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賢い生き方をしてきたと思う。

敵を作らない生き方、

顔で笑って裏であざ笑う、性悪な生き方。

周りに気を使い続ける、損な生き方。

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「あれ?舞衣じゃん!元気?」

ぽんっと肩を叩かれ、自然と体がはねた。
振り返った先には、アカデミー時代の友達がいた。

「わぁーっ久しぶり!元気してたぁ?」
「うんうん!舞衣も元気そうでよかった〜どうよ?忍者生活は。ウチ落ちちゃったんだよね〜」
「あぁ最初の演習の?あたしの班しかそういえば受からなかったんだよね?」
「そうそうーマジあり得ない!ウチの上忍なんてエロ本読みながらよ!?信じられない!」

その言葉から、すぐにあの先生の姿が浮かんだ。
なるほど、はじめて会ったあの時、あの先生も下忍をふるいにかけていたのか。それかあの場で演習か。道理であんな都合のいい場所にいると思った。

「いいなぁ〜舞衣は。ネジ君と二人で任務でしょ?ウチなんて落ちちゃったから、今は来年に向けてバイト三昧よ」
「二人じゃないよ〜テンテンもリーも一緒だもん」
「げ、リー?あいつ体術しか使えないんでしょ!?めちゃくちゃ足手まといじゃん!!」

その言葉の瞬間、ざわりと怒りがこみ上げた。
リーは足手まといじゃない、精一杯彼は頑張っている。
出会った当初は確かに「愚かな男だ」とは思っていたが…今は違う。近くで見ていたから分かる。彼が積み重ねてきた膨大な努力の末の力を、実力を。何も見ていないお前に何が分かる、と。
なんて、言葉にする勇気は、あたしには無くて、何も答えず苦笑い。
それからの会話は頭に入ってこなかった。

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それからももやもやは心の中に渦巻き続けていた。
そんなアンバランスな心のまま、やってきたのは任務の日。

「今日の任務は下忍らしくDランク任務だ!内容は迷子の犬捜し。いいな!」
「犬、ですか?」
「うむ!隣町の山小屋で飼われている犬でな。犬種は…なんだったかな。まぁいい、犬だ!」
「それだけじゃ分かりませんよ!」

足手まとい、そう称された当の本人はここにはいない。そう称したあの子もいない。
ぐるぐるぐるぐる、あのときの会話がずっと再生され続ける。
もしもあのとき、あたしが「そんなことはない、ふざけるな」と言っていたら、あの子はどんな返事を返しただろう。
どうしたのと驚く?怖いとおびえる?それとも、前みたいに、また。
いやだ、それはいやだ。でもあれが正しいとは思えない、じゃあどうしたら。

ごん。
突然の鈍い音が自分の頭蓋に反響する。びりびりと痺れるように痛い。
「〜〜っ」
「…思うことがあるのは分かるが、今は任務に集中しろ」
まるであのときあの場にいたような重い言葉。そして拳骨の形のままの右手。
痛い。洒落にならないぐらい痛い。でもそのおかげで現実に帰ってくることができた。
「何かあったの?」というテンテンの言葉に、あたしはとりあえず今は「ちょっとね」と答えることだけに留めた。

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いなくなった犬の犬種はシェパードらしい。
青色の首輪に、右耳にほかの犬の噛み跡があるのが特徴の犬だそうだ。
山を降りる確立はほとんど無いとは思うが、見つからなかったときはそちらも頼む、とのこと。
それなりに大きい山、ガイ先生も捜索に加わることになった探索は、四方に分かれて行うことになった。
テンテンは北、ガイ先生は西、ネジは東、あたしは南。四人それぞれで、その犬の好きな骨のおもちゃとトランシーバーを手に持って。

いっせいに分かれて捜索開始。
昼間ということもあり、比較的明るいこの時間。さっさと見つけてしまいたい。
伝心法を使おうか、一瞬迷う。確かに動物の心を読むことは容易い。だが、それは対象物の位置が分かっていたら、の話だ。ひとつの心を探すために、あまたの心一つ一つを見る負担は大きい。
止めよう、あまりにもリスクが大きい。そう結論付けたあたしは、とりあえず草木を掻き分けて探していくことにした。怪我をして動けなくなっている場合のためだ。

「わーんちゃん、出ておいでー」

間抜けな呼び方をしながら坂を上りつつ草木を掻き分ける。
単調かつ、面白くもなんとも無い作業。
手足を動かすだけで、頭を働かせるのは必要なときのみ。
そんなふうに頭に暇を与えていると、浮かんでくるのはこの間の会話で。

「……」

本当に、どうしたらよかったのだろうか。
なんであたしはこんなにもやもやしているんだろうか。たまたま一緒の班になっただけの存在じゃないか。
…いや、そうじゃない。きっとそれに限った話じゃなくて、違う。もっと根本的な…。

ガシャン!!

「!?」

突然のけたたましい音と、右足からの激痛にバランスを崩す。
最悪なことにここは坂、崩れ落ちた体は、意思に反して転がっていく。
頭だけはと両手で頭部を抱え込むように守りつづけるあたしを止めたのは倒木の山だった。

「・・・っ」

まったく、今日はなんていたいことばかりが続く日なんだろうか。
ずきずきする。全身が痛い。
とりあえず状況の把握を、そう思いつつ、目を動かす。
歩いてきた道と同じ場所で、あたりは草木だらけで、目を引くものはおそらくあたしを留めてくれた連鎖して倒れてできたような倒木の山だけだろう。
そしてすべての現況である右足に目を向けると、だらだらと流れる血。抉るような傷と、引っかかったままの鳥や動物を捕まえるための定番の罠。どうやら忍失格レベルの罠に嵌ってしまったようだ…なんて、笑い事じゃない。

起き上がれない。
どうやら転げ落ちたときに左の手首も捻ってしまったらしい。
手首が両方とも無事ならば、多少の痛みを伴うことになってもとりあえず立ち上がることはできただろう。しかし、片手ではそれは難しくなる。
さらに災難は何かって、起き上がるときに支えとなりそうなものが、無い。あるのはあたしの背を少し起こしてくれている後ろの倒木だけ。
しかし裏を変えそう、まわりは草木。目に付くのはこの倒木の山。あたしはその目に付くものの陰にいる。
そういえばトランシーバーの入った忍具ポーチも無い。

印を、現象法を使って起き上がれないか。
痛む左手首を動かして、印を結ぼうとしてみるが、駄目だ。途中でどうしても辛くなる。

暴力を受けているとはいえ、実は慣れればそんなに辛いものではなかったりする。痛くて動けないのは殴られ続けてからの数分だけで、終わればすぐに動ける程度のものだったりする。
そもそもあの従兄は元来優しい人なのだ。本来ならば虫一匹殺せないような人なのだ。さらに言うと美瑛宗家は忍者家業には就かない。本当に血縁を守るために存在するのが宗家だ。レン兄さんはそんなに力も強くない。
そしてあたしは現象法にすべてを任せて動くタイプだ。
それほどの手誰と戦ったことが無いからいえる話かもしれないが、下手をすれば一歩も動かず、傷一つつけずに戦うことだってできる。怪我はほとんどしない。

何が言いたいって、そう、あたしは人よりからだの痛みには慣れていないのだ。

「・・・っ」

痛い。動けない。苦痛であたりがゆがむ。
あの罠を考え出した人は天才だと思う。肉まで食い込んだ罠を、片手ではずすことは難しい。そして何よりものすごく痛い。そして血が止まらない。
昔聞いた御伽噺の鶴はどうやって罠から抜け出しただろうか、確かあの時も一人では抜け出すことが出来なかったような気がする。

…さて、どうしようか。
見知った人ならば、伝心法で見つける確率は高くなる。いや、距離さえ近ければ確実に見つけられるといってもいい。
ただ、今は任務中だ。迷子の犬という、命を探すための任務だ。あまり発見が遅れてしまうと、大変なことになってしまうかもしれない。優先すべきは犬で、あたしではない。
ここは痛みが引くのを待とう。あと少し、時間さえたてば、きっと痛みに慣れてたつことができる。あとは忍具ポーチを探して応急処置さえ済ませてしまえばいい。
今はそれに徹することにした。

****

…あたしは馬鹿か。何故血が止まらない時点でそれを考慮しなかった。
周りがオレンジ色に染まった山の中、痛みには確かに慣れた。きっとそれだけだったら、あたしは計画通りに動けただろう。
考慮していなかったことがある、貧血だ。血が止まらないせいで、動けない。ついでに言うと意識も二つの意味で朦朧としてきた。日没まであと少ししか時間は無いだろう。

動け、動け。
そう強く念じながら体を動かそうにも、それはかなわない。
犬は見つかっただろうか、トランシーバーも落とし、朦朧としているせいでチャクラさえもまともに練れないこの体では、何も分からない。
もう少し早くここに至る可能性に気づけばよかった。いや、それ以前にもっと痛みなれしておくべきだったか。

日が沈む。意識が朦朧とする。
体が寒さで冷えていく。今は確か夏だったような気がするのだが、気のせいか。
(参ったわね…)
なんとか開き続けていたまぶたが重くなる。感覚が遠くなる。
ぼやけていく。さっきよりも、さらに・・・。

****

揺れている。ゆりかごのように。
ぼんやりと覚醒していく意識、懐かしいような、不思議な感覚。あたしは夢を見ているのだろうか。
頼りないようでしっかりとした背が、闇夜に映る。不思議と恐怖心はなかった。

「…気がついたか」
背負われていて、その顔は見えない。うん、と呟くと声は「そうか」と呟いた。
「犬は残念だが、ガイが見つけたときにはもう死んでいた。あの二人は今ごろ、報告書も書き終えて帰宅しただろう」
「…そう」
「…何故、伝心法を使うなり何なりして、オレやテンテンを呼ばなかった」
「……」

そうだ、呼ぶことだってできた、助けなんていくらでも呼べた。
でも、それをしなかったのは、出来なかったのは、

「…いくらでも使いまわしの聞く忍と、あの人にとっては大切な唯一の子。優先すべきは後者でしょう?」

無言になる。
ゆらゆら揺れる、その振動が心地いい。
口を開いた彼が声を震わせる感覚が、背中からじんわりと伝わってきた。

「…そうだな、確かに優先すべきは任務だ。オレたち忍は、お前の言うとおり替えが利く」
「うん」
「だが、忍じゃないお前は、一人しかいない。一時のかかわりしかない依頼人と、お前。比べるまでもなく優先するのはお前だ、舞衣」

…何故。
そんな野暮なことを聞かずとも、答えは分かった。仲間だから、唯一だから。
不完全な人間の形をした【それ】の脳が、その事実を読み取る。

ふと、怪我の原因だったあの会話が浮かび上がる。
リーは仲間、ずっと一緒にいて、行動しているから、仲間。
じゃああの子は?もうかかわりのなくて、正直に言ってどうでも良い存在の、あの子は?
ああ、そうか、気を使う必要も、恐怖を覚える必要も、本当はもうどこにもなかったんだ。
テンテンという気疲れしない存在に安堵していたあの頃も。

「…そういえば、ネジがこうして助けてくれたのは二回目ね」

馬鹿らしくなり、笑いがこみ上げる。
不意に思い出した記憶を語ると、ネジも「そうだな」と少し柔らかい声でうなずいた。

****

「ねぇリー、暇でしょ?買い物付き合ってよ」
「了解です!」

2日経ち、5日ほど休むよう言いつけられたあたしは、同じく暇をもてあましているだろうリーと商店街に来ていた。

「舞衣、そういえば何を買うんですか?」
「忍具とポーチ。任務中に落としちゃって…今更捜しに行くわけにもいかないから、この際買っちゃおうってわけ。もったいないけどね」「ああ…なるほど。でも仕方ないですよ、むしろその足で山に行かれても困ります!僕もですが、ネジが般若になって怒りますよ!」
「般若になるのはむしろテンテンよ。あの子、前にあたしが風邪引いて寝込んだとき、お見舞いに来てくれたのはうれしかったんだけど、ものすごく怖い顔で…」
「ああ…確かに、テンテンは心配性ですからね」

軽い雑談を交わしながら、忍具を売る店に向かう。
テンテンお墨付きのそのお店は、価格も安くて質も良い人気の老舗店だ。
医療忍術を施されたとはいえ、まだ痛む右足を引きずりながら歩く。
あの子と、その他集団を見かけたのは忍具屋まであと少しというとき。

「あ、あいつよ。体術しか使えないおちこぼれって」
「ちょっと前の中忍試験もひどかったらしいわよ」

…そんな声が聞こえたのは、すれ違ってすぐのこと。あたしがあの子に掴みかかったのは、それを聞いた瞬間のこと。

「えっ…あ、舞衣・・・?」
「今、誰のことを言ったの」
「え、あ…ど、どうしたの?顔怖いんですけど…」
「誰のことを言ったって聞いているのよ。日本語が通じないのかしら?ああ、あの猿でも分かる演習の意図すら分からなかったのよね、忘れていたわ」
「な・・・っ」

あの子の顔が怒りでゆがむ。周りにいる見覚えのある顔をした人たちも。
…以前のあたしならおびえていただろう、怖い。ごめんなさいと。
でも何故だろう、今はこの子達の怒りの顔も、どんな目も、何も気にならなくて。

「あなたたち、リーのどこを見て落ちこぼれだと判断したの?何を見てそう思った?何も見ずに目先の価値観で人を決めるのも大概にしろよ愚図」
「舞衣!」

あの子の胸倉を掴む右手をリーが制す。ああ、あたしとしたことが。
でも気がすまないから「ごめん」とリーに一言謝ってから振り返ってにらみ付ける。
「何よ」とひそひそと固まりだしたそいつらのことを、怖いと思う気持ちはなかった。


「…あの、舞衣」
「あー気が楽になったわ」

申し訳なさげに何かをいいそうなリーの言葉をわざとさえぎる。
いや、でも、本当にすっきりしたというか、楽になった。
なるほど、これか。こうすればよかったのか。これが『変わること』か。なんだ、一回吹っ切れてしまえば、案外簡単だったのか。「ありがとね、リー」

どうしたんですかと、笑う彼がなんだかとても近く見えた。

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視界が開けていく。

良い意味で何かが変わっていく。

受け入れることができたのは、きっと。

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起きた目覚めた輝いた
愚かだと盛大に笑えばいいわ、あたしの耳には届かないから。

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