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不思議だ、彼といると運命は変わらないということを忘れそうだ。

でも現実は甘くない、本当は変わったようで何も変わりはしない。

分かっている、だから悲しいんだ。

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今日の空も澄み切っていた。
その下に広がる森と、開けた場所。
其処に立つ5人は、集合30分前にはしっかりとそこに揃っている。
それが嬉しいのだろう、ガイは満足げに頷いた。

「全員集まったようだな…。今日やる演習を早速話そう。
不合格の場合、アカデミーに戻ることとなる・・・鈴取り合戦だ!」

…なるほど。
そうか、どうしてこんなにも簡単に額宛を手にすることが出来たのか、漸く分かった。
ここでふるいにかけていく気なのだ。
忍としての際も十分持ち合わせていて、行動力があり…言葉の裏を読める人間を、選ぶために。
案の定、そのヒントはすぐに提示された。

「オレが持つ鈴は3つ。それを取った者が合格だ!制限時間は3時間!では、よーいはじめ!」

うろたえているリーとテンテンよりも先に、オレは隠れる。
なるほど、もうこの話の意図は掴めた。
此処にいるのは四人、鈴は三つ、当然仲間割れは必至。
…これは、それを狙っているのだ。

とりあえずと、オレは白眼を発動する。
この近くにいるのは、舞衣。
アイツなら、もうこの演習の意図にも気づいているだろう。
万が一のことも考え、オレは、ゆっくりと、彼女のいる場所へ歩き始めた。

****

開始から5分が経過したのではないだろうか?どうやら、彼女もオレを捜していたらしい。
「あ、いたいた…ネージッ」
小声で、オレの名を呼んで笑った。
「…お前も気づいたようだな」
うん、と彼女は小さく頷く。そして、この状況が心底楽しいというような口ぶりで、彼女は特殊な印を組み始めた。

「鈴が3つしかないなんて仲間割れに仕向けてるって丸わかり!…ここで求められることは絶対チームワーク!…というわけで、伝心法」

彼女が、胸に手を当てる。…間近でそれを見るのは初めてだった。
伝心法、心に関与する美瑛一族の術。
心を見通す、心を発信する、心と心を交換することが出来る術。
主に集団戦の攻撃補助に使用・・・。

けほっと…突然、舞衣が咳き込む。そして、笑った。

「行こう、待ち合わせをしたの」

どうやらこの演習は早く終わりそうだ。
特に言うことも思いつかず、オレは何も言わずに頷いた。

****

ネジの白眼で見つけた2人は、舞衣が指示をしたらしい、固まって待っていた。

「ごめんね〜待たせちゃって」
「大丈夫、今集まったわ!」
「それより、作戦を考えましょう!」
「ううん、そんなことしなくていいよ」

…嘘だ。さすがに、それは信じられなかった。
確かに移動をしている最中は、一言も話しをしていなかったが…何かを考えているような顔には見えなかった。
しかし、当の本人は至って冷静に、それでいて楽しげに笑っていた。

「昔からね、話を考えたり、座って考えることのほうが得意だったの。
無茶振りはいった作戦かもしれないけど…とりあえず、ほかに意見あったら、加えたり改善しよう?」
「わかったわ。それにしても、本当に舞衣って凄いのね!」
「あはは…作戦聞いてから失望されたら怖いな。その言葉」

それは的確な作戦だった。
反論やほかの意見すら浮かばない、この4人だから出来る作戦。

「…いいんじゃない?」
「了解です、舞衣!」
「意義はない」
口々にオレ達がそう言うと、満足というように、彼女も笑った。
「よーし決まり!じゃ、今から作戦開始ね?5分後には、ぜーんぶ終わらせようねっ」
サラリと舞衣はそう言い、鮮やかに笑った。

****

あれからずっと、演習場のど真ん中にガイは立っていた。
暇だ。早く誰か来ないものか、そう思いつつ、彼は待つ。
気配を感じたのは、そう願ってからすぐだった。
彼は振り向き、笑う。

「お前1人で来たか…いくらお前でも一人では無理だぞ、ネジ」
「フッ・・・それはどうだかな」

柔拳の構えを取り、白眼を発動しながら、ネジもまた不敵な笑みを浮かべ、ガイを見るフリをして舞衣たちを見た。
(定位置に着いたようだな…はじめるか)
ネジはチャクラを手に集中させ、ガイの懐に向かって走り出した。

****

どれくらいが経っただろうか。
舞衣は、そのときが来るまで致命傷を当てる必要はないといっていた。
しかし、やはり一度くらいは懐に柔拳を叩き込んでおきたい。
それなのに、この男、隙が全く見当たらない。
上忍と言うのは本当だったようだ。
正直、あまりにもふざけた格好をしていたため、疑っていたのだ。

(何処の世界に全身緑のスーツの上忍がいると言うんだ!)

全身緑スーツの激太眉毛付きのその男が上忍であると、ネジはあまり信じたくはなかった。
…それより、そろそろ来るのではないだろうか?ネジはガイに悟られないように、攻撃の手は休めずに、その時を待った。

…刹那、音を立てずに、突然、草むらから人が飛び出した。
(来たか)
ネジが待ち望んでいたその人物…リーは、ガイに向かって背後から蹴りを入れにかかる。
しかし、ガイは当然ガードし、そのままリーを吹き飛ばした。

・・・かかった。
ネジはそう思うよりも早く、彼に生まれたそのポイントの点穴を…突いた。
「!」
ガイが、顔を苦痛に歪める。
下忍相手だからと油断していたのか、それとも彼なりの優しさか…モロに点穴を突かれているのだし、前者だろう。
とにかく、これで変わり身を使うことが不可能になった。次にテンテンが煙玉を投げる。

白くなった風景、狭くなる視界。・・・どうやら、彼女の思惑通りとなったようだ。
耳を澄ませると、足音と共に不敵そうな声が聞こえてくる。

「完璧よ…まさかここまで上手くいくとは思わなかった…!
あたしたちの勝ちね!現象法・木縛!!」
「なっ…!」

突然、地面から生えてきた木が、ガイを縛りあげる。そして、身動きが出来ぬように、封じ込む。
ガイは、慌てて木から抜け出そうともがきだす。しかし、舞衣は逃がすつもりなど毛頭ないのだろう。
彼女が、ゆっくりと手を前に伸ばす。それと同時に…生えてきた木が、石化した。
…しかし、まだ諦めきれないらしい。それを見かねた舞衣が、「ふんぬーっ」と、叫びながら抜け出そうとする往生際の悪い教師に、笑った。

「動いたらガイ先生の身体も木と一緒に石にします。大人しくしてください」

…これから世話になる上忍を殺す気満々の声だった。
しかし当の本人は楽しそうに、すっかり動かなくなったガイの服から、鈴を3つ奪い取っている。
そしてそれを、テンテン、リー、自分に手渡してきた。

「4人とも鈴を一度手に入れたから、これで先生の負けだね」

そう彼女が嬉しげに微笑んだ瞬間、ガイは木から解放された。
それと同時に彼は点穴を突いたりしたせいか、地面にそのまま倒れ伏す。慌ててリーとテンテンが駆け寄ると、ガイはぐったりとしながらも、2人に支えられてなんとか立ち上がる。
…正直、大袈裟過ぎないだろうか?それほど彼女の術が絶大だったのだろうか、それとも精神的な問題か。
当の本人はというと、ふらふらした酔っ払いのような千鳥足で、舞衣の後ろにある木陰に座り込んだ。

「少しやりすぎたわね。…でも、舞衣って意外と怖いわね…」
「あははっそんなことないよ〜…脅しには最適だから、ね」

…この女はこんなにも腹黒い女だっただろうか。
冗談なんだろうが、冗談に聞こえ難い。
彼女の本気とは、こういうものなのだろうか?全く、分かりにくい女だ。

それからガイのほうに、視線を移す。…どんな表情を向けて、舞衣に笑えばいいのか分からないのだろう。そんな表情をしたガイが、じっと舞衣を見つめていた。
それから、ぐるりと、オレ達を見回して、彼は苦笑した。

「流石、オレが受け持つ愛弟子たちだ…誰が考えた?」
「舞衣です!凄いんですよ〜話し合うまでもなく僕らの能力1つ1つを分析して最適な作戦をたてたんです!」
リーが笑顔で答えると、ガイはああやっぱりな…と呟く。
此処に居る者のデータを、この上忍は把握しているはずだ。それなら、舞衣の頭の回転が速いところも、十分理解しているはずだ。…発想が飛びぬけておかしいだけかもしれないが。

ちらりと、オレは当の本人を見る。
…まるで、特別な行事にはしゃぐ子どものような、そんな無邪気な笑顔をしていた。

「ごめんなさ〜い、やりすぎちゃいました。
でも背後からリーが攻撃してもあなたならガードするでしょう?だからガードしたその隙に点穴をネジに突いてもらって、変わり身を使えないように仕向けたの!
そしてテンテンが煙玉を使えばもう…あたしの思うがままです。
わざわざ手加減をしてくださり、ありがとうございます。おかげで先生の身体を風で切り裂く必要が無くて助かりましたよー」

・・・ぞっとした。
この女は間違いなく、くノ一の模範になるだろう。
任務とあれば、自分の身をも犠牲にしてしまいそうな…そんな、くノ一に、彼女はきっとなるに違いない。
舞衣の両親は、彼女がずいぶん幼いときに殉職したと言う話を、聞いたことがある。
おそらく、それが起因しているのではないのだろうか?
『甘えは要らない。躊躇は人を殺してしまう』と。…あくまでも、推論に過ぎないが。

「…まぁいい、合格だ!第3班は3日くらいしてから任務を行うが・・・その前に病院に・・・ガハッ」
オレの頭の中での話が終わったとき、ガイが口を開く。
そしてそのまま、血を吐いて気を失い、どさりと無様に倒れこんだ。

「…やっぱりやりすぎたかな」
呆れが混じったような、舞衣の声が響く。
心臓を狙って点穴を突いてしまったことに問題があっただろうか?
確実に鈴を取ることを考えると、行き着くのはやはり「命がけの戦い」だ。
こうして倒れているのを見ていると、上忍もやはり人間だと言うことを実感できる。
手加減されていたことは、十分承知しているのだが・・・。

オレは、なんとなく視線をテンテンのほうに向ける。
視線が、ぶつかり合う。明らかに、「あたしにアクションを求めないで」という顔をしていた。
今度は、リーを見てみる。
…ネジ、流石に今は決闘を申し込まれても困ります。
そんな言葉がぴったりな表情だ。オレが決闘や勝負を持ちかけたことは一度もないがな。

最終的に行き着くのはやはり彼女。しかしちらりと見ると嫌そうな顔。
やはりオレとリーが手分けして運ぶしかないのか。仕方ないだろう、無下に置いて行くこともできない。
すると舞衣が呆れたように息を吐き出してから、何かの印を結び始める。
その瞬間、ぶわりと舞衣の周りに風が吹き荒れた。
生き物のような、触れることのできそうな風。
その風がガイを掬い上げ、そして…。

「よろしくお願いします」
「えっちょ…なんで俺がいるってわかったの!?」
「視力には自信があるのでっ。そんな卑猥な本を読める暇があるならこの人どうにかしてください!」

舞衣がガイを投げ出した先には銀髪の顔半分以外露出の無い男。
何かの本を片手に持っていたその男は、ガイを条件反射で受け止めてあわてだす。
あの男とも舞衣は知り合いなんだろうか。彼女の交友関係は本当に謎だ。

****

ガイという荷物がなくなったオレたちはそのまま解散した。
しかし家の場所から当然、帰り道は舞衣と同じで…

「お腹空いたぁー」

うんと、ネジの前で背伸びをする舞衣。正直、とても無防備だと思う。
顔立ちが整った彼女の、歳相応の笑顔に、通りすがりの人間の数人かが見惚れているように見えた。
しかしそれを率直に言えるほど、オレは素直ではない。
だから敢えてそのことには一切触れず、オレは彼女の会話に合わせた。

「お前…今何時だと思ってるんだ?」
「…昼間の1時。朝から集まって頭使って、忍術も使って先生投げ捨てて、こうやってだらだら歩いてたらお腹も空くよ」
「まぁ確かにそうだが…昼くらい抜いても問題ないだろう」
「そんなんだから女の子みたいに腕細いんだよ、ネジ」

その言葉と同時に、きゅっと腕に触れる柔らかな手。
小さい手だ。男女の違いで、こんなにも手の大きさは変わってしまうのだろうか。
…よく見れば腰も細いし、何故こんなにも違うのか。
などと妄想を膨らませるオレも一応は歳相応の男というわけで。

「――っ」

このままでは、自分は何かしでかしてしまいそうな気がした。
自分の中の何かが、ぐるぐると渦巻いている。一本の糸が、切れそうなほどぐるぐると…。
だから、オレは彼女の手を振り払おうとする。…しかし、それは離れることはなかった。
彼女の力が強いのか。それともオレが「離れたくない」とでも思っているのか。
だから、放す代わりに問いかけた。

「っ…お前は恥ずかしいと思わないのか!?」

…数瞬の沈黙。舞衣はぽかんという擬音がするような、間抜けな表情をしてから、ニヤニヤと遊び道具を見つけた子どものように笑い出した。
「ネジ、もしかして照れてるのー?」
当然、遊び道具とはオレのこと。
彼女は笑いながら、手首から掌に指を滑らせ、指と指を絡ませはじめる。…その行為の名称を、オレはなんとなくだが知っていた。

「っ!?…は、離せ舞衣…」
「やだー。別に大丈夫だよ。ネジなら外見女の子だから、誰も何も違和感感じないって!」

そう笑ってから彼女は、女子にするように、繋いだ腕を振りはじめる。
…呆れにも似た感情と、加護欲が、胸の奥から湧き上がる。
その言葉は、気がついたときにはもう外に飛び出していた。

「全く…お前はアカデミーの頃からそうだったな」
「あれ?もしかしてあたしのこと見てたの?」
「当然だ、あんな事があったんだからな」

初めて出会ったあの日、一人嗚咽を溢しながら泣いていた少女。
あれほど気にかけ続けていた理由は、今思えば何だったのか。

「お前も見てただろう?」
「あ、気づいてた?」
「当たり前だ…」


―――忘れているくせに。


不意にどこからか聞こえた声に、ネジは立ち止まった。
…忘れている?ダレガ?オレが?ナニヲ?…何を?ワカル?わからない。

白いキャンバスにぼたりぼたりと、垂れていくのは濁った色。
ごちゃごちゃに塗りつぶされていくその中心に、見えていたはずの答えが塗りつぶされていく。
わからない。
わからない。
手を伸ばしてもつかめないこの感覚、前にも何処かで感じたことのある謎の違和感。

そんな混沌からオレを引っ張りあげたのは、「ネジ?」と呼びかけながら肩を叩く舞衣だった。
「どうしたの?急に立ち止まって。お腹痛い?」
「!…あ、ああいや、なんでもない」
謎の違和感は、舞衣の顔を見た瞬間、霧となって霧散した。

「・・・腹、減ったんだろう?何か食べに行くか?」
気まずい空気を一掃するため、ネジは会話の流れを元に戻す。
心配そうだった舞衣の表情は、その一言で笑顔に戻った。
「うん!ネジの奢りでね」
「ハァ…次奢れよ」
「はーい!」

繋いだ手はそのままで、2人は歩き出す。
舞衣はネジと無邪気に話しながら笑い、ネジも普通に返事を返し、たまに笑う。

・・・あの声を片隅に残しながら。

****

アカデミーの頃から、あたしたちはいつもお互いを視界に入れていた。

しかしあなたは忘れてしまった。

大切なことを忘れてしまった。

どうして助けてくれなかったの?

もう手遅れだよ。

あなたが好きだ。

それでいて憎い。

…咳がついに出始める。

意外に早かった。

****

二つの表情
「どこ行くー?」「…蕎麦屋」「もしかして好物って蕎麦?」「…にしん蕎麦だ」「…変わってるね」

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