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届かない月に向かって手を伸ばして飛び上がる。

掴んだのは空気だけ、そんな風に自由も掴めない。

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いつものアカデミーの教室、穏やかな朝。
いつものように、今日もあたしは読書をする。
今日は木ノ葉にある和歌を集めた本、まだ入学したばかりだから、書庫には行ってないけど、早く行きたいと思う。

(恋歌って男の人も詠むんだ…あ、この和歌いいかも。えっと…解釈は…)
「ねぇ、舞衣がまた難しい本ばかり読んで黙り込んでるんだけど」
「!」

クラスの女子が、あたしを見てはやし立てる。
いつものこと、だ。

笑う気力が起きなくて、愛想笑いをするのも億劫。
笑えなくて笑えなくて、ついには仲間外れにされて、暇だからこうして、本を読むしかなかった。
この1ヶ月間、そうやって耐えてきた。

「その首の包帯も、苦しくないのぉ?」
「がり勉だよねー」
「無表情のお面でも被ってたりして」
「あ、いえてるー!」

…何デ、笑ワナクチャ、イケナイノ?
脳裏にそんな疑問が浮かんだ。
でも、まわりはその疑問に答えることはなく、ただ、ひたすらはやし立てる。

「なんかさ、やっぱりあんた気持ち悪いわ」
「同い年って感じしないよねー」
「天才とか言われて、いい気になってんじゃない?」
「あ、わかる!凡人のうちらと違って、舞衣ちゃんは名門美瑛一族の天才だもんねー」
「てか、ここまで言ってるのに、何も言いかえしてこないとか、普通じゃなくない?」
「心がないんだよ!」
「うわっそれじゃあ化け物じゃん」
「『醜いアヒルの子』って絵本あるじゃん?アヒルみたい」
「化け物」
「醜い」
「普通じゃない」
「変」

ぐるぐるぐるぐる、頭を駆け巡る呪いのような言葉。

『宗家だったら』
あの、従兄の言葉が浮かぶ。

『多分な…』
あの男の子の笑みが浮かぶ。

ぐるぐるぐるぐる、いろんなものが浮かんで、消えた。


「…もう、いい」


そうか、この世界では、笑わないと生きられないのか。
表面だけ、みんな笑って生きてる。
1ヶ月経ったけど、あの男の子もそう、誰もこの首に気づかない。

助けは、来ない。
なら、もう、いい。

…暗闇の中に、仮面が浮かんでいる。
嘘でもいい、構わない、ヘラヘラ笑っていたらいい。

「……笑える、よ」

にこりと、笑う。
それが、あたしが初めて仮面を着けた日だった。


****

どうやら眠っていたらしい、舞衣は欠伸を1つした。

医療班に運ばれ検査をしても、舞衣が倒れた原因はわからなかったと、ネジは聞かされただろう。
本当のことは誰にも告げられない…舞衣は医務室のベッドに寝そべりながら、伸びを一つした。

…もう、試合が始まっているだろう、行かなきゃならない。
早く強くなるために…舞衣は起き上がった。
刹那、グッと力強く自分を押さえつける何かの感触。
そして、優しくも厳しさを滲ませた声が、狭い部屋に響いた。

「ダメよ、舞衣」
「テンテン…離して?」
「嫌よ、離さないわ。舞衣…あんた自分が今どういう状況におかれているのか、分かってるの?」

…検査中心配だからやってきたという彼女を無下には出来なかった事が、まさか裏目に出るとは思わなかった。
しかし、彼女が心配するのも無理はない。あたりを見渡すと、確かに彼の気配を感じるのだ。
それでも、舞衣は首を振り笑った。

「あたしは、父と母の名に恥じない忍になりたいの」
テンテンの手を振り払い、舞衣は立ち上がり、会場へと足を進めていく。
「あたしは舞衣が傷つく姿をこれ以上見たくない!!」
そんなテンテンの悲痛な願いを聞き入れずに、舞衣は彼女を置いて仮面を深くかぶりなおした。

****

舞衣が来ると、既にカンクロウとミスミという忍が戦っていた。

「舞衣!大丈夫でしたか?異常無しなんて…」
「大丈夫だよーリー。ちょっと額宛てをきつく巻きすぎてたみたい」
「き、気をつけてくださいよ!首は急所なんですから」
「はい、気をつけます」

笑いあう2人を、ネジは試合を見ながら横目で見つめていた。
(額宛てがきつすぎた?そんなわけがない…ならばなぜあのとき額宛てを外すことを拒んだ?これは嘘だ…)
「ネジ」
はっと、ネジは顔を上げる。
そこには、片目を閉じ、人差し指を口元にあてて笑う舞衣がいた。

「勝者・カンクロウ!!」
そう高らかな声を響かせる試験官の声、電光掲示板にうつるそこには自分の名前、そして『美瑛 舞衣』という文字。
ネジはそこで、思考を別のものに切り替えた。
「申しわけありませんが、ランダムで2回闘ってもらう人を選ばせていただきました。
…なのでネジくんには少し厳しいですが…1度負けても、もう一度チャンスがあると思ってください」
そんなチャンスは余計だなと、苦笑しつつ、舞衣はネジとほぼ同時に柵を飛び降りた。

「・・・お前の大体の能力はわかっているが」
「あたしも大体の能力は見切ってるよ。手加減はしないから…ね?」
普段通りに彼女は笑っているが、眼だけは笑っていない。
今まで何度見ただろう、あの般若の姿を。あれの一歩手前の表情を、今の彼女はしている。
ネジは、目の前のチームメイトに恐怖心を抱いた。

「それでは、始めて下さい」
その言葉と同時に、舞衣の姿は消えた。
「!?」
とっさにネジは白眼を発動し、舞衣を探す。
しかし、時すでに遅し。彼は、自分の身体が動かないことに気づいた。
目の前では、いつの間にか現れた舞衣が、冷ややかに笑っている。

「現象法・風縛。
見えない風で縛り上げるからー…強風で息は出来ないの」
ネジは呼吸が出来ず、その腕が…ダラリと落ちた。
「…試合続行不可能により…勝者美瑛 舞衣!」

そう言われ、舞衣は現象法を解く。ネジは、ドサリと地面に崩れ落ちた。
「やったぁ勝った!ネジ、大丈夫?」
舞衣は一度ぴょんっとウサギのように跳ね上がってから、ネジに駆け寄り、肩を貸すと、ネジはよろよろと立ち上がった。
しかし、それは束の間の安心。今度は舞衣が崩れ落ちた。

「舞衣?どうした?」
「…木縛に比べて、風縛は永続的に強風を出すから、かなりのチャクラを消耗するんだぁー…あはは」
「…なら使うな・・・」
「ネジ強いから油断したら終わりだもん…仕方ないじゃん」

そう言って立ち上がれない舞衣を、早くも回復したネジが呆れながら、舞衣を背負う。
そして2人は、その場から姿を消した。

****

医療室に入り、医療班の指示で空いているベッドに舞衣を寝かせると、ネジはため息を吐いて言った。

「全く…お前は馬鹿か」
「だってネジには白眼があるでしょ?
だから景色隠れで姿を消して、隙をついて風縛を使うしか方法がなかったの…」
「おかげでこっちは死にかけたけどな」
ネジがそういうと舞衣は苦笑し、目を閉じて呟くように言った。
「ごめんね・・・」
よほど疲れたのか、そのまま舞衣は静かに寝息を立て始める。
無防備に、しかも年頃の男の目の前ですやすやと眠る舞衣。それは、自分を信用してくれているという証拠。
ネジは思わず微笑し、言った。
「早く回復しろよ…」

その言葉を最後にネジは医療室を出ようとしたが、「あ、ちょっと君!」と、突然誰かに呼び止められ、ネジは振り返った。
「美瑛さんの班員かい?」
服装から見て、医療班の人間だ。
ネジが頷くと、彼は言いにくそうに、言葉を選びながら言った。
「美瑛さん…実はあの呼吸困難は原因があるんだ。
言うなと言われたから黙っているけど…彼女のまわりには、注意してね」

『彼女のまわりに注意しろ』

その言葉と同時に、彼の脳裏に舞衣の体に無数にある赤紫の痣が浮かんだ。
――やはり、あれは『舞衣以外のだれか』によってできたものなのか!
ネジは、そこでようやく確信することが出来た。
そして、素直な口調で、「わかりました」と頷いた。

****

それからしばらくして、舞衣はふっと目を覚ました。
おぼろげな視界がクリアになるにつれ、見えてくるのはネジの姿。
「ネジ…?」
「…予選、終わったぞ」
「進出者は…?」

舞衣が問いかけると、ネジは大まかに火影に言われたことを語った。
予選進出者は日向 ネジ、うずまき ナルト、カンクロウ、油女 シノ、美瑛 舞衣、ドス・キヌタ、奈良 シカマル、テマリ、我愛羅、うちは サスケ。

本戦はトーナメントで行われる。
1回戦はうずまき ナルト対日向 ネジ、
2回戦は我愛羅対うちは サスケ、
3回戦がカンクロウ対油女 シノ、
4回戦がテマリ対ドス・キヌタ、
そして5回戦が奈良 シカマル対美瑛 舞衣。

本戦は準備期間も踏まえ、1ヶ月後に行われることを告げると、舞衣はため息をついた。
「じゃあテンテンやリーは負けたんだね…」
「ああ、砂の奴らにな」
「…そっか、残念だね…明日お見舞い行こうかな」
残念そうに悲しげに笑う舞衣、しかしネジには一瞬、何故かそれが作られたもののように見えた。

「・・・立てるか?」
「あ、うん平気!兵糧丸と同じ成分が含まれた点滴打ってもらってたからもう大丈夫!あ、でも…」
ちらりと舞衣は怯えた表情で一瞬、外を見たが…しばらくして笑った。
「良かったぁ…夏だしまだ暗くない。安心して帰れる!」
ニコッと笑う舞衣のその表情は、暗所ではないもっと別の何かに怯えているように、ネジは見えた。しかし、気まずくなると色々厄介になるため、「そうだな」と、彼は微笑んで見せた

****

間違いない、あなたは気づいている。
だって、あなたのあたしを見ている眼が探っているようだから。

やめて、あたし、あなたを好きでいたいの。
もう傷つきたくないの、わかってよ。
あなたを嫌いになりたくない、だから、もう何も気づかないで。

夢に見るの、あたしは鎖に縛られていて、目玉をあの人に抉られていて、どうしようもない絶望感にすべてが壊されてしまった夢。
このままだと、あたしはいつか夢と同じようなことになってしまう気がして…怖い。
でも、醜い自分を暴かれるのも怖くて。
ああ、なんていう矛盾。

誰カコノ我ガ儘ナ願イニ気ヅイテ。


****

「朝からあたしに何か用?」

早朝、朝早くから開いているその甘味屋で、団子をほおばりながらそれでも呼び出されたことを不服そうなテンテン。
大切なことがあった。聞きたいことがあった。
きっと彼女は、自分が知らない何かを知っているはずだから。何かこの胸のざわめきを止める手がかりを持っているはずだから。だから、

「舞衣に今まで何があったのか…何か、知らないか」
「ええ、知っているわ。でもね、これは言えないの」

スパッと一刀両断、無表情でテンテンは団子をほお張る。
しかしそんなことは計算済み、話せる話ならばもうとっくの昔に聞いていただろうから、交渉が必要だということは予測している。ネジは退かなかった。

「ねぇネジ、あたしから話を聞いて、あなたはそれで動けるの?」

退かないつもりだった。それなのに。
ピタッと…ネジの思考が止まる。テンテンは、恐ろしいくらい冷たい眼で、それでもどこか泣きそうな目でネジを見つめていた。

「ネジは…舞衣の何を見ているの?どうして?…どうしてあのときのことをちゃんと忘れずに覚えていないの!?なんで忘れてしまったの!?
舞衣の顔を見て、本当の『美瑛 舞衣』を知りなさいよ!!!」

――本当の、舞衣の姿。

苦痛に歪んだ顔、
凛とした儚げな顔、
首の額宛…首?


『宗家の兄さんに…──を付けられたの…』


絶望的な言葉が、ネジの脳裏に過ぎる。
そうだ、あのとき彼女は、何を付けられた?
命を握り自由を奪う枷…そう、間違いない、自分の額にも刻まれている。
ぼんやりと、拒絶していたかのように忘れていた台詞が、鮮明に浮かんだ。


「『宗家の兄に呪印を付けられた』…」


記憶を蘇らせたネジに、テンテンはため息をつき、頷いた。

「ネジは、あれから楽しげに無理やり笑顔を作って笑う舞衣を見て、さぞ安心したでしょうね───違うわ。
舞衣は、すべてを諦めて、沈んだの。
現実の鳥は、翼を折られて閉じ込められたのよ」

もう一度、よく考えてみて。
今のあんたじゃ、間違いなく舞衣を傷つけるわ。
それだけを言い残しテンテンは去っていく。
残されたネジは呆然と座りこみ、ただただ拳を震わせていた。

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昔読み聞かされた絵本の内容、

あの鳥みたいにあたしもなりたかった。

でもあたしはもう…翼がない、飛べないの。

ねえネジお願い、あたしと一緒にこのまま闇にいてくれる?

あなたも闇にいるんでしょう?

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それぞれの願い
ネジは走った、幼い頃に受け取った父からの誕生日プレゼントに答えはある。

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