いとこ
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開けて
現れて
開けて
現れて
小さくなってくその姿に
想いは凝縮されてますか?
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四大貴族、朽木家二十八代目当主兼六番隊隊長を努める朽木 白哉には従妹がいる。
従妹の名は朽木 茜。
従兄そっくりの冷静さと才、しかしたまに見せる愛らしい笑顔は、彼女が所属する六番隊の華。
そんな彼女に、今まで来なかったことが奇跡なのだが、ついに縁談がやってきた。
師走のはじめのことだ。
縁談、相手は下流貴族の生枝家、聞いたことのない家の名前。
朽木家の重鎮たちにそれを聞かされたとき、ああ、私はついに捨てられたのかと悟った。
私の従兄であり、頼りになる朽木家当主であり、愛すべき片思いの相手である白哉からは、まだ何も聞かされていない。
そうか、これが見捨てられると言うことなのかと、私はずっと前に聞いたルキアの話を思い出した。
いや、あれよりもたちが悪いだろう。
ルキアは気立てがよくて、優しくて、私よりもずっと強くて、白哉の前妻だった緋真さんは、ルキアのことをずっとずっと捜していた。
その姿を見るたび、本当はルキアと離れたくなかったんだなぁ、一緒にいたかったんだなぁって、痛いほど感じていたから。
でも私は違う。
私は本当に捨てられるのだ。
名目上は、朽木家の勢力をさらに広げるため、朽木家の強大さをさらに示すため…でも、それなら上流貴族に嫁に行ったほうが効率がいいのだ。
いや、行きたくないんだけど。
…待って、それ以前に、なんで好きでもない人と結婚しなくちゃいけないの?
私は私だ。
朽木茜。
朽木白哉の従妹として生まれてきたただの人間。
貴族なんて肩書きは関係ない。
六番隊第三席という地位だって、そんなものがなくても、私は私だと証明できる。
白哉が好き、この世界が好き、ルキアが好き、緋真さんが好き、今は亡きお父様お母様が好き、その思いがある限り、私のその証明は揺らぐことは無い。
つまり、私は私自身の気持ちを曲げるつもりはさらさら無いって事。
だから今、ここにいる。
だから今、白哉の部屋の前に居る。
草木も眠るこの時間、それでも白哉はきっと仕事をしているのだろう。
「なんで隊長を続けているの?」と、以前彼が過労で倒れたときに問いただしてみたけれど、それは彼曰く義務らしい。
私だったらきっと一日で隊長なんて重役は投げ捨ててしまうだろう。
けれど、白哉は愚痴一つ溢さず仕事を続けている。
きっと性格がこんなに冷徹な人ではなかったら、彼の人気は今の十倍は跳ね上がっていることだろう。
ちょっとは私やルキア以外の人にももっと優しくすればいいのに…ああ、でもそれじゃあだめだ。
人気があって女性に囲まれる白哉なんて見たら、嫉妬で発狂してしまう。
うーん、なんか複雑だ。
「私の部屋の前でなにをしている。茜」
突然、ばさりと紙と紙が擦れあう音が頭上で響いた。
それに気づいたときには時既に遅し、私の頭は思いっきり書類の束ではたかれてしまっていた。
「痛ぁ!淑女に失礼よ!?」
「貴様のような娘のどこが淑女だ。それより、そんなところで座っていたら風邪を引く。早く入れ。私に用があるのだろう?」
いつの間にか私は白哉の部屋のふすまの前に座り込んでいたらしい。
考え事で気づかなかったけれど、足先もひんやり冷たくなっていた。
それにこんな廊下で話をしていたら、誰かが起きてきてしまうかもしれない。
私はいまさら自分が「夜中にそうっと白哉の部屋の前に来ていた」という事実を思い出し、素直に頭を縦に揺らした。
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お茶でも淹れてきてあげようか?という私の問いに白哉は首を横に振り、私に背を向けて筆を走らせる。
机の上に積みあがった書類一枚につき、半刻は白哉の睡眠時間を削っているような気がする。
それを思った瞬間、私の見合い話なんて、ちっぽけなものに思えてきた。
本当は私に構っている暇なんて無いのではないか。
私が此処で何を言っても、白哉は耳を貸してくれないのではないか。
いや、それ以前に、私は嫁ぎにいくことしか、朽木家に、白哉に貢献できる術はないのではないのではないか。
そんな言葉たちが、先ほどまで抱いていた私の価値観や持論を崩壊させていく。
でも、まって、それじゃあ駄目。
聞いてもらえなくてもいい、政略結婚をすることになってしまっても構わない。
――私は私の思いを伝えたい――
こんな現実に翻弄されている場合じゃないの。
目の前にある仕事も大切なのは分かるけれど、こっちは残りの人生がかかっているのだから。
だから、私は勇気を出して口を開けた。
「白哉」
彼は怪訝な顔をして、「何だ」と言いつつ振り向いた。
「ねぇ白哉。私、生枝家っていうところとお見合いすることになったの」
「…聞いている」
「そう?なら話は早いわ。ねぇどう思う?」
「…何がだ」
そのとき、白哉の表情が呆れたような、疲れているような表情に変わって、私の胸が少し痛んだ。
なんでよ、ねぇ、なんでそんな面倒くさそうな表情なの?
ふつふつと、別に白哉には何の非も無いのに怒りが沸きあがってくる。
瞬間、口がまるで鬼道で操られているかのように、勝手に動き出した。
「私、もう白哉が思うような子供じゃないのよ。
さっき白哉は私のことを淑女じゃないって言ったけれど、これで私も立派な淑女よ。
もう大人なんだから、ねぇ、ねぇ、凄いでしょ?」
何言っているの私、そんなの白哉には関係のない話じゃない。
仕事で疲れている人になんでこんなどうでもいい話をしているの?
「私みたいな可愛い従妹がいなくなっちゃうから、ちょっとは寂しいでしょ?
これからは六番隊の隊舎でしか会えなくなるのかな?
あ、もしかしたらこれからは生枝家の専業主婦になっちゃうかも?
なら白哉には会えなくなっちゃうねー寂しいなー」
…ああ、そっか、私は寂しいんだ。
白哉から離れたくない、白哉に構って欲しい、白哉とずっと一緒にいたい、それだけなんだ。
だから、ねぇ白哉、白哉も寂しいって言って?
私ばかりこんなに白哉が好きだなんて公平じゃないよ。
白哉も私のこと、ちょっとは大切でしょう?
見合いなんてするなって言ってよ。
厳しい言葉でもいいから、お願い…!
そのとき、小さなため息が響いて、私の思考は停止した。
「…良いではないか。これで兄も独り立ちできるだろう?」
…それは私が望んでいた言葉とはかけ離れていた。
いつの間にかうつむかせていた顔を上げてみると、白哉はまた私に背を向けて、筆を走らせている。
「私も案じていたのだ。兄は、百年前と何も変わることなく、いつも私に小判鮫のようにくっついていたからな。
好きな男を一人も作らず、果ては私と契りを交わしたいなどと昔はよく豪語していたではないか。
そんな茜がついに独り立ちするのだ。良いことでは…」
「馬鹿わかめ!!!」
ごんっという鈍い音が部屋に響く。
私よりもさらさらしている長い髪の毛が踊る。
彼が「待て」と言い切る頃には、もう私は部屋の外。
勝手に見合いを嫌がって、勝手に構ってもらいに来て、勝手に怒って、ばかみたい。
そして今度は勝手に泣いている私がいる。
なんなのほんとうに、わたしばかみたい。
――終わった。
私の恋は終わったのだ。
結局思いを告げることなく、私と白哉の会話は終わってしまった。
いまさら引き返すことも、強がりな私には出来ず、私はよろよろと歪んだ廊下を歩き出した。
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