タイトル/確かに恋だった
見ごろだった紅い落ち葉が地面に落ち始めるにつれ、毛利君は私の血を求めなくなっていった。
最近はなんとなく図書室で待ち合わせをして、一緒に帰るだけの日々。
たまに思い出したかのように血を求める程度の頻度だ。
もう、いつ「そなたには世話になった」…いや、毛利君のことだから「貴様は用済みだ」のほうが正しいか。
…もう、いつ「貴様は用済みだ」と言われるのかわからない存在なのだ、私は。
『こういう関係』になってすぐの私だったら、きっと「ああ、これでもうこんな恥ずかしい思いはしなくなる」という感じで安心したかもしれない。
でも、時間が経ちすぎてしまったらしい、今の私にはもうすぐ訪れる「終わりの時」を喜ぶことが出来そうになくて。
…以前、肉体関係から好意を抱く女性の話を読んだことがある。
打ち取った武将の妻を愛妾にして、そこからはじまった関係。
当然最初はその女もその男を憎んでいたけれど、抱かれるたびに気持ちが変わっていく…といったありがちな話。
どうやら、私もその部類らしい。
血を吸われるたびに、求められるたびに、「愛されている」なんて錯覚を抱いてみたりして。
馬鹿な話だ、捨てられるとわかっていて、なぜ人は求めるのか。
「でも、好きになっちゃったんだよなぁ」
「…何をだ」
…しまった。思わず口に出してしまっていたらしい。
冬が迫る夜の帰り道、隣にはいつもと変わらず毛利君。
別段何か話をするわけでもないから、つい物思いにふけってしまった結果がこれだ。
よりにもよって、一番この思いを知られたくない相手の前で、こんなこと。
「茜、顔を上げよ。何をだ」
「い、いや…その、ね。この前読んでた小説の話…」
あははっと苦笑してみせると、毛利君は少しの間を挟んでから「そうか」と呟いた。
やれやれ、どうにかごまかせたみたい。
「じゃあ、またね」
辿り着いた駅。
私と彼が乗る電車は別方向。
きっと私よりも通過する駅が少ない毛利君は、この寒さから早く解放されるだろう。
でも油断をして、風邪を引いたりしないでほしいな。
まぁ毛利君なら大丈夫何だろうけど…むしろ私のほうが心配されそうだ。
「またね」
もう一回私はそれを言う。
風邪には気をつけるんだよ、とも。
「ふん、むしろ心配されるべきはそなたの方であろうに」
返ってきた言葉は、私が考えた通りの皮肉そのままだった。
****
始まりが突然なら終わりも突然らしい。
急な雨に動揺することもなく、いつものように毛利君を待っていた私と、私に声をかけた毛利君。
急な雨に動揺し、とりあえず傘もないからと、図書室で暇を潰そうとやってきた友人達。
「ねぇ、茜は毛利君と付き合ってるの?」
「そういえば放課後、一緒に帰らなくなったよね」
「水臭いなぁ〜茜ったら」
並んで歩く玄関までの廊下、少し離れた先に見慣れた友人。
訂正しなくちゃ。
散々言われた後にそう気づいた。
このまま言われっぱなしでは、口の緩い私の友人は色んな人にこのことを話してしまう。
訂正しなくちゃ、毛利君に迷惑を掛けるわけにはいかない。
何より、もしも毛利君に避けられたら──なんて、考えられない!!
「待って…」
歩いていく友人達の背中を追いかけようと、私は身体の向きを変える。
だけど、それは遮られてしまった。
毛利君の、細い割に力強いその腕の中に、一瞬で捕らえられてしまったから。
「毛利君…?」
「行くでない」
「で、でも…っ」
後から追いかけて訂正するというのは、彼のプライドに反することなのだろうか?
でも毛利君なら分かっているはずだ。
人の噂は75日、そうなる前に芽は潰すべきだって。
まさか。
「毛利君、もしかして何か考えがあるの?」
この誤解を打ち消すための良い策が。
そう、彼ならば考えているに違いない。
でも、彼が出した言葉は違った。
「…良いではないか。別に誤解をされようと」
「…え?」
「我とそなたが恋仲、それでも構わぬ」
「ち、ちょっと待って毛利君!でもそれじゃあ毛利君が…私なんかとは明らかに釣り合わないというか…」
「だから何だと言うのだ。
そなた…我の言っている言葉の意味を理解して居らぬのか?」
じっと、毛利君は鋭く腕の中の私を見た。
それが睨むように見えて、少しだけ私の身体が跳ねる。
逃げ道は無い。
だって私は今、言うならば籠の鳥というもので。
「分からぬか」
何の反応も示さなかった私に、毛利君は溜め息を吐く。
あ、混乱してて…毛利君の言葉の意味を考えていなかった。でもそれは時すでに遅し、唇と唇と触れ合っていることに気がつくまでに、時間はかからなかった。
(…え?)
「分からぬのならば教えてやろう。
我が吸血鬼だというのは嘘だ。全てはそなたを罠にかける策…」
(嘘…?策…?)
「我はそなたを我のものにしたい。
今日のこの出来事も、そなたの逃げ道を無くす助けとなろう」
逃がさぬ、そう言って毛利君は私をさらに強く抱きしめる。
蚊帳の外にいる私の思考、口だけがただ動いた。
「…え?」
友達ごっこも明日まであるよね、こういうシンデレラストーリーみたいなお話。
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