****

テンテンが余計なことを言ったのだろうか?

あれからネジはあたしを避けだした。

それでいい、これで心を乱されずに済む。

そう思っていたはずなのに、こんなにも苦しいのは何故だろう?

ものを考え、感じるのは脳のはずなのに、

何故この肉と血だけの心臓が

こんなにも、痛いのだろう?

****

「ただいま帰りました」

いつものように修業を終え、舞衣は分家の玄関をくぐる。
父母が死んでから、ずっと一人で使ってきた広い屋敷。
返事が返ってくることはないのにバカみたい…そう呟き、彼女は前を向き…固まった。
また、首を絞められる感覚が、彼女の全神経を襲う。
必死に、彼女はそこを凝視する。
彼は、笑っていた。

「ど…して…」
「…お前がオレを見てくれないからだよ、舞衣」

男は、崩れ落ちた舞衣を静かに抱きかかえると、母屋から遠くはなれた演習場に連れていった。
そして、投げ捨てるように彼女を地面に擲つ。受け身など取れない舞衣は、ドサリと倒れ、動かない。
男は笑みを消し去り、それを悲しげに見つめ、立ち去った。

****

ネジがそれを知ったのは深夜のことだった。
任務帰りのガイが倒れていた舞衣を、偶然見つけたらしい。

暗所恐怖症の舞衣は必ず日が落ちる前に家に帰るため、そんなところで倒れてるのが不審すぎる話。
それを聞いてすぐに、ネジは深夜にも関わらず病院に向かった。

深夜だからか、辺りには看護師しかいない。
静かにするという条件付きで、ネジは面会を特別に許された。
彼女の名前が書かれたプレートがかかった個室の扉の前、そこまで来て彼は立ち止まり、静かに深呼吸をして入った瞬間…息を詰まらせた。

痛々しかった。
沢山の管に繋がれた意識のない舞衣は、酸素が不足しているらしく、酸素ボンベまでつけられていて、首には包帯が巻かれていた。
静かにネジは白眼を発動する。モノクロに世界が染まっていく。
あの日見た模様が、彼女の首に、はっきりと刻まれているのが見えた。

「すまなかった…」

何故、あのときの自分は、あんなにも弱かったのか。
いや、そうではない。いくら頼れる大人はもういないとはいえ、何らかのリスクを想定し、誰かに伝えるということをしなかったのか。
たとえばアカデミーの教師でも良かった。憎たらしくてたまらないが、自分の伯父でもよかった。
どうしてあのときの自分は、あんなにも浅はかだったのか。

何故、今に至るまで思い出すことができなかったのか。

「舞衣、あの本、お前も読んでたんだな…当たり前か」
小さくネジは呟き、小さなミニサイズのメモ帳のような絵本を取り出す。
著者は…舞衣の今は亡き母親。『親戚の妻が亡くなる前に書いた絵本なんだ』と、ヒザシは幼いネジに語っていた。

生まれつき飛ぶ力が弱く空に飛び立てなかった鳥が、努力をして最後、誰よりも高い高い空の遥か遠くに羽ばたいていくという、どこか物悲しい話だ。
それを、テンテンは否定した。現実は正反対だと、翼を折られたと。

ネジはサラサラと舞衣の髪を撫でる。
運命は変えられない…意味無く縛り付けられた舞衣と、意味有り縛り付けられ父を無くした自分。同じだ、とネジは思う。

「同じ運命…か」

同じだと、ネジは哂う。
ならば、このままずっと闇にいてあげよう。
2人で墜ち続けよう。
運命は変わらないのだ。
それは、永遠に1人にはならないということ。

「人と関わるのは苦手なのにな」

何故だろう、この少女は愛せそうだと、ネジは笑った。

****

翌朝に目が覚めると、舞衣の目の前にはネジがいた。

「…なんでいるの?」
「起きてすぐの一言がそれか。それが昨日からいた奴に対する言葉か?」
「…もしかして。
ずっと…そばにいてくれたの?」
その言葉に、彼は自分が墓穴を掘ったということに気づき、顔を真っ赤に染めた。
そして、違うと否定しようと、彼は口を開く。しかし、嬉しそうに笑う舞衣がそこにいるものだから、彼は何も言うことが出来なくなってしまった。
「ありがとう」
そう言って、彼女は眼を細める。

――その笑みも、偽物なのか?
ネジは無理やりその言葉を飲み込んだ。
――今のあんたじゃ、間違いなく舞衣を傷つける
テンテンの言葉が、彼の胸には突き刺さったままだからだ。

話をそらそう。
そう思い彼は、鞄から例の本を無言で彼女に差し出す。
瞬間、彼女の目が爛々と輝いた。
「その絵本、母上の!ネジも持ってたんだぁ」
「あぁ。昔父上がくれたものだ。お前の母親が書いたそうだな」
「…あたしの母は忍じゃなくて、作家になりたがってたの。…この本だけ、残して逝っちゃったけど」
悲しげに微笑していた舞衣の笑みが、徐々に目の前で消えていく。
そして少し、ワントーン低い声で舞衣は呟いた。

「現実の鳥は、翼を折られたけどね」
「!…どういう…」
「あ、ネジには教えようか。もう1つの鳥の物語…」

歌うように、悲しげに舞衣は物語を語り出す。

「『昔々あるところに、とても美しい、綺麗な鳥がいました。
しかし、その鳥はある日、その鳥を憎み、愛する、欲望によって、その美しい羽根を、折られてしまったのです。
そのとき鳥は悟りました。運命は、変えられないのだと』
…それだけの物語、それだけ、だよ」

悲しげに笑う舞衣の表情が、ネジには自嘲するように見えた。

****

それからしばらく色々話したが、事件があった夜のことを、舞衣は一切覚えていないらしく、気づけば病院にいたと言われた。
そして、試験当日までこのまま隔離されることも。
「悪い病気とかじゃないといいけど、不安だから仕方ないんだ」
と、不安など微塵も感じさせない笑みを浮かべて舞衣は言う。
ネジも、気づかないフリをした。

「そうか、なら本戦、楽しみにしていろよ。残りの時間で今よりさらに強くなるつもりだ」
「自信あるんだね…。うん、そうだね、大丈夫!ネジなら自分の想像以上に強くなれる!だから…頑張れっ」

それが最後に会話した舞衣の言葉だった。
ネジは小さく「ありがとう」と呟き、病室を出ていく。
彼は、しばらく彼女のいる部屋の扉の前から、動くことが出来なかった。

****

「この本戦、お前らが主役だ!」

一か月後、ついに本戦が始まった。
しかしドスとサスケはその場にいなく、そこでゲンマが口を開いた。
「少々トーナメントで変更があった。
自分が誰と当たるのかもう一度確認しとけ」
トーナメントを見ると、舞衣がシードとなっていて、ドスの名前は消えていた。
サスケは、名前が書かれているにもかかわらず、まだ来ていない。
それについては、自分の試合までに到着しない場合、不戦敗となるらしい。

それから、ゲンマは「いいかてめーら。これが最後の試験だ」と言ってから、ルールは変わらないことを告げる。
そして、いよいよ、時は来た。

「じゃあ…一回戦うずまき ナルト、日向 ネジ。
その二人だけ残して…他は会場外の控え室まで下がれ!」
「…ネジ、頑張ってね」
舞衣が囁くと、ネジはしっかりと頷いた。

****

そして試合は始まった。

ナルトは影分身を使いネジに一斉攻撃をしかける。
しかし、ネジはそれを簡単に柔拳で受け流していく。
圧倒的にネジが勝っている状況…そして彼は、冷たく見下しながら言った。

「大体わかってしまうんだよ…この眼で…生まれつき才能は決まっている。
人は生まれながらに全てが決まっているんだよ」

それからもネジは、何度も悲しそうな憎しみに満ち溢れた眼をした。
その姿を見て舞衣も、同じ瞳をしていたことを知らずに。

ナルトは大量に影分身を出した。
だが、ネジにはナルトの攻撃パターンは、もう見切られていた。
それでも彼は諦めるということをしなかった。

「だから勝手に決めつけんなっていってんだろーが!!」

そして沢山のナルトがネジに飛びかかる。
しかしやはり、ネジはそれを言葉通り軽々とかわしていく。
そしてネジは、ついに1番攻撃していないナルトを見つけだし、柔拳を食らわせた。
「…だから無駄だと言ったのだ」
そうネジが言うと、その血を吐いたナルトは…消えた。
ネジの後ろには、2人のナルトが殴りかかろうとしている。

「そもそもこっちは玉砕覚悟で突っ込んでんだってばよ!!」

ナルトがネジを殴る。
しかし…ネジはそれを回天で防御していた。

「…勝ったと思ったか?」

何をしても、ネジは屈しない。
何をしても、ナルトは屈しない。
(…そろそろ、だな)
いい加減この茶番も終いにしよう。
そして、悔しがりながら立ち上がるナルトに、ネジは冷たく、死刑宣告をするかのように言い放った。

「これで終わりだ・・・お前はオレの八卦の領域内にいる」

そう言ってから、ネジは構える。
分家なら絶対使えないものを、ネジは観客の前で使った。

「柔拳法・八卦六十四掌」


それは一瞬にも近い出来事だった。ナルトは、ネジに高速の突きを入れられ、立つことが出来なくなってしまっていた。
ネジは追い打ちをかけるように、見下すように言い放つ。

「フッ…くやしいか?変えようのない力の前にひざまずき己の無力を知る。
努力すれば必ず夢が叶うなんてのはな、ただの幻想だ」

ナルトは、ゆっくりと、ぐぐっと立ち上がる。
それは、八卦六十四掌を食らったものには決してできない動作。
『諦め』という存在を捨てたような、その姿に驚愕するネジに、ナルトは問いかけるように言った。

「なんでお前はこんなにつえーのに…なんで全部見透かしたような眼で、あんなに頑張ってるヒナタを精神的に追い込むようなことをした…!」
「…お前には関係のない話だ」

一瞬反応したが、すぐに何事もなかったように突き放すネジに、ナルトはついに、ついに怒鳴った。

「落ちこぼれだと勝手に決めつけやがって!
宗家だか分家だか何があったかそんなの…しんねーけどな…他人を落ちこぼれ呼ばわりするクソヤローはオレがゆるさねー!!」

ネジにも沸点はある。
普段から彼とよく接しているものにはわかるかもしれない。
彼は意外と沸点が低い。
しかも性質が悪いことに、キレたら彼は言ってはならないことを発してしまうことがあるのだ。

…彼は、一度自嘲か嘲笑ともとれる笑みを浮かべる。
眼は、憎しみに染まっていた。

「解った…いいだろう…そこまで言うなら教えてやる…日向の憎しみの運命を」

それからネジは、静かに、全てを語り出した。

****

「日向宗家には代々伝わる秘伝忍術がある。
それが…呪印術…その印は籠の中の鳥を意味する…それは逃れられない運命に縛られた者の証!」

ネジが額宛を取るとそこには緑の卍の印があり、観客たちは息を詰まらせた。
舞衣も密かに首に手を当て、うつむきながらも、黙って舞衣が出会う前の、ネジの悲しい過去を聞いた。

4歳の頃に刻まれた呪印、それは分家の脳神経を破壊する力をもっていた。
そして…宗家に父親を殺されてしまった。
彼女はそれを聞いてはいたが、ネジの顔を見ながら聞くと、初めて聞いたときよりも、ずっと胸が苦しくなった。
それからネジは額宛を着け、まだ色々言ってくるナルトに、やはり突き放すように言った。

「救えない奴だ…」

そしてまたナルトの点穴を突き、ゲンマに宣言する。
「試験官、終わりだ…」
立ち去ろうとするネジ。
しかし、やはり彼はまた立ち上がる。

「オレは…にげねぇ…まっすぐ…自分の言葉は曲げねぇ…」
「フッ…聞いたような台詞だな…」

ネジは嘲笑する。
それは、予選の際にネジと戦うこととなったヒナタが発した言葉と、同じものだったからだ。

―ばかばかしい…―

彼は脳裏にそんな言葉を浮かべた。
しかしそれは次のナルトの言葉によって、煙となって消えていった。

「お前みたいに運命だなんだ…そんな逃げ腰ヤローにぜってー負けねぇ…!」

ネジはその言葉に立ち止まり、その言葉を拒む。
「何も知らぬガキが偉そうに説教するのはやめろ…。
人は生まれながらに逆らうことの出来ない運命を背負って生まれてくる」
(さすがに呆れた。馬鹿ね、ナルト君は)

その言葉に舞衣とネジは、傷となった言葉を思い出す。

ネジ…お前は生きろ…お前は一族の誰よりも日向の才に愛された男だ…お前を宗家に生んでやりたかったなぁ…。
(宗家に生まれてたらこんなことにはならなかったのにな。
哀れな分家の天才だ…)


「一生拭い落とせぬ印を背負う運命が、どんなものかお前などに分かるものか!」
(一生、またあの空を飛べない気持ちが、あなたにわかるというの!?)

悲痛な表情のネジを見て、ナルトはふと、自分の中にある九尾を思いだした。
そうだ、自分も苦しかった。それを乗り越えてきたから今がある。
…だから、わかるのだ。こいつの苦しみも、なんとなくは。
ナルトは、微笑しながら、言った。

「ああ…分かるってばよ…」
「「!」」
「んでそれが何?
かっこつけてんじゃねーよ…別にてめーだけが特別じゃねーんだってばよ!
ヒナタだってな…お前と同じように苦しんでたんだってばよ!
お前だってそうだ!宗家を守る分家が試験だからってヒナタをあんなにして、ホントはお前だって運命に逆らおうと必死だったんだろ…!」

図星、とでもいうようにネジは言葉を詰まらせたが、再び笑みをつくる。
勝ち誇ったような笑みだった。

「ふ…お前の点穴は閉じている…チャクラの使えないお前がどう戦うつもりだ…。
結局の所、お前もヒナタ様も同じ運命だ!」
「うるせえ!白眼で何でも決めつけて分かったようなこと言いやがって!」
「ならお前の言ってることが正しいかどうか見せてもらおうか・・・」
「ああ!ぜってーお前倒して、それを証明してやる!!」

しかしナルトはチャクラなど使えない。
何をする気なのだろう?…ナルトが負けてくれないと、嫌な予感がする。
できればそのまま諦めてほしい…舞衣の中に、ふと、そんな不安が生まれた。
しかし、ナルトが突然叫びだし、彼女のその思考は掻き消えた。
いや、かき消されてしまった。

「ハァアアアア!!!!」

叫びながらナルトは、ありもしないチャクラを練っている。
無理だとネジは思いつつ、汗を垂らすナルトに問いかけた。

「…1ついいか?どうしてそこまで自分の運命に逆らおうとする!?」
「落ちこぼれだと…言われたからだ…!」

そしてナルトから、ぶわりとチャクラが漏れ出す。
――化け物だ。
舞衣は、そう直観で彼を称した。
漏れ出していくナルトのチャクラは、いろいろなものに巻き付いていくようだった。
ネジは、白眼に集中を高める。
…そうしているうちに、気づけばナルトはネジの背後に、凄まじいスピードで回り込み手裏剣を投げていた。
とっさにネジは、回天を使い防ぎ、そしてナルトに投げ返すが…当たらない。
彼のスピードが、さっきとまるで違っているのだ。

驚く暇を彼は与えない。
ナルトはネジに向かってくる。
チャクラはナルトを包んでいて、その衝撃は地面を砕いていった。

「日向の憎しみの運命だかなんだかしんねーがな!
お前が無理だっつーんならもう何もしなくていい…!」

(!…マズイ!!回天を…)

ネジは蒼いチャクラを身にまといだす。

その間も、変わらず突進する少年。
彼はぶつかりながら、籠の鳥に呼びかけた。


「オレが火影になってから日向を変えてやるよぉ!!」


衝突による爆発が起き、2人は地面に叩きつけられ、静まり返った。

****

2つの穴が出来ていて、先に出てきたほうが勝者。
誰が見てもわかる状況、そして先に現れたのはネジだった。
…やっぱり、ネジに勝てる下忍なんていない。ネジは天才なのだから。

ネジはゆっくりと歩き、穴の中で倒れているナルトに言った。

「落ちこぼれくん…悪いがこれが現実だ」

刹那、地面が盛り上がった。
突き出てきた拳は、ネジの顎を思い切り殴る。
ネジは、動けなくなってしまい、舞衣は驚愕した。
其処にいたのは、ナルトだった。

倒れていたナルトが消える。そこには、小さいが穴があった。
それをネジは横目で見て、自嘲気味にナルトに言った。
「く…あの状況でとっさに影分身を……お前の得意忍術か…うかつだった…」
しかし、ネジの言葉を、ナルトは、「…オレってばアカデミーの試験に3度落ちてる」、と否定しはじめた。
「運悪く卒業試験に出るテストがいつも…オレの一番苦手な忍術だったからだってばよ。
分身の術は……オレの一番苦手な忍術だったんだ」
「!」

「運命がどーとか変われないとか、つまんねーことめそめそいってんじゃねーよ!
お前はオレと違って…落ちこぼれなんかじゃねーんだから」


…数秒後、高らかに、その声は会場に響いた。


「勝者、うずまき ナルト!!」


舞衣は静かに目を閉じた。


運命は変えられない・・・。

****

このとき、あなたは既に知っていたんだ。

ねぇ、翼を折られたのはあたしでもあるの。

傷つく度増える道化のバリエーション、ねぇ見破って、見破らないで。

****

運命の日
変わり出す何かと壊れゆく何か

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