Other Dream






あれから、7日くらいの時が過ぎただろうか?
日にちの感覚を忘れてしまうほど、私は悩んでいた。

…突然の毛利君からの告白と口づけ、今までの行為が、言葉が、嘘だった。
それは分かる。その言葉の意味は、理解してる。
だけど、やっぱりわからない。
毛利君がどうして私なんかを好きになってくれたのか、だって、私を好きになるような切欠なんて何処にも無いはずなのに。

やっぱり初めて話をしたあの時、毛利君は欲求不満で性欲破裂寸前だったんだろうか?それではあまりにも私が可哀想だからという慈悲からあんな嘘を…なんてキャラじゃないよね、うん。
かといって「恋は理屈じゃない」という話はよく聞くけれど、それが毛利君に当てはまるとも思わない。一目ぼれ?まさか。だって私、そんなに綺麗な外見をしているわけでもないし。

何が言いたいって、そう、確信が持てないのだ。
本当に毛利君は私のことが好きなのか、触れ合った熱から生まれた錯覚なのではないか、と。
別に毛利君に嫌ってほしいわけじゃない。むしろ、好きであってほしい。
ただ、私は怖いのだ。一時の感情に流されて、後から返り討ちに遭うことが。傷つくということが。

高校に入学する前…私にも彼氏という存在は一応居た。
付き合った最初は周りにバカップルだと持て囃されていたり、私も満更ではなかった。
何より、愛されていると感じることができた。愛とはこういうものなのだ、という思い違いをする程に。
そう、「ただの思い違い」だった。

『ごめん、他に好きな子が出来たんだ』

あれほど私に「好きだ」と言ってくれたその口が、今度は違う子に愛を囁きに行く。
完全なる裏切り、分厚いように見えた愛は、強く地面に叩きつければ簡単に割れるような耐久性の低い硝子だということに気づいた時、後ろから貫かれたような違和感に襲われて、立ち直るまでにかなりの時間を要した。

「恋人」という男女の信頼関係が恐ろしく思うようになった。
いつ手のひらを返しに来るのかわからない存在が怖くなった。

そんな私の前に現れたのが毛利君だった。
始まりは突然だったけど、触れあっている時の毛利君がいつもとなんだか違っていて甘えているように見えたりとか、たまに見せる小さな笑顔が綺麗だなとか。
…そんなふうに、少しずつ見えてくる毛利君の一面に絆されていって…いつの間にか、好きだなぁなんて、ふとした拍子に思うようになってしまって。

ただの片想いなら、ただひたすらに相手を想うだけなら、その感情も幸福なものだったと思う。片想いなら信じあうこともないけど、裏切られることもないのだから。
でも想い想われる関係は嫌だ。愛されたいけど裏切られたくない、つまり私は我儘な子供なのだ。

****

「ね、ねぇ…如月さん?」

図書室で本を選んでいたとき、突然後ろから呼ばれて振り向く。
カブトムシ?クワガタ?何かの虫に似た帽子をかぶった男の子、よく見れば私よりも身長が低い。
「?…どうしたの?」
その身長ゆえか、ついつい初対面なのに敬語が抜ける。
その男の子は、もじもじと女の子みたいに内股で足を摺り寄せながら、上目づかいで何かを言おうとしていた。何この子女子力高い。

「ぼ、僕は…一年の小早川秀秋っていうんだ。そ、その…じ、実はね?君に…頼みたいことがあるんだ」
「頼み?…なぁに?」
「そ、その…僕ね?き、きみと鍋がしたいんだ!!」

その瞬間、小早川君は私の視界から消えていた。
かわりに現れたのは、地面に頬を擦り付ける状態と化した小早川君を踏みつける…毛利君。

「金吾…貴様の分際で誰と話して居る」
「ぎゃぁあああ!!!も、毛利さばぁああ…ごめんなさいぃいい!!で、でも僕も茜さんのことが気に…」
「焼け焦げよ!!」
「ひぃいいい!!!」

ぐりぐりと上靴で彼の頭を踏みつけた後、どこから取り出したのだろうかお掃除用具のアレ(ハタキ?)でぺしぺし小早川君をいたぶる毛利君。
…えっと、止めたほうがいいんだよね?うん、小早川君のことはよく知らないけど…ここは図書室、図書室ではお静かに。
ということで私は意を決し、毛利君に話しかけることを決めて息を吸った。

「も・・・」
「茜」

毛利君、と呼びかけようとした私の声を遮る彼のテノール。
なんという出オチ、そう思っていた頃にはもう、私の右手首は彼の左手に囚われていて。そのままぐいっと引っ張られる、向かう先はきっと図書室の出口よりもさらにむこう。
思わず踏みつけてしまった小早川君に、謝る余裕なんてなかった。

****

連れ出されたその場所は教室だった。
放課後の掃除が終わって数十分、そんな時間に留まり続ける物好きなクラスメートはうちのクラスには居ない。
私は、そんな空っぽの教室の中、ただ毛利君に抱きしめられていて、

「──…」

感じる、規則的だけど毛利君のものとは思えない少しだけ速い心臓の音。回された腕とぴったり密着した身体から伝わるぬくもり。そして頬に触れる熱い吐息。
全てが、私の全てが今、毛利君に支配されている。
毛利君で私の世界が構成されているみたいだと錯覚するほど。

「──茜」

支配者が私の名前を呼ぶ。
「我以外の男を見るでない」と。

「我は、そなたが思うほど大人ではない。欲しいモノは奪い取る…気に入ったモノを逃しはせぬ。まるで幼子よ。…だが、それでも構わぬ。
我はもうそなたの返事を待つことは辞めた。茜、大人しく我の手に落ちよ。もうそなたに逃げ道はない」

思い違いだと思う。もたらされる甘い毒に騙されているだけだと。
いつか手のひらを返されるかもしれない、さっき小早川君に向けていたあの氷のような眼を、いつか向けられる時が来るかもしれない。
でも、それでもいいと思った。このぬくもりを感じられるなら、もう後がどんなに恐ろしい物でも構わないと。
それに、物語の主人公はいろんな人の言葉に惑わされて、踊らされて絆されるものでしょう?

精一杯の思いを込めて、私よりも細いかもしれない毛利君の腰に腕を回す。

「完敗です」

少し体を離されて、見詰め合った五秒後、私は全部を侵された。

緋色の求愛
「ねぇ、そういえば毛利君はどうして私を好きになってくれたの?」「そなたこそ、いつから我に落ちたのだ」

誰もいないはずの教室での会話が、新聞部のエース、風魔君に聞かれていたということを知ったのは、それから三日後の「婆裟羅新聞号外」が発行された時だった。



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