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歯車が狂いだした音が聞こえる。

ごめんなさい、これが真実。

あなたが嫌い、そう、嫌いなんだ。

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気がつくと初任務から、一年の時が過ぎていた。

ウサギを十羽捕まえる任務や、要人警護、子守…様々な任務をこの一年間でこなし続けた。
しかし、そんな任務に、あたしたちは退屈を感じ出していた。
どれもこれも依頼人にとっては必要な任務、しっかりとこなさなければいけない。
それでも、何かが物足りない。そう感じ出していたときだった。
先生に、任務以外で呼び出されたのは…。


「突然だがお前たちを中忍試験に選抜した!」

突然の言葉に、数秒間静寂が続いた。
混乱と動揺で頭が真っ白になる。
一番初めに叫んだのは、リーだった。

「うおぉお!やりましたね!!」
「やったわ─!!」
「・・・やっとか」
「やったぁあ!」
「一年遅らせたからな…長いこと待たせてすまなかった。
では急だが明日!アカデミーの301に志願書にサインして来い!!以上!!」
「本当に急ね…」

テンテンが苦笑いする横で、あたしも頷く。
もっと前からそういう話はして欲しかった。
でも、わがままは言っていられない。やっと、やっと立派なくノ一になるための二段目の階段に差し掛かることが出来たのだ。
ようやく自分も中忍になるための試験が受けられる…。舞衣は、少しだけ笑って拳を握り締めた。

****

暇だったため、ガイの言葉を聞いてから解散した後も、4人は集まって話をしていた。
リーは1度帰ったので、3人で談笑していたが、すぐに彼は情報を仕入れて帰ってきた。

「オイ…おいおいおい聞いたかよ」
「その口調なに?」

軽く舞衣が、格好つけているリーに突っ込みを入れる。
しかし、リーは準備体操を始め、言葉を続ける。
…つまり、彼女の冷静な突っ込みは華麗に無視されたと言うわけで。
スルーされた舞衣は、少しだけ首を傾げた。

「今度の中忍試験…5年ぶりにルーキーが出てくるって話。さっき此処に来るとき聞こえたんだ」
「まさかぁ!どうせ上忍の意地の張り合いかなんかでしょ…」
クナイを藁人形にあてていくテンテンが言う。
「どうせ潰すために連れてくんじゃない?」

さらに舞衣も気を取り直して、風切の刃を最大に保ちはじめた。

「いや…その内の3人は、あのカカシの部隊っていう話だぜ」
(だからその口調なに?)
と、舞衣は思ったが、どうせまた無視されると思い口を閉じる。

代わりに口を開いたのはネジだった。
「面白いな、それ…」
瞑想をしていた為、黙っていたネジの言葉に、テンテンと舞衣は笑って、同じ言葉を発した。
「「まぁいずれにしてもー」」
「可哀想な話だがな………って舞衣、何をするんだ!」

テンテンがクナイを投げ、舞衣は現象法で作り出した風の刃を、ネジのいる木に向かって飛ばしたのだ。
クナイは的に的中。刃は木を3本くらい切り倒したため、3人は青ざめながら舞衣を見た。

「怖っ」
「お前はオレを殺す気か!」
「僕のライバルを殺さないでください!」
「まぁまぁ!大丈夫!だって…ネジだし?ていうかリー、さっきから口調変だよ?」
「ああ、とある人の口調を真似たんですよ」
「とある人?」
「そんな口調の人なんていたかしら?」

テンテンと舞衣が聞くとリーはビシィッと、ネジを指差す。
3人は口を揃え、リーに言った。

「・・・似てない」

****

当日、会場に着くとネジは、真っ先にある違和感に気づいた。
舞衣も気づいたらしい、「ここ…2階だよね?」と呟いた。
「そうだな、幻術だろう」
「僕はあまり目立ちたくないので、知らないフリをしたいのですが…」
「そうね、リーの言うとおりだわ」
あえて知らないフリをしよう。
そういうことにして、リーは301の入り口を通せんぼしている2人に近づく。
何も知らない無知な子どもを装って、不用意な振りをして。そしてさらに、少し乱暴に。

「君たち、そこを通してくれませんか?」
その瞬間、響く鈍い音。
リーが、通せんぼをするうちの1人に蹴り飛ばされた音だ。
「リー!大丈夫?」
痛がる演技をするリーに、舞衣は心配そうに駆け寄る。
「平気ですよ、舞衣」
その瞬間、張り詰めていた彼女の表情が「良かった…」という声と共に緩んだ。

「…?」
それを遠巻きに見ていたネジは、妙な違和感を覚えた。
もやもやとした得体の知れない何かが、彼の胸を蹂躙する。
しかし、それは男たちの良く通る声にかき消された。
「そんなんで試験受けようっての?やめた方がいいんじゃない」
「ケツの青いガキなんだからよぉ…」
そうそうと、横にいる男も同意する。
すると、もっとそれらしく騙されているフリをするためか、テンテンが懇願するように、男たちに駆け寄った。
「お願いですから…そこを通してください」
その瞬間、彼女は当たり前のように男に殴られる。すると、舞衣は顔を真っ青にして、「テンテンっ大丈夫?」と言いながら、彼女の前に駆け寄った。

「…!」
やはり、おかしい。
妙な違和感が、再び胸の奥から湧き上がる。
おかしい。おかしい。
何がおかしいって、そう、自然すぎて演技に見えないのだ。
賢い舞衣のことだ。
これらの行動すべてが演技だということには気づいているはず。

(それなら、どうして…)

****

「いいか!?これはオレたちの優しさだぜ…中忍試験は難関だ…オレたちも合格を逃してる…。この試験を受験したばかりに忍をやめていく者…再起不能になった者…オレたちは何度も目にした」
「それに中忍試験っていったら部隊の隊長レベルよ。任務の失敗に部下の死亡…それは全て隊長の責任なんだ。
それをこんなガキが…どっちみち受からないものをフルイにかけて何が悪い!」

五月蝿い男、小さく舞衣は呟く。
この人たちの演技なんてバレバレだ。もっともっと、完璧な演技が出来ないのだろうか?
(あたしが、慣れすぎちゃっただけなのかしら)
何かを知るたびに、何かを汚していく。
それが世の中のすべて、なら自分は、「仮面」を代償に何を失ってしまったのだろうか…。
そのとき、まだ汚れきっていないその声が響いた。

「正論だな…だが、オレは通してもらおう。
そしてこの幻術でできた結界をとっとと解いてもらおうか…。オレは3階に用があるんでな」

後ろから響いたその声に、舞衣は振り向く。
黒髪のいかにも、クールそうな男が、そこには立っていた。
不敵そうな顔。自分の力を過信していそうな人だと思う。
(…誰だろう?)
なんとなく気になった舞衣は、小声でテンテンに声をかけた。

「あの人、ルーキーよね?
あたしたち以外に気づいたなんて…」
「確か今年のNo.1ルーキーよ…名前忘れたけど、有名よ」
「…有名なのに、名前が分からないの?」
「そういう舞衣こそ、存在自体分からないじゃない」
「あはは…まぁお互い様ってことで」
「ならないわよ。あたしのほうが詳しいわ」
「まぁまぁ」

「もちろんとっくに気づいてるわよ。
だってここは2階じゃない」

…嗚呼、くだらない話をしているうちに、話が進んでいたらしい。
その言葉を言い放った桃の髪をした女の子の隣にいる金髪の男が、頷いて笑った瞬間、幻術は解けた。

「ふ〜んなかなかやるねえ。
でも…見破っただけじゃあ……ねぇ!」
自分たちを包み込んでいた幻が消え去ってから、男は笑った。
まるで負け惜しみのようだ。
そうネジは他人事のように思いながら、その風景を眺める。

さっきの幻術を見破った男に、入り口を封鎖していた男の一人が蹴りを入れようとしている。
蹴られかけた彼も、男を蹴ろうとしている。
このままでは乱闘になるだろう。
(オレ達が受験停止とかにならない限りは、関係のない話だがな)
とにかく変に目立たなければいいのだ。
しかし、そんなネジの願いは、瞬時に2人の間に滑り込み蹴りを止めたリーによって打ち砕かれた。

明らかに目立っているその行動。
(この馬鹿!)
思わずネジは心の中で毒づく。
これは一言言うべきかも知れない。
今後また、こういうことがあったら面倒だ。

眉間に皴を寄せながら、彼に「オイ」と声をかける。
舞衣も同じ気持ちだったのか、いつしかオレの隣に並んでいた。

「おい。お前約束が違うじゃないか。下手に注目されて警戒されたくないと言ったのはお前だぞ」
「…30分もまだ経ってないよ?」
「…だって」

…何が「だって」だ。
何か正当な理由や作戦があるならいい。
ただ、さっきの桃の髪の女(確かサクラと呼ばれていたような気がする)を見て、頬を染めながら言う言葉に正当性はない。
(テンテンも哀れだな)
一年もたっているというのに、どうして彼女の気持ちに気づくことが出来ないのか。

ちらりと、ネジはテンテンを見る。
リーの説教役はテンテンと、一年前から自然に決まっているのだ。
しかし、処置無しというようにテンテンは頭を振っている。
ネジは呆れのあまり、ため息を漏らした。
当の本人といえば、サクラに近寄りナンパを始めようとしている。

「ボクの名前はロック・リー。サクラさんというんですね…」
ガイ並みの暑苦しさ。歯を光らせる理由は何処にあるのだろうか。
「ボクとお付き合いしましょう!!死ぬまでアナタを守りますから!!」
初対面でその言葉か。

苛々が蓄積されるのを、ネジは堪える。
しかし、彼女には無理だったらしい。
気づくと、隣にいたはずの舞衣は消えていた。
一年前に光臨した般若が復活なされたようだ。
リーを殴り、そのまま胸倉を掴む。その表情は、輝かしいほどの笑顔。
…それ以降を見る気にはなれなかった。見ないほうがいいことも世の中にはある。

(そういえば)

さっき幻術を見破ったあの男、額宛の新品感からして、今年のルーキーだろう。
少し気になり、オレはその男に近づく。
「おいそこのお前」
声をかけると、男はくるりと振り向く。
「…名乗れ……」
「人に名を聞くときは自分から名乗るもんだぜ…」
「お前ルーキーだな…歳いくつだ?」
「答える義務はないな…」
オレの質問全てにまともに答えず、くるりと男は背を向ける。
…五月蝿すぎるのは苦手だが、今のタイプの人間も苦手だ。
もういい、後々情報も入るだろう。
オレも背を向けると、その瞬間、聞きなれた声が響いた。

「先輩の言うことくらい、ちょっとは聞いたらどうですかぁ?
あの人ねー意外と傷つきやすいから」

舞衣だった。
別にそこまで傷ついてはいないのだが、彼女にはそう見えるらしい。
彼女の目の前にいる男は、とても怪訝そうな顔をしていた。
「いまの奴と同じ班か?」
「うん」
「…オレはうちは サスケだ。お前は?」
「ちゃんと自分から名乗ったね、偉い!
あたしは美瑛 舞衣。よろしくねサスケ君!」

…なんだ、こいつ。
舞衣には素直なのか。
舞衣は舞衣で、握手を求めようとしている。
無知だ。その行為ですらも男は「好意」と取ることも知らずに、なんてことを。
案の定、男は舞衣の手を両手で包み込み、笑った。

「気に入ったぜ…舞衣さん」
「…え?」

舞衣が戸惑いの声を漏らす。
嗚呼、どうやらオレの予想通りらしい。
「あの…」
戸惑う舞衣の声が、少し震えている。
それでも男…サスケは手を握ったまま笑っている。

…もう、限界だ。
わざわざ瞬身を使って、オレはサスケの後ろに回りこむ。
「あ」と、舞衣が小さく声を漏らしたと同時に…オレはその手を叩き落し、彼女を後ろから抱きこんだ。

「えっ、あの、ちょっと!?」
当然のように舞衣は驚く。
我慢してくれとしか言いようがない。ここで「それらしい関係」に見せないと、この男はいつまでも彼女に付きまとってきそうだ。
「生意気だと思ってたら…いきなりナンパか。
呆れるな」
…これ以上言えば、唯の口喧嘩になりそうだ。
オレはサスケが握っていた手と同じ手を掴み、彼女を前のほうに引っ張り出した。

「行くぞ、もう時間だ。
あんなのに構っている時間はない」

…それでも、苛立ちが収まらなかったので、オレは軽く白眼で睨み付ける。
それから、奴にくるりと背を向けた。

****

受付の4時まで、あと30分をきった。
しかし、なぜかリーがいない。彼はテンテンに、「確かめたいことがあるので、先に行っててください」と言ってから、姿を眩ましたのだ。
いくらこの会場内にいるとはいえ、このまま受付に来なければ失格になる…。
残り30分、時間を守る彼ではあるが、万が一のことがあったら…焦りを感じた舞衣は、ネジとテンテンに背を向けた。

「ネジ、テンテン。あたし様子見てくる!」
「…わかった。4時までには戻ってこい」
「当たり前!じゃ行ってくる」

ネジに向かって笑いかけてから、彼女は走り出す。
彼女が教室から出て行ったのを確認してから、テンテンは笑った。
「ねぇ、ネジ。さっき見てたわよ?」
「…なにをだ」
「ネジが、サスケ君に思いっきりけんか腰だったところ」
「…」
ネジの眉間に深く深く皴が寄った。こういう反応をするということはテンテンも予想していたのだろう。
「あまり怒らないでよ」と、けたけたと彼女は笑った。

「舞衣って、確かに鈍感よね」
「…ああ」
「でもネジも鈍感よね」
「…そうか」
「そうよ」

あら、どうやらあたしの言うことも案外外れていないみたいね、と、テンテンが小さく呟く。
身勝手なのか、意識外のことだから仕方が無いことなのか。
ネジは明らかに、舞衣を特別視している。

この男と舞衣が幼馴染だと言うことは知っていた。
でも違うのだ。これは、もう幼馴染と言う次元の問題ではない。
彼は、間違いなく舞衣に恋愛感情を抱いているのだ。そして、舞衣も。

「ねぇネジ、一年前から思っていたんだけど忠告するわ。大事なことに早く気がつかないと、手遅れになることってあるのよ」

たとえば何が手遅れになるのだろう?
そう思いつつ、テンテンはその言葉を言ってみる。
例を挙げるなら、そう…気がついたら大切な男友達は婚約者を見つけてしまって、その人は自分ではない。
そして男友達は言うのだ。「お前と友達でよかった」と。
前々から自分のほうが男友達を好きだったのに、こんなことになるならもっと早く伝えておけばよかった…ということがあるかもしれない。
…アカデミー時代の友人の話なのだが。

一方のネジにも心当たりはあった。
しかしテンテンのような、単なる恋の話ではない。
ネジが考えていたのは、いつか分からない昔見た夢のような何か。
彼女の大切なものに近づくことが出来なかった自分。
鎖に繋がれた彼女。
涙の代わりには赤い雫。
そして、言うのだ。
「もう、手遅れよ」と。

…そんな結末は、嫌だ。

ネジの心の中に、そんな強い抵抗が生まれる。
ずきずきと痛みを発しながら、訴えてくる抵抗。
堪らず、ネジは胸を押さえた。

****

しばらくしてから、舞衣は後ろにリーを引き連れて戻ってきた。
受付の時間まで後少し、本当にぎりぎりだ。

「遅かったな。説得が難しかったのか舞衣」
「来てみたらリーがサスケ君と戦ってたのーもちろんリーの勝ち!」
「そうか」

当の本人であるリーを、ネジはちらりと見る。
テンテンにものすごい勢いで怒られている。
いや…嫉妬されている、と言うほうが正しいのだろうか。
そう思っていた時、急に、もの凄く大きな声が響きわたった。

「オレの名はうずまき ナルトだ!!
てめーらにゃあ負けねーぞ!!!
分かったか───!!!」

鼓膜が破れそうなほど大きな声。
ネジが振り向いた先には、あの金髪の男と、サスケ。
リーが叩きのめしたと思ったのだが…。

「えらく威勢がいいな。イジメが足りなかったんじゃないかリー」
どうやら、よっぽど図太い神経をお持ちのようで。
そういう気持ちをこめてオレは言ったのだが…言葉が足りなかったらしい。隣にいる舞衣が笑った。

「わーネジ、酷いこと言うね!弱いものイジメはんたーい!」
「黙れ」
「僕はイジメなどしてません!」
「ネジは性悪だからすぐイジメと取るのよねー」
「お前ら…!」

わなわなと、ネジは元凶である舞衣を睨むが、気づいた。
(……舞衣…?)
彼女は、笑っていなかった。
無表情で、遠くの青空を見つめている。
いや、青空ではない、もっとどこかを。


そのとき、誰かが嘔吐する音が響いた。
音の忍と木ノ葉の男の姿だ。
どうやら、音の忍が、木ノ葉の忍を攻撃したらしい。
白眼で見たところ怪我は無い。
つまり、男は攻撃をかわしたはずなのに嘔吐したのだ。

「リー、今の技どうだ…」
ネジはリーに聞く。
自分が内部を攻撃する体術派なら、彼は外部から。
意見が違うこともある。
「見切りに問題はなかった…ネタがあるな…」
「その口調はやめろ。まぁ、意見はオレと同じ、か…」
ネジは一つため息をついてから、現場に背を向ける。
別の、あの金髪の男よりも大きな声が響いたのは、それからすぐだった。

「静かにしやがれどぐされヤローどもが!!」
「…!」

ネジは、その声に驚き、もう一度現場のほうを見る。
煙とともに現れたのはたくさんの試験官たちだった。

****

いよいよ幕を開ける中忍試験と、

暴かれていく何か。

序章は終幕を迎えだした。

****

変わりゆく何か
(ねぇ気づかないで)(…なんだこの得体の知れない違和感は)

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