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過去に色々あったからか、あたしにはトラウマがいくつかある。

だいたいは克服したが、いまだに克服できないものが1つ…

こればかりは無理なのだ。

口に出すのも恐ろしい。

****

初任務当日、あたしは集合場所である第二演習場にいた。
少し来るのが早かったらしく、まだ誰も来ていない。
…暇だし修業でもしよう。やることがないときは、いつもその結論に陥る。
何もしないでいるくらいなら、何か有益になることをしたほうがいい。今日もそのパターン。いつものように、あたしは印を結んだ。

「伝心法!」

木々を越え、自分の意思を無にして、意識を木々をこえた先に集中する。そうしたら、沢山の人の心の声が一度に聞こえてくる。
そこからさらに一点に絞り、それだけを捉えることを、最近あたしは練習しているのだ。
もっともっと、遠くの誰かの声を…波の片隅に、その声が響いたのはそう思っていたときだった。

許さない

ぞくりと、背筋が震え上がる。
足が震えて立っていられない。
誰か、誰かこの身体を封じ込めて。
怖い。コワイ。
あの声、間違えるわけがない。
あの声、は。

「舞衣?」

後ろから、突然その声は響いた。
その瞬間、痙攣しそうなほど、身体が震える。
耳鳴りが、頭の中からし始める。

…でも、あたしはその声が、【彼ではない】ということに気づいていた。
だから、ゆっくりと、振り返る。
…案の定、其処には心配そうにあたしを見るネジがいた。

「どうした?顔色悪いぞ…大丈夫か?」
「あー…うん、大丈夫だよ。ちょっと修業してたら、嫌な心を見ちゃったんだ。もう、大丈夫」

へらっと笑って見せたら、この人はきっと納得してくれるだろう。
お願い、立ち去って、どうせ気づいてくれないんでしょう?

「・・・大丈夫、だから。こっちを見ないで」

そう言ってから、あたしは止まった。
すとんと、ネジがあたしのすぐ後ろに座ったのだ。
背中合わせの状態、と言うのが正しいだろう。

「…ネジ」
「見なければ、いいんだろう?」

…なんで、此処に居てくれるんだろう。
何かつんとしたものがこみあげてくる。
悲しくもない、苦しくも無くなったのに、一体どんな理由で泣くのだろう?
…嗚呼、そうだ。
きっとこれは。少しでも気づいたことから為る嬉し涙。

****

それから全員が揃うころには、身体の震えは収まっていた。
ネジがずっとそばにいてくれたからかもしれない。
あの嫌な予感も、綺麗さっぱりではないけれど、確かになくなっていた。

そして、今日も集合時間より前に集合していたあたしたちを見て、彼は嬉しそうな表情で、笑った。

「我ら第3班の記念すべき初任務は宝探しだ!」
「「「・・・は?」」」

あたしたちがぽかんとしながら声を揃える中、リー1人だけが「うおぉー!凄いですね!」とはしゃいでいた。
この3日で何があったのだろう。髪がおかっぱで服装が全身緑と化したリーを見て、呆れた声を出さずにはいられない。
絶句していたあたしの耳元でテンテンがささやく。「2日前に偶然集まったときは特に何も無かったんだけど…」らしい。とりあえずあたしには図りかねない何かがあることはよく分かった。

任務は初任務だがCランク。
あたしたちの演習の成績が良好だったからだろう。
内容は、波の国の近くにある島国、星の国にあるらしい宝を探すというものだ。
星の国…そこが、ただの星型にかたちどられた島ならまだいい。
ものすごく、嫌な予感がするのだ。
普通の人なら気にも留めないであろう、些細な疑問と不安。
いきなりそれが訪れる前に、あたしは問うた。

「先生…そこ夜は真っ暗とかじゃないですよね?」
「ん?あぁ森に囲まれていて闇だが…どうした?」
「!!…い、いえ…」

嗚呼、終わった。
心の片隅でそう思いつつ、あたしは先生に「なんでもないです」という笑みを見せた。

****

――なんとなく、離れてはいけないような気がした。

『・・・大丈夫、だから。こっちを見ないで』

本当ならばあの場で、「そうか、ならば勝手にしろ」とでも言い放って、立ち去ってやりたかった。

…わからない。
ただ、嫌な予感がした。
もう後戻りが出来ないどこかへ、連れて行かれてしまいそうな気がしたから。

「舞衣」
…不思議なほど、すんなりとその名前が言葉となった。

「舞衣」
何故だろう、何故自分は、この名前を無意味に、ひたすら呼んでいるのだろう。

「舞衣」
分からない、分からない、それでも。

それでも、今、こうして名前を呼び続けていないと、彼女が消えてしまう気がした。


****

「舞衣?顔色悪いわよ?」
「ん?ああ、大丈夫だよ。船酔い船酔い」

テンテンの言葉に、舞衣は苦笑の混じった笑いを返した。
…それにしても、身体のあちこちが痛くてたまらない。
何か冷やすものが欲しいと思ったとき、ちょうど遠くから「着いた」という声が聞こえた。
2日くらいかかったが、無事にたどり着いたらしい。

全員、海岸に降り立つ。
…舞衣の顔は船酔いなんて次元を超えるほど、青かった。
それは森に覆われ、ドーム状になっている島の外観を見てしまったせいだ。
今更、帰るなんて言うこともできない…。
その事実に、彼女はさらに顔色を悪くする。
それは、心配そうな目でネジが舞衣を見ていたことにも、気づけないほどの重症だった。

ツリーハウスに暮らしているらしいが、島民はあまり外に出ないらしい。
そんな国に少し足を踏み入れた瞬間、光がうっすらとしか差さなくなった。
薄暗い空間、ぼんやりとお互いの顔が見える空間。
異質な世界に眩暈がした。

「今から3組に別れる。オレは1人だがお前らは2人ずつに別れろ!」
そうしてじゃんけんをした結果、舞衣とネジ、テンテンとリーに分かれる。
「舞衣、取り敢えずオレたちはテンテンたちとは反対方向に行くぞ」
テンテンたちが歩き出すのを見てから、ネジが指した方向は、今立っている場所よりさらに暗い場所だった。

(それにしても…)

ちらりと、舞衣はあたりを見渡す。
青空なのに、森やツリーハウスなどの障害物のせいで暗い。
これのどこが【星の国】なのだろうか。
代われるものなら誰かに代わってもらいたい。

落ち着いて、落ち着いて…何事もないような感じを振る舞わなければ恐怖感が増してしまう…!
そう自分に言い聞かせてから、舞衣は引きつった笑みを作る。
そして棒読みで、頭にある台本のセリフを読み上げた。

「行こうかーネジー」
「…お前、様子が何時もと違うぞ?」
「そんなことないよーレッツゴー」

震えながら歩きだす舞衣。
不審げに、そして心配そうに舞衣を見つめながら、後に続くネジ。
二人は、次第にその闇に飲まれていった。

****

森の奥はかなり暗く、光を探しても見つからなかった。
深海のような島に、光があるのは海岸だけだ。
「気を付けろよ。この下は崖だ」
ふらついている舞衣の足取りが、危険な方向に行っているため、ネジはしばしば周りに気を使っては注意を促す。舞衣もそれを素直に聞いていた。

しかし、舞衣の足取りは震えていて今にも倒れそうな状態だった。
此処までくれば、隣にいる人間なら、誰でも気づくことが出来るだろう。
そう、舞衣は…極度の暗所恐怖症。
少しでも光がないと数分で失神してしまうのだ。
実際、彼女はもうフワッと意識が飛ぶ寸前までに、限界を迎えていた。
それでもなんとか意識を保とうとしていたのだ。
しかし…やはり限界には変わりは無かったのだろう。
意識を落としかけたそのとき、ついに彼女は、足を踏み外した。

「あっ────!!」
「!…舞衣!」

─――ひとりにしてはいけない…!

なぜかそう思ったネジは、とっさに舞衣を庇うように抱きしめる。
そしてそのまま…二人は地の底へ落ちていった。

****

「くっ・・・!」

幸い、地面まで5mというところで、ネジは気を失った舞衣を抱き締めながら受身をとっ他お陰で、右肩の打ち身だけで済んだ。
舞衣も少しだけ擦りむいたようだが、それ以外に大きな外傷は無く、ネジは安堵した。

(着いた時間が確か午後4時…もうあと1時間もすれば…この分だと、夜になっていそうだな)

それにしても…と、ネジはちらりと、腕の中で眠り続ける舞衣の顔を見る。
暗闇に目が慣れてきたため、その表情はぼんやりとだが確認できた。
何かにうなされているような、苦しげな表情。
ネジは、それには思い当たる節があった。
考えてみれば舞衣の顔色は、任務が始まる最初…つまり昨日から悪かった。
さらに悪くなったのは…ガイから土地の状況についての話を聞いてから。
それと此処に着いてからの反応に共通するのは…。
ああ、やっぱりなと、ネジは一つだけため息を吐いて、もう一度舞衣を見た。
ただし今度は、薄暗い景色と顔を交互に見る。…もう、答えは見えていた。
ネジはただ、ひたすら舞衣を強く、強く抱きしめる。
そして、もう一度ため息を吐いてから、彼は苦笑した。

「暗所恐怖症か…厄介なものだな」

一体、何が原因でそうなってしまったのだろう?…わからない。
ただ今の彼には、彼女を安心させるように、守るように抱きしめることしか、出来ることが何一つ無いということは明確だった。

****

暗くて見えない。
怖くて寂しい。

ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。
アカデミーに入って、レン兄さんに呼び出されたその日。

かなり暗い場所で、光一つない場所で…。

『むかしむかしあるところに』


****

次の瞬間、舞衣は、ハッと目を覚ました。
その目の前に広がるのはやはり闇。
しかし突然、そこにパッと小さな光が射した。
そして身体に感じるぬくもり…舞衣は顔を傾けその人物に目を見開いた。

「ネジ・・・?」

ネジだ。
懐中電灯を持ち自分を抱きかかえているネジが、そこにいた。

「これなら暗所恐怖症も大丈夫だろう?」
「…どうして、知ってるの?」

誰かにこの弱点を教えたことは無かった。
忍として致命的な弱点。しかしネジは、態度だけで気づいたらしい。
「早く気づかなくて悪かったな」と、すまなそうに言うネジを見て、舞衣の胸のおくがつきりと痛んだ。
だから、自然と素直な言葉が出てきたのかもしれない。

「ネジは悪くないわ…。ごめん…怪我させちゃった」

頭を少し下げてから、舞衣は考える。
冷静になることができたからだろうか、それはすぐに脳裏に浮かびあがった。
舞衣は忍服の後ろに装着しているポーチを漁る。
そして、『応急処置用』と書かれた小さな箱を取り出した。

包帯を出し、少しだけネジから顔を背け、彼女は言う。
「手当てするから…その、上着…脱いで?」
少しだけ沈黙があったが、素直にネジは上着を脱ぎ、その陶器のような肌を暗闇に晒した。
舞衣は、少しおぼつかない手つきで、傷口を消毒してから、包帯を巻き始める。
自分と同じくらいの白い肌が目に入ったのは、包帯を巻く舞衣をなんとなく見ていたそのときだった。

「…!?」

あまりの衝撃に、彼は目を疑った。
白すぎる、という普通の理由ではない。それだけだったなら、何も気にしなかっただろう。
それだけでは、なかったのだ。舞衣の白い肌に、点々と赤い痣がついているのが、彼の目に、はっきりと映ってしまったのだ。

舞衣はあまり体術系ではない。
それは遠くから、彼女を見ていたネジがよく知っている。
日向の親戚であろうと、彼女はあまり体術を使わなかった。
美瑛一族がまだ出来てすぐのときは、剣を使っていたようだが、舞衣は剣を持ち歩いていない。

彼女が使うのは、見えない風という刃。
それをクナイのように敵に放つ。
敵には見えない、白眼でもとらえられない恐るべき刃。
それでも、多少の体術はしているようだが、彼女は基本、痣などつくらない。
しかも、露出していて最もつきやすい足には痣がない。
…妙だと、ネジは思った。だから、ネジは舞衣に、まるで詰問をするような強い語調で、問いかけた。

「舞衣、お前…その腕の痣、どうした」
ピクリと、舞衣が一瞬反応する。しかし、彼女は何も答えない。
ただ、首に巻かれた額あてをきゅっと握りしめ、黙り込むだけ…しかし、すぐに彼女は笑った。

「そんなことより、手当てしなきゃ」

誤魔化された気しかしなかった。
まだ、自分には話したくないのだろう。
それなら、無理に聞くべきではないのかもしれない。
ネジはそう結論を出し、「あぁ」と頷いた。

そしてまた、舞衣は手当てを再開する。
素直にネジがまた手当てを受けていた。
しかし、ふと前を見たとき、あるものに気がつき、彼は指を差した。
「!…舞衣、あれ」
「!…洞窟?」
ネジが指さした方向には小さな、しかし永遠に闇が続いていそうな洞窟が、そこにはあった。

「入れそうか?」
いたわるようにネジが舞衣に尋ねると、舞衣は小さく、だが不安げに頷いた。
「…多分。あ、でも…」
「…なんだ?」
また震えだす身体を抑え、舞衣は小さく、恥じらいながら、呟くようにだが言った。

「怖いからくっついてていい?」

ネジは眼を見開いた。
言われてからすぐの感情は、そんなに怖いのかという呆れ。
しかししばらくして芽生えたのは、守ってやりたいという気持ち。
何故だろう、どうしてこう思ってしまうのだろう。
わからない。ただ、たどり着けなかった一つの答えにたどり着くことが出来たような…そんな達成感が、何かの欲求に繋がっているのかもしれない。
ネジがそっと手を差し出すと、舞衣は静かに笑った。

「…変わらない、やっぱり優しいね」
「…いいから行くぞ」

小さく舞衣は頷く。
それからすぐに、自分の手にほかのぬくもりが伝わるのを、ネジは静かに感じた。

****

懐中電灯を使っていてもぼんやりとしか光はない。
そんな洞窟をもう随分長い間2人は歩いていた。
舞衣の手は時折小さく震え、安心させようとネジが常に手をぐっと掴む。
そうして止まることなく、二人はゆっくりと歩き続けた。

しばらくして道はなくなってしまった。
つまり、行き止まりである。
せっかく着たのに、また戻らなければいけなくなるかもしれない。
そんな不安に押しつぶされそうになった舞衣はあたりを見渡す。
そして、気づいた。

「あれ何だろう?」
行き止まりの隅のほうにある石板、ネジは懐中電灯をそれに照らした。
「何か書いてあるな…」
「あ、本当だ。
【神に等しきその力を持つ者よ。
導かれたそなたならば歩むことが出来るだろう。
事象の全てを見渡すその白き瞳と、
すべてと調和して生きるその力、
それを制御するほどのその強気心を以ってして、
代償の痛みをも受け入れるその強き心を以ってして、
お往きなさい。
あなたになら見つけられる。】
・・・これって…」

舞衣が何かを言おうとした瞬間だった。
まるでずっと、舞衣に読まれることを待っていたとでも言うように、石板が地に沈み、一瞬で通路のような道が開いた。

「!?…出口…?」
「…大丈夫だ、行くぞ」
「う、うん」

この先に何があるのかはわからない。
しかし、2人の中に不思議と恐怖はなかった。
たださっきと同じように、また静かに前に進んでいく。
それから道を進んだ先にあったのは、出口を示す光。
2人は手を繋ぎなおし、ゆっくりと外に出た。
そこは生い茂っていた森はなかった。
開けた場所、円を描くように木々が立ち並んでいる。
辺りはとても静まっていた。
そして地面に鏡が張り巡らされていて、その鏡に映っていたのは…。

「・・・星」

空に光る大量の星が、鏡に映り僅かに光が反射されていた。
ネジはそれを見て、静かに笑う。
「星の国か、成る程これなら納得がいく」
「うん、綺麗・・・」
まるで心が洗われていくような、そんな感覚が舞衣を包む。
嗚呼、今なら素直になれる気がする。
なんとなくそう感じた。
だから、伝えられるうちにと、舞衣はネジを見る。

「ネジ」
「なんだ?」
「今日はありがとう。なんか言いたくなった」
「!…き、気にするな」

フフッと舞衣は、照れたネジをからかうように、微笑んだそのとき、聞き慣れた声が、自分たちの名前を呼んだ。
振り返ると、後を辿ってきたらしい。
3人がそこに立っていた。

「良かった…無事だったのね!もー心配したんだから!」
ギュッと、テンテンが舞衣に抱きつく。
「ずっと捜してたんですよ?時間を過ぎてもお二人が帰ってこないから…」
「そっか。ごめんね…テンテン、リー」
舞衣は二人に謝ると、テンテンは首を振り「無事ならいいの」と微笑する。リーもうんうんと頷いた。

「…どうやらこれが、この国の宝のようだ。
誰が作ったかは分からないが、見つけたのは日向と美瑛一族の祖先ではないかと言われているらしいぞ!詳しくは…まぁ長いから後でメモを見せるが・・・。
それにしても、綺麗なものだなぁ。…噂によると、この風景を男女二人で見ると幸せになれるらしいぞ」

ニヤリと笑いながら、ガイは舞衣とネジに向かって言う。
しかし、彼らは話を聞いていなかった。
四人集まって、楽しげに鏡の上を歩いている。
(…そうだな)
今はまだ、このままでいいのかもしれない。
くしゃりと、ガイは手の内にあるこの島の言い伝えについて書かれた紙を握りしめた。

****

あんなに素直に笑えたのは随分久しぶりのような気がした。

暗所恐怖症が治った気がして帰ってからの夜、真っ暗にしてみたけどやっぱり失神したらしい。

なんであのときは大丈夫だったんだろう、疑問だ。

****

煌めきの中で
一つ終わって変わる道行。

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