Other Dream






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「おねえちゃん、こんな時間にどうしたの?」
「ごめんなさい、茜ちゃん。どうしても話したいことがあったので…」
「おはなししたいこと?」
「ええ。…白哉様のことで」
「おにいちゃん?」

「…茜ちゃんに、お願いがあるのです」
「茜に?」
「はい。…私は、もうすぐこの世を去るでしょう」
「おねえちゃん?」
「白哉様から戴いた愛をお返しできず…私は…」
「おねえちゃん?やだよ!おねえちゃんがいなくなっちゃうのは嫌だよ!」
「ごめんなさい…茜ちゃん。でも…仕方ないんです。私の命が長くないことは、幼い頃からよく理解していましたから…」

「おねえちゃ・・・」
「茜ちゃん、だからお願いです…。白哉様を、私の分まで愛してくだ…」

「お姉ちゃん!!」


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厄日とはこういう日のことをいうのかもしれない。
目覚めてから浮かんだ言葉はそれだった。

今でも忘れられない。
亡くなる直前、緋真さん…お姉ちゃんは、私の部屋に身体を引きずって訪れたのだ。
そして、あの言葉を言う途中で崩れ落ちて、その次の日には…。

「茜様」
私を呼ぶ使用人の声と共に開く襖。
ああ、夢に気を取られていて忘れていた、今日は。
「今日は生枝家との縁談の日でございます。用意ができたら、お声を掛けてください。着物の着付けをいたします」
ああ、日が経つのは早いものだな。
そうため息一つを吐いて、私は起き上がった。

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いつもよりも豪華な着物、桜の花びらが散らされた綺麗な着物を着て、私は朽木家の中で一番、庭がよく見える部屋にいた。
相手の人はもう来ているのだろう、襖の外が少し慌しい。

きっと縁談は上手くいくんだろうな。
上手くいかないわけがない、朽木家とほかの貴族で上手くいかなかった縁談なんて、私は聞いたことが無い。
はぁっとため息をもう一つ。
相手の前でため息をついてしまわぬように、今のうちにため息をいっぱいしておこうかと思って。

…白哉とは、あれから、全く話をしていない。
ルキアには余計な心配をかけるし、恋次には余計な負担をかけるし、ここ数日はまわりに迷惑しかかけていない。

でも、それも此処で終わりだ。
この縁談が終わったら、今までどおりとはいかないけれど、たまに朽木家に帰ったら、白哉の相手をしてあげよう。
ルキアともお菓子を作ったり、死神の仕事を続けられるなら、たまには恋次とたい焼きを食べよう。

これは私が我慢したら、全てが上手くいくこと。
私の意志なんて、もう関係ないんだから…。

「茜様。相手の方が、お見えになりました」
スーッと静かに開いた扉、それと同時に聞こえた言葉に、私の心臓は跳ね上がった。
ついに、この時が来てしまった。

(…さようなら、白哉)

心の中でそう呟いてから、私は「どうぞ」と、はっきりと言った。
すぐに襖は開いて、その人の姿が見えたとき、私の眼はこれでもかというほど見開かせた。

ああ、生枝って、そういうことか。
不思議と納得がいってしまったのは、きっと無意識のうちにそんな願望を抱いていたからだろうか。
目の前にいたのは、「生きる」の反対の意味を持つ言葉の家の当主がいた。

「…憚ったわね。白哉」

あれ、なんでだろ、視界が凄く真っ白に染まってる。
当の本人は、ぼやけてよく見えないけれど、確かに無表情でこちらを見据えていて、使用人たちが遠ざかる音も聞こえる。

まって、まって、これ、何の夢?
頬を少し抓ってみる。
痛い。
じゃあこれは現実?
現世でいう嘘を吐いてもいい日っていつだっけ?
ぐるぐるぐるぐると、頭の中で色んな考えが廻る廻る。
そのときようやく、白哉が口を開いた。

「驚いたか」
「…当たり前、でしょ」

唇から嗚咽が漏れる。
そのとき自分が泣いていると私は認識した。
…やだ、私、なんで泣いてるの?
悲しくないのに、涙が溢れてくる。
止まらない、白哉の顔、見えない。

「…泣くな」
暖かくて大きな手が、私の頬を撫でる。
滲んでてよく見えないけれど、穏やかに微笑む白哉がいる。
あったかい。

「だって、だって…誰がこんな展開予想するのよ…!安っぽい映画じゃあるまいし…!」
「そうだな。兄の言うとおりだ」
「じゃあなんでこんなこと…」
「だが、それもいいと思ったのだ」

いつの間にこうされていたんだろう。
気がつけば私は暖かい白哉の腕の中、白哉の香りとぬくもりにすっぽり包まれている。

「緋真が死の際に言っていた。あなたをずっと愛している人に気づいてあげて、と。
最近までは全く気づいていなかった。気づいたのは…私の元に兄の縁談話が舞い込んできたときだ。
私は最初、それを受けた。兄も納得してくれるだろうと思ったからだ。
…だが、納得がいかなかったのは、滑稽なことに私だったのだ。
私が兄と離れることを拒んだのだ。当然、その後縁談は断った。
私は兄を好いているなど、思ってもみなかった。しかし、気づいてしまえばもう抑えることは出来ぬ。
だがいまさら兄に思いの丈を打ち明けるのは気が引けてな…このような席をわざわざ設けたのだ」

むしろそっちのほうが恥ずかしいような気がするんだけど…でも、まさかあの白哉が、私なんかのためにこんなことをしてくれたのが嬉しくて。
「では改めて言わせて貰おう。私と、契りを交わしてくれぬか、茜」
だから、私は「はい」と自信を持って返事を返した。


マトリョーシカと恋をする
いくら探っても見えないあなたの心。ようやく見つかったけれど、まだまだ深いところにもう一つ何かがありそうだ。


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