば血液の一滴も流していないその男は、左足をひょこひょこと引きずりながら私の元にやってきて、一言。

「駄目だぞ!もう自分を傷つけるようなこと、しちゃ駄目だ!!」

…不死身か、この男は。
なんて少し毒づいてから、私は太陽に手を伸ばした。


逆パカ携帯
ところでこのお節介という名の正義感の正体が、実はちっぽけな「恋心」だとしたらどうする?


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